スイスの暖房事情 石油からヒートポンプへ
住宅用ヒートポンプの設置率で欧州平均を上回るスイス。化石燃料の使用は減少傾向にあるが、石油暖房の割合はいまだ建物の4割近く、欧州でもトップクラスだ。
エネルギー移行はスイス人の住まいにも浸透しつつある。スイス連邦統計局(BFS/OFS)の最新データ外部リンクによると、国内でヒートポンプを設置した集合住宅の割合は2000年以降5倍に増加し、昨年は21%に達した。築10年以内の物件に限ればその割合は75%に上る。
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ヒートポンプ導入率を世帯単位でみると状況はわずかに異なり、2023年は18%だった。スイスにおけるヒートポンプ暖房の使用率は、欧州ヒートポンプ協会(EHPA)の調査対象国の平均を上回る。
ヒートポンプは空気や水、地面などから熱エネルギーを取り出して建物の暖房に利用する。動力源となる電力が再生可能エネルギー由来であれば、ヒートポンプ暖房は、ガスや石油ボイラーと違ってCO2を排出しない持続可能なシステムだ。 1000世帯当たりのヒートポンプ設置台数が最も多いのはスカンジナビア諸国。欧州平均を下回るのは、暑い気候の地中海沿岸諸国に加えドイツや英国など比較的温暖な国々だ。
ロシアのウクライナ侵攻が引き起こしたブーム
世界的な気候変動目標達成に向け、建築分野では脱炭素化の一環としてヒートポンプの普及が進んできた。スイスを含む30カ国以上の政府が、ヒートポンプやその他の持続可能な暖房システムの設置に助成金制度を設けている。世界のCO2排出量の約10%外部リンク(スイスでは22%)は建築物由来であり、特に暖房と給湯のために多くの化石燃料が消費されている。
ロシアのウクライナ侵攻を受け多くの欧州諸国がロシア産燃料への依存削減を決定したことで、ヒートポンプの売上げは2022年に急増した。前年比の増加率は欧州で40%、スイスでは25%近くに上った。
ブームの終焉
しかし、ヒートポンプのブームも長くは続かなかった。翌2023年には、過去10年間右肩上がりだった売上げが初めて減少した。EHPAの今年9月の発表外部リンクによると、24年も上半期の売上高が47%減少するなど低迷が続いている。
EHPAによると、こうしたトレンド転換にはヒートポンプ設置の有資格者の不足やガスに比べ割高な電気料金が背景にある。また、欧州最大のヒートポンプ市場であるフランスを含む一部の国では、エネルギー移行支援プログラムへの資金が削減された。
スイス・ヒートポンプ推進協会のフィリップ・ランク氏は、2024年はスイスにとっても芳しくない1年に終わると予測する。上半期の国内ヒートポンプ販売高は38%減少した。
同氏は、ロシアのウクライナ侵攻で高まった危機感や化石燃料を使った暖房システムからの脱却意欲が薄れつつあると指摘する。それに加え、新型コロナウイルス感染症のパンデミック終息後に再び旅行が可能になったことで、多くの家庭が家のリフォームよりもバカンスに支出を振り向けた。
ただし同氏は、ヒートポンプの需要が沈静化したことをマイナスとは考えていない。「ヒートポンプはあらゆる住宅に適した解決策ではありません。断熱性の低い建物に設置しても意味が無い。エネルギー効率の高いソリューションとしては他にも地域暖房やペレットボイラーがあります」
「ヒートポンプの普及は続くものの、その勢いは弱まるでしょう」(ランク氏)
スイスの3分の1以上の建物で石油を使用
ヒートポンプが普及しても、化石燃料が引き続きスイスの主要な暖房エネルギー源であることに変わりはない。現在、3棟に1棟以上(37%)に石油ボイラーが、6棟に1棟(17%)にガス暖房が設置されている。
スイスで石油暖房を使用している建物の割合は40年来減少の一途をたどっているが、割合では欧州のトップクラスだ。
これには歴史的な理由と経済的な理由がある。スイスではほぼ全ての建物にかつて石炭を貯蔵する部屋があった。このスペースが石油ボイラーやガスタンクの設置にうってつけだった。
スイス西部ヴォー州エネルギー局のモハメド・メガリ氏は仏語圏のスイス公共放送(RTS)に対し、化石燃料システムの衰えぬ人気を価格と耐久年数によるものとした。
ヒートポンプの初期投資額は、石油ボイラーの約2万フラン(約350万円)を最低でも1万フラン上回る。加えて建物の断熱にも費用が必要だ。そのため多くの住宅所有者は、老朽化した化石燃料ボイラーを買い替える際も再度同じタイプの設備を選びがちだ。
スイスでは、化石燃料暖房を取り替える義務は無い。しかし、改築する場合は再生可能エネルギー暖房設備を取り付けねばならないとする州が増えている。
こうしたことから今後数年間は、スイス市民が暖房に使う石油やガスの量は大幅に減少することが期待される。連邦政府は、建物からのCO₂排出量を2050年までにネットゼロにすることを目標に掲げている。
Edited by Virginie Mangin/ts、英語からの翻訳:フュレマン直美、校正:ムートゥ朋子
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