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トランプ米政権の圧力、スイスの大学にも

2025年3月7日、米ワシントンDCのリンカーン・メモリアルで抗議集会を開く市民ら。ドナルド・トランプ政権による連邦職員削減・医学研究助成金カットに抗議した
2025年3月7日、米ワシントンDCのリンカーン・メモリアルで抗議集会を開く市民ら。ドナルド・トランプ政権による連邦職員削減・医学研究助成金カットに抗議した Keystone-SDA

ドナルド・トランプ米政権の科学界への圧力が、スイスにも及んでいる。名門・スイス連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)のもとに、米国が資金提供する同大のプロジェクトについて、トランプ政権の政策方針に沿ったものかを問う調査票が届いたと地元紙が報じた。

調査票の内容は?

独語圏の日刊紙NZZ日曜版は先月、ETHZは米当局から、米国が資金提供する同大の研究プロジェクトについて、トランプ政権の政策方針に沿っているかどうかを確認する調査票を受け取ったと報じた外部リンク

トランプ政権は政策方針に沿わない研究への資金・職員削減を進めている。特に標的にされているのは気候変動研究や多様性・公平性・包摂性(DEI)関連のプロジェクトだ。

ETHZは調査票の内容は「機密指定」を理由に明らかにしていない。だが米国内の大学にも同様の調査票が届き、その内容がソーシャルメディアなどで公開されている。

米国のある大学に送られた調査票の質問はおおむね以下のようなものだ。

  • プロジェクトはDEI(多様性、公平性、包摂性)に関するものではないことを証明できるか
  • 気候や環境正義のプロジェクトではないことを証明できるか
  • このプロジェクトは女性を守り、ジェンダーイデオロギーに関与していないか

ETHZ広報担当のクリストフ・エルハルト氏はswissinfo.chの取材に対し、「国内の他の大学と協議の上、対応を検討中だ」と述べた。

調査票が来たスイスの大学はほかにある?

3月時点で、国内のほかの高等教育機関が調査票を受け取ったという報告はないが、スイスの大学長でつくるスイスユニバーシティーズ(swissuniversities)のルチアナ・バッカロ会長は、米国助成のプロジェクトを持つスイスの他の大学に調査票が届く可能性はあると話す。

バッカロ氏はイタリア語圏のスイス公共放送テレビ(RSI)の取材に対し、「私が案じているのは、米国政府が私たちを本来あるべきでない位置に引き下げようとしていることだ」として、純粋な学問を自分たちの政治的基準に合わせようとしている米国政府に対して懸念を露わにした。バッカロ氏は「(科学は)政党ではない」とも付け加えた。

スイス政界には、米国の動きを批判する政治家もいる。

下院科学・教育・文化委員会委員長のシモーヌ・ド・モンモラン委員長(中道右派・急進民主党=FDP/PLR)はNZZに「我が国では、研究の自由と万人平等の原則が優先される。米国がこれらを抑制したいのなら、私たちは受け入れることはできないし、受け入れてはならない。米国のやり方がさらに広範囲に及んでくるのであれば、政治家は介入しなければならない」と語った。

スイスの大学は米国政府からいくら資金援助を受けているのか?

過去10年間を振り返ると、米国政府はETHZの研究者に年間250万フラン(約4億2600万円)を助成している。同大では、米政府機関助成の研究プロジェクトが14件進行中だ。テーマは専門的な健康関連プロジェクトなど幅広い。トランプ政権が最近、職員を大量解雇した米海洋大気局(NOAA)が助成するプロジェクトもある。

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解説: 米国の医療研究費削減がスイスの科学界を揺るがしている理由

このコンテンツが公開されたのは、 トランプ政権の政府コスト削減策は、科学関連部門にも及んでいる。国立衛生研究所(NIH)は先月、建物や公共料金など「間接費」の助成金を数十億ドル削減すると発表した。助成を受けるスイスなど世界の科学者や医薬品メーカーへの影響は避けられない。

