スイスの2035年度温室効果ガス排出削減目標、環境団体が批判
スイス連邦政府は、気候変動対策に向けた国際公約の一環として、2035年までの新たな温室効果ガス排出削減目標を策定した。しかし、環境保護団体らは、この目標が不十分だと批判する。
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政府は29日、「スイスは2035年までに温室効果ガス(GHG)排出量を1990年比で少なくとも65%、2031〜2035年平均で59%削減する」との目標を発表した。
スイスはこれまで、2030年までに温室効果ガス排出量を1990年比で50%削減すると誓約していた。この新たな削減目標は、パリ協定に基づき5年ごとの提出・更新が義務付けられた「国が決定する貢献(NDC)」と呼ばれ、主に国内の気候対策を通じて達成される。
スイス政府は、新たな貢献案は「2021〜2030年の前期間よりも厳しく」、スイス気候・イノベーション法の中間目標、2050年までの気候中立目標に沿うほか、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の勧告にも対応した内容だとしている。
スイスは2月10日までに、この新たな貢献案を国連気候変動枠組条約(UNFCCC)に提出する。各国の削減目標は、11月にブラジルで開催される第30回気候変動枠組条約締約国会議(COP30)で、専門家と各国政府代表が検討、議論する。
「野心と公平性に欠ける」
スイスは、新しい貢献案をいち早く提出する国の1つだが、スイスの環境保護団体は、今回の新目標では不十分だと批判する。
世界自然保護基金(WWF)スイスの気候専門家、パトリック・ホフステッター氏は、この戦略には必要な野心が欠けていると指摘する。
「採択された目標は、IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)が世界平均として定義したCO₂削減の軌道には確かに近い。しかし、大きな責任とそれに見合う機会を持つ豊かな工業国として、スイスはもっと踏み込むべきだ。まさにスイスはそれをパリ協定で約束している」
パリ協定の署名国は、気候変動との闘いにおいて、富裕度などに応じ、公平性の原則と「共通だが差異ある責任」に従うことに合意している。
ホフステッター氏は、スイスが2035年までに化石燃料を完全にやめることは可能だと指摘する。そうすれば温室効果ガス排出量を80%削減できると見なす。
「1.5℃制限の放棄」
一方、環境保護団体グリーンピースは、パリ協定で定められた1.5℃の温暖化抑制をスイスが放棄していると非難する。
グリーンピース・スイスのゲオルク・クリングラー氏は、スイスが提案した戦略では、まだ利用可能な炭素予算のうちスイスがあまりにも多くのう部分を消費してしまい、貧しい国々が排出削減の機会を奪われる 「犠牲」になると指摘。スイスは「2035年までに87%二酸化炭素(CO₂)削減」を目指すべきだと主張する。
グリーンピースは、スイスの貢献案は、「スイスの気候変動対策は人権侵害」だとする欧州人権裁判所(ECHR)の昨年の歴史的判決を明らかに無視しているとも指摘する。
>>欧州裁判所がスイスを批判した画期的な判決とは?詳しい記事はこちら
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クリングラー氏は、デンマークは2030年までに70%CO₂削減を目指していることに触れ、スイスにはさらなる削減の余地があると断言した。
ランキングでは大幅降下
気候変動パフォーマンス指数(CCPI)が昨年11月に発表した気候政策の国際比較ランキングでは、スイスは順位を12落とし、33位だった。2030年までのスイスの気候政策が「足踏み状態」と判断された。
気候変動対策を監視する独立した科学プロジェクトCAT(拠点・ドイツ)のアナリスト、ユディット・ヘッケ氏はswissinfo.chに対し、より詳細な分析が必要ではあるが、スイスは「すでに不十分な2030年目標を強化する機会を逸している」と指摘。2030年以降の長期的な気候変動目標を達成するためには、一層の努力が必要だとした。
また、政府は目標を「主に国内対策によって」達成するとしているが、国内の削減と国際的炭素クレジットへの依存の正確な割合をまたしても明記していないとした。
ヘッケ氏は「スイスは、私たちが以前から批判している、海外での排出量オフセットというアプローチを続けているようだ」と話す。
バイデン前政権の計画は撤回される?
春の提出期限を前に貢献案を提出したのは、アラブ首長国連邦、ウルグアイ、ブラジル、米国を含む数カ国にとどまる。
米国のジョー・バイデン前政権は、ドナルド・トランプ大統領がホワイトハウスに復帰する数週間前に野心的な気候目標を発表した。2035年までに2005年比で温室効果ガス排出量を61~66%削減し、2050年までに炭素中立を達成するという内容だ。
バイデン氏は気候変動を政権の要に据えていた。その政策のいくつかは今も残るが、トランプ氏は、提訴されるリスクをよそに、それらを即座に撤回している。
トランプ氏は1月27日、パリ協定から再び離脱することを指示する大統領令に署名した。これは、米国が気候目標やUNFCCCへの財政拠出を達成する意思がないことを意味する。
カナダはまた、2035年までに排出量を2005年比で45〜50%削減するという新たな目標を掲げた。声明で、2025年に国連に提出する予定だとした。
主要汚染国である中国、インド、ロシアはまだ貢献案を発表していない。
一方、世界第4位の排出国である欧州連合(EU)は、2040年までに1990年比で90%削減することを検討しているが、新たな貢献案はまだ出ていない。
深刻な気候の現状
パリ協定は、産業革命前からの気温上昇を1.5℃、もしくは2℃以下に抑えることを目標に、すべての国に温室効果ガス排出削減措置を講じるよう求める。科学者によるIPCCの報告書によれば、すでに長期的な世界平均気温上昇は少なくとも1.1℃に達している。
欧州の観測機関コペルニクスは1月10日、2024年の平均気温が産業革命以前のレベルを1.6℃上回り、記録上最も暑い年となったことを確認した。
現状を憂う最新の気候報告書は他にもある。昨年11月に発表された国連環境計画(UNEP)の排出量ギャップ報告書2024外部リンクは、世界の気温は今世紀末までに3℃以上の「破滅的な」上昇に向かいつつあり、迅速な行動を講じなければ、1.5℃の温暖化目標を維持する能力は「数年以内に失われる」と警告する。
UNEPの著者たちは、「レトリックと現実の間に大きなギャップがある」と訴える。排出量削減のスピードは十分でなく、各国、特に世界の排出量の80%近くを占めるG20諸国は、この大きな排出量ギャップを埋めるために、もっと野心的で「劇的に強い」誓約をする必要があるという。
swissinfo.chはスイスの新しい貢献案に関する環境団体の批判をどう受け止めるか政府に質問したが、現時点で回答は返ってきていない。
編集:Virginie Mangin/gw、英語からの翻訳:宇田薫、校正:上原亜紀子
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