スイスで広がるクワッガガイの脅威

スイスを含む北半球でクワッガガイと呼ばれる小さな貝による被害が広がり、生態系や給水施設などのインフラに甚大な影響が出ている。スイスやドイツ、オーストリアなど問題が深刻化する国々の研究者らは、抑制に向けノウハウを共有し解決策の開発に臨む。

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クワッガガイの原産地は黒海地方。淡水性の二枚貝で、スイスでは2014年にバーゼル近郊のライン川で初めて確認された。欧州には200年前から、スイスには1960年代から生息するゼブラガイの仲間。クワッガガイの幼生は非常に小さく、肉眼では見えない。河川を下って運ばれるか、成体がボートなどに付着して侵入する。ほぼ1年中繁殖が可能。ゼブラガイとは異なり、捕食者の少ない深水層にも生息域を広げられる。米国では1989年に初めて五大湖(米国及びカナダの国境付近に連なる5つの湖の総称)でクワッガガイとゼブライガイが発見された。今では五大湖の広範に生息し、猛烈な勢いで全米各地へと生息域を広げている。
進む国際的な共同研究
ゼブラガイとクワッガガイの研究に長年携わる米ニューヨーク州立大学バッファロー校のリューバ・ブルラコヴァ上級研究員は、現在サバティカル(研究休暇)の一環でスイス連邦水科学技術研究所(Eawag)外部リンクに在籍中だ。スイスを選んだ理由は、いくつかの湖沼に関し充実したモニタリングデータがあったためだ。共同研究を通じ、米国の研究者らが構築した豊富な知識をスイスの研究者とも共有したいと考えている。
「米国の五大湖にクワッガガイが侵入してから既に30年以上が過ぎた。今では研究が進み、DNAなどを基に肉眼では見えないクワッガガイの幼生も検出できる。スイスでもこうしたメソッドを活用し、私たちが長年培ったノウハウを活かして欲しい」

驚異的な繁殖力
五大湖の1つであるオンタリオ湖では、白身魚が姿を消した。クワッガガイがディポレイアというエビに似た生物の餌を横取りし生息地を奪った結果、ディポレイアを捕食する白身魚も激減したのだ。ブルラコヴァ氏は、今では五大湖のバイオマスの95%以上をクワッガガイが占めると推測する。
科学者らが驚嘆するのは、この貝の驚異的な繁殖力だ。Eawagのピート・シュパーク氏は「たった1匹のメスが100万個近い卵を産む。オスの精子はその数を更に上回る。つまり1匹の貝が何千、何万に増える可能性がある。恐るべき繁殖の達人だ」と語る。
また、天敵の欠如も問題だ。「クワッガガイは水中に酸素がある限り湖の奥底へと潜っていけるため、水深250 m位まで生息できる。深水域には天敵がほとんどいないので、無秩序な繁殖が起こる」
スイス、ドイツ、オーストリアが国境を接するボーデン湖では、これら3国の7つの研究機関がクワッガガイの研究に力を入れている。湖の生態系の移り変わりを調査するプロジェクト「ゼー・ヴァンデル外部リンク」を率いるシュパーク氏は、水中の栄養素の減少、気候変動、侵略的外来種に着目し、これらの要因が湖の生物多様性にどのような影響を与えるかを調査している。その際、米国で収集されたクワッガガイのデータも活用している。

インフラを破壊
クワッガガイは生物多様性を脅かす他にも、湖の水インフラも破壊する。水力発電などサステナブルな方法で生産したエネルギーを供給するビール(ビエンヌ)のエネルギー会社「エネルギー・サービス・ビール(ビエンヌ)」のマネージャー、アンドレアス・ヒルト氏は、この貝の侵略は事実上止められないと溜息をつく。「ひとたび侵入すれば、数年で定着してしまう。そうなれば決して元通りにはならない」
水道管がクワッガガイで詰まるのを防ぐには塩素を使う場合もあるが、それには当局の許可が必要だ。ビールが所在するベルン州では化学薬品の使用が禁止されているため、こうした薬を使わないシステムを開発するよう、同社に対し地方当局から申し入れがあった。水質低下を招くため、既に塩素の使用を禁止した州も多い。いずれにせよ、塩素を投与してもクワッガガイを完全には食い止められない。
クワッガガイの飲料水への混入を防ぐため、浄水施設の多くは水中の微粒子や高分子を半透膜で除去する「限外ろ過法」を導入している。ビール湖の新しい飲料水給水施設では更に先手を打ち、こうしたろ過設備に水が入る前にクワッガガイの除去を行っている。この新型パイプ洗浄システムには、沖合で石油パイプの洗浄に使われる技術が応用されている。
連邦環境省環境局(BAFU/OFEV)の広報担当者モリッツ・ハイザー氏は、化学薬品を使わずに機械的に水を浄化するビールのシステムは非常に喜ばしいと話す。機械的な浄水方法には、他にも引き上げ式の吸引バスケットがある。バスケットは水上で清掃できるためダイバーの手を煩わす必要がない。
この新型パイプ洗浄システムは、新しい給水施設建設の一環で1億フラン(約167億円)投じて開発された。既に多くの関心が寄せられているが、問題は多額の費用だ。ヒルト氏は「このプロトタイプには多くのセキュリティ要素が組み込まれている。試用期間が終われば外せる要素も出てくるため、今後はコストを抑えられる可能性がある」と話す。ただし、このポンプ技術は、腐食防止処理を施したパイプには使えないとした。
ボートを洗わないと罰金
米国にならい、ベルン州などスイスの複数の州では、湖から湖へボートを移動させる場合はボートを洗浄する規則が導入された。Eawagのシュパーク氏は「スイスには、まだクワッガガイが報告されていない湖が多い。水際対策として、いくつかの州ではボートの清掃義務を実施している」と説明する。

環境局のハイザー氏は、クワッガガイの駆除対策をスイス全ての州に義務付けたくても、法的根拠がないため政府は成す術がないと指摘する。また大型の湖が多いスイスでは、環境的にも経済的にも実現可能な規制措置は現時点では存在しないという。つまり、例え切り札の化学薬品を使ったところで、クワッガガイは根絶できないのだ。
侵略には終わりがあるのか?
スイスで研究中のブルラコヴァ氏は、研究の一環でスイスにおけるクワッガガイの侵入がいつピークを迎えるかの予測も行っている。最近、米国と欧州の科学者チームと協力し、ゼブライガイとクワッガガイによって侵略された浅い湖の長期データを収集・分析した。その結果、これら小規模の湖で起こっていた長期的な変化に希望を見出したという。
「ゼブラガイに侵略された湖のいくつかは、20年ほど経つと再びプランクトンが増えていた。つまり、生態系の一部は侵入ピークを過ぎた後に回復に向かう可能性がある」
これが深い湖にも当てはまるかどうかを確認するため、現在、スイスや他の欧州の湖における水質や、同じ湖に生息する異なる生物間の相互作用に関する長期的なデータの収集が進められている。侵略の影響がいつピークに達し、いつ減少し始めるかを予測できれば、既にクワッガガイが定着した湖を管理する上で重要な指針となる。
シュパーク氏もまた、米国での事例を基にクワッガガイの拡大予測を立てている。「ウイルス感染症が発生したり、突然変異が起こったりして、せめて個体群の一部だけでも死滅してくれたら、といつも思っている。しかし米国では過去30年間、そんなことは1度も起こらなかった。恐らくスイスでもこうした変化は期待できないだろう」
編集:Veronica De Vore/ac、英語からの翻訳:シュミット一恵、校正:宇田薫

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