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連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)は昨年、米国政府と120万フラン相当の助成金契約5件を締結した。拠出元は米陸空軍の研究機関やエネルギー省だ。EPFLはまた、国防高等研究計画局(DARPA)、国立衛生研究所(NIH)、情報高等研究計画局(IARPA)とも助成金契約を結んでいる。

バーゼル大学では基礎医学研究を中心に5件、ベルン大学では生物医学研究と宇宙研究の分野でNIH、米国防総省、空軍科学研究局(AFOSR)から1300万ドル相当の資金提供を受けている。チューリヒ大学には、NIHが年間100万ドルを助成している。ジュネーブ大学では、バイオメディカル分野で7件のプロジェクト(250万ドル相当)が進行中だ。

ジュネーブ大学広報担当のアントワーヌ・グエノ氏はswissinfo.chに「今のところ、資金が削減されるような兆候はない」と語った。

他の国での影響は?

オーストラリアの複数の主要大学は3月、トランプ政権が一部の研究者への助成金を削減したほか、米国政府が資金援助する他の研究者に対しては、研究が米国の利益に合致していることを証明するよう求めたと公表した。シドニー大学やメルボルン大学など豪州の名門8大学で構成する「グループ・オブ・エイト(Go8)」は、これは国内の重要な医学と防衛研究を危険にさらす可能性があると述べた。

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オーストラリアの研究の最大の国外スポンサーは米国だ。オーストラリア科学アカデミー(AAS)の推計によると、2024年、米国政府からオーストラリアの研究機関への資金提供は、総額3億8600万ドルに上る。

カナダでは3月、125以上の大学・カレッジの学術・専門スタッフ7万2000人を代表するカナダ大学教員協会(CAUT)が、米国の連邦政府機関から全額または一部資金提供を受けているプロジェクトに携わる研究者たちの元にも、研究が「アメリカ・ファースト」の方針に合致するかを問う長文の調査票が届いたと発表した。質問事項には、環境正義、DEI、「世界的なアメリカの影響力を高める研究か」などが含まれていた。

オランダのワーヘニンゲン大学の科学者たちも、米国政府の資金提供元からアンケートが届いたと報じられている。研究者は回答しないよう勧告されている。オランダ大学協会(UNL)は状況を注視しているという。

なぜ今なのか?

トランプ政権による科学界への圧力を受け、米国と欧州では3月7日、研究者や科学愛好家ら数千人が「科学のために立ち上がれ」とのスローガンを掲げ、米国の科学機関職員の解雇や研究費の削減に抗議した。トランプ政権は1月の就任以来、国内の科学機関職員数千人を解雇した。米国立科学財団など科学助成機関の研究助成金も凍結しようとしている。

トランプ政権は、約230万人いる連邦職員を一部リストラし、経費節減を図りたい考えだ。科学機関職員の解雇もその一環で行われた。米国政府はさらに、多様性に関する研究の抑制、ワクチン接種への資金停止、気候変動対策への取り組み停止なども進めている。

気候変動をでっちあげと呼ぶトランプ氏は、大統領就任1期目で100以上の環境関連法を撤廃した。また「ドリル・ベイビー・ドリル(掘って掘って掘りまくれ)」を看板政策に掲げ化石燃料企業への規制緩和を誓った。2期目に入ってからは、バイデン前政権下で始まった環境・気候変動対策からの巻き戻しを図り、気候変動プログラムやその他環境支出への資金を凍結したほか、国立気象局の科学者を解雇し、再生可能エネルギーへの政府支援も削減した。

米紙ニューヨーク・タイムズは3月、環境保護庁(EPA)が科学研究室を廃止し、研究者・職員1000人以上を解雇する計画だと報じた外部リンク。トランプ政権はまた、政府のウェブサイトから気候変動や地球温暖化に関する記述を削除したほか、DEIに関連するプログラムを停止するよう命じている。

編集:Veronica De Vore/dos、英語からの翻訳:宇田薫、校正:ムートゥ朋子

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