スイス女性団体の気候訴訟、韓国に波及
韓国は世界有数の経済先進国だが、気候政策は人権を尊重していない。若い世代が歴史的勝利を収めた裁判のあと、より野心的な気候目標の策定を求める申し立てが中高年の市民からも起こされている。そして、スイスはその両方に深く関わっている。
8月29日、ソウルの憲法裁判所前に大勢の若者を含む群衆が集まった。そこにいた人々は、この日付をいつまでも忘れないだろう。画期的な判決が下り、気候変動対策に関する国内法が将来世代の基本的人権を守っていないと認定された日だからだ。
韓国の独立団体「私たちの気候のためのソリューション(気候ソリューション、SFOC)」で弁護士を務めるイ・クワンヘン氏は、この成功は「世界的な気候訴訟の勢いに乗じた」結果だと話す。同団体は今回の裁判を注視してきた。イ氏はswissinfo.chに対し、「ドイツやオランダ、スイスでの最近の勝利すべてが韓国での訴えの土台になった」と語る。
韓国で気候変動対策を求める学校ストライキ運動を主導する団体「若者たちによる気候アクション」は2020年、憲法裁に最初の申し立てを行った。政府が温室効果ガス排出量の削減で十分な目標を定めず、市民の基本的人権を侵害していると訴えたのだ。同団体はその後も3件の申し立てを加え、原告は255人に膨らんだ。
韓国の最高司法機関の一翼を担う憲法裁の判決は、同国の炭素中立基本法を一部違憲とした。とりわけ、2031〜49年に法的拘束力のある削減目標を定めていないことについて、若い世代の権利を守らず、将来に過剰な負担を課していると指摘した。
ロイター通信によると、韓国環境省は判決を尊重して善後策を講じると表明した。政府と議会は今、2026年2月末までに同法を改正する必要に迫られている。
ただ、憲法裁は2030年の削減目標(18年比40%)を違憲とする原告の主張は退けた。
韓国は2050年までに、二酸化炭素(CO2)の排出量を実質ゼロにする炭素中立の実現を目指す。だが現在の国別CO2排出量を見ると、韓国は世界で10番目に多い。
欧州人権裁のスイス判決が先例に
気候ソリューションで弁護士を務めるイ氏によると、気候変動対策の不作為に関して人権侵害を認定した判決は、アジアの裁判所では過去に例がない。
韓国の非営利組織「プラン1.5」の理事で、原告の弁護団の1人であるヨン・セジョン氏は、タイミングも非常に有利に働いたと指摘する。意見陳述を間近に控えた時期に、欧州人権裁判所(ECHR)がスイスの気候変動対策を人権侵害とする判決を下したのだ。
ヨン氏は「気候変動対策の拡大を求める訴訟において、裁判所が訴えを支持する世界的潮流がある、と憲法裁に示すことができた」と指摘する。
欧州人権裁は4月9日の判決で、64歳以上の女性2500人から成るスイスの市民団体「環境を守るシニア女性の会(スイス気候シニア)」の訴えを支持。同国政府が環境分野の人権を侵害していると非難した。人権保護と環境上の義務の履行を関連付け、気候変動対策の不作為について国家の罪を認める判決は、同裁で初めてだった。
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アジアの気候訴訟へのドミノ効果
ヨン氏によると、韓国憲法裁は炭素中立法について、温室効果ガス排出削減に定量的目標を定めるための基準を盛り込むことも求めた。同氏は「欧州人権裁の重要な判決の内容が反映されている」と説明する。
欧州人権裁はスイスに関し、パリ協定が求める気候政策の実施に不足があると認定した。たとえば、産業革命前からの世界気温の上昇を1.5度に抑える目標を達成するうえで、自国の温室効果ガス排出量にどれだけの猶予があるのか、同国政府には算定する能力がないと指摘した。
イ氏は「韓国での勝利がすぐにドミノ効果を発揮し、アジア全域に成功が広がるきっかけとなるよう期待している」と述べた。同様の気候訴訟は、日本や台湾でも行われている。
気候変動をめぐる訴訟は世界中で増加し、政府や企業の責任を認める判決がいくつも出ている。グランサム気候変動・環境研究所によると、2023年には気候に関する新規の提訴が少なくとも230件あった。既存分を合わせた件数は2600件を超え、その大半を米国での訴訟が占める。
気候災害と高齢者「ライオンを前にした老シマウマ」
韓国の気候政策に不満を抱いているのは、若い国民だけではない。
3月には50歳を超える原告123人が、政府の排出削減目標を不十分とする申し立てを国家人権委員会に行った。この団体は「60プラス気候アクション」を名乗り、当局は気候変動関連のリスクから高齢者を守る措置を打ち出していない、との批判に何より重点を置いている。
メンバーのパク・テジュ氏は「政府は高齢の市民の尊厳と生存権を守っていない」と主張。気候災害を前に脆弱な高齢者をひとり放置することは、「老いたシマウマをライオンに委ねる」ようなものだと指摘している。
同団体は気候変動で生じる損害に関し、韓国環境省による2020年の報告の内容を強調している。それによると、地球温暖化の影響を最も受けるのは65歳超の年齢層だ。高齢層では熱波での死亡リスクが高く、汚染やアレルギーによる健康被害も最も大きいとされる。
スイスと韓国の団体が情報交換
60プラスの申し立ては気候ソリューションの支援を受け、スイス気候シニアの判例とも密接に関連している。気候ソリューションの弁護士を務めるイ氏は数カ月前、スイスに渡ってスイス気候シニアの代表らと会談し「意見交換と経験共有」を行った。
会談では貴重な気づきがあった。イ氏によると、スイス気候シニアは気候変動が個人の健康に及ぼす影響を証明する難しさを説明し、訴えの根拠として確かな科学的データを示す必要があると強調した。さらに、気候訴訟は複雑で長い時間がかかるため、根気強さが重要だとも指摘した。
60プラスは主張を裏付けるため、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)や世界保健機関(WHO)、韓国疾病管理庁(KDCA)による報告から科学的証拠を引用した。
イ氏によると、気候変動が高齢者など脆弱な人々に及ぼす具体的影響については、韓国では基礎的な研究がなされていない。同氏はこれについて「政府は十分な高齢者保護を実施していない、という私たちの主張をさらに補強した」と指摘している。
60プラスは国家人権委に申し立てを行ったが、これによって法的強制力が生じるわけではない。それでもイ氏は、申し立てが一連の政策勧告につながり、気候変動の影響に最も脆弱な人々を守る措置を講じるよう政府を動かすと期待している。
編集:Veronica de Vore、英語からの翻訳:高取芳彦、校正:宇田薫
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