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世界の氷河監視を主導するスイス 融解は止められるか?

氷河
氷河の融解が世界中で進んでいる Keystone / Mayk Wendt

世界各地で氷河が解け続けている。世界の氷河監視の中心的役割を担うスイスの機関は、もはや一刻の猶予も許されないと警鐘を鳴らす。国連も3月21日を「世界氷河デー」と定め、氷河の後退阻止に本腰を入れている。

「毎年凄まじい量の氷が消失していることに言葉を失う」。チューリヒにある世界氷河モニタリングサービス(WGMS外部リンク)のミヒャエル・ツェンプ所長(チューリヒ大学、氷河学)はそう切り出した。

WGMSが世界氷河デーに合わせて発表したデータによれば、昨年1年間で世界の氷河から推定約4500億tの氷が消失した。

国連は2025年を氷河の保護の国際年とし、毎年3月21日を世界氷河デーと定めた。

2023年の消失量には及ばないが、1975年以来では4番目に多い(過去最高は2022年、2番目は2023年)。世界の全氷河は3年連続で純減した。

氷河融解の深刻な影響

氷河は世界の20億人以上外部リンクに淡水を供給している。スイスやボリビアのような山岳国の景観や文化的アイデンティティの形成にも寄与し、研究者にとっては気候変動に関するデータの貴重な供給源だ。

地球温暖化による氷河後退は下流域の水供給を停滞させ、農業や水力発電にも影響する。特に大打撃を受けるのはアジアとラテンアメリカだ。氷河融解により土砂災害や洪水のリスクは高まり、海面は上昇する。

氷河の保護の国際年外部リンク」は、氷河融解を食い止めるための具体的行動を呼びかける国連のイニシアチブだ。そのハイライトの1つが3月20日の「世界氷河デー」で、氷河の重要な役割を意識啓発する。

国連はこのイニシアチブを通し、世界的な監視システムの拡充を目指す。氷河研究の長い伝統を持つスイスは監視システムで世界を牽引する。監視システムは水資源の管理や海面上昇の影響予測に欠かせない。

>>氷河融解の影響は数千km離れた場所にまで及ぶ。詳しい解説は以下の特集ページへ。

Alpine scene

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最寒冷地でも進む融解

WGMSが2月に発表外部リンクした調査結果によれば、2000〜2023年の間に世界の氷河(グリーンランドと南極の大陸氷河を除く)は全体の5%以上を失った。この融解で地球の海面は約18 mm上昇した。

最も深刻な影響を受けているのはスイスや欧州アルプスの氷河で、2000年から現在までに総量の39%以上を失った。コーカサス地方、北アジア、米国の氷河も大幅に消失した。極地の氷河でさえ融解が進んでいる。

WGMSのイザベル・ゲルトナー・レー氏はイタリアの一般科学雑誌「マテリア・リノヴァビレ(Materia Rinnovabile)外部リンク」のインタビューで「15年くらい前まではノルウェーやニュージーランドなど、氷の量が増加している地域もあったが、過去5〜10年間では氷河が成長した地域は皆無だ」と語った。

ツェンプ氏は「現在の融解スピードが続けば、多くの地域で『永久の氷』は21世紀を生き残れないだろう」と予測する。アルプスでは2100年までに9割以上の氷河がほぼ完全に消滅外部リンクする可能性がある。

イラスト
swissinfo.ch

氷河を救う唯一の方法は?

氷を覆って保護するジオテキスタイルやモルテラッチ氷河(スイス東部グラウビュンデン州)の人工雪プロジェクト外部リンクなどには、局所的な融解を抑制する効果はある。だがいずれも高額で、効果は限定的だ。

「氷河を保存する唯一の方法は、温室効果ガス排出量を減らすことだ」とツェンプ氏は強調する。

氷河は地球温暖化の進行にある程度遅れて反応する。もし今直ちに排出量をゼロにできたとしても融解はすぐには止まらず、2050年までに更に10〜20%の氷河が消失するだろうと言う。

だが今世紀後半の地球の運命は現在の人間活動によって決まる。2100年の氷河の状態は、今後の温室効果ガス排出量の動きと地球温暖化の進行度合いに大きく左右される。ツェンプ氏は「温暖化を0.1℃抑える毎に救われる氷河が少しずつ増えていく」と話す。

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氷河監視の中心的役割を担うスイス

世界的な氷河データ収集が始まったのは1894年。チューリヒで開かれた国際地質学会議で国際氷河委員会が設立されたことがきっかけだった。同会議では、当時既にスイスで機能していた全国規模の氷河監視ネットワークと同様のものを世界全体に広げることが決まった。

国際氷河委員会は氷河学者の国境を超えた協力体制を促進し、国際共同研究ネットワークの形成に寄与したが、その活動はデータ収集と刊行物の発行に限られていた。しかし、より組織的な中枢機関であるWGMSが設立されたのは、それから約100年後の1986年だった。

WGMSは設立以来、チューリヒ大学を拠点として30年以上に渡り、地球上の地理的・気候的条件の異なる氷河を集めた基準氷河セット外部リンクの質量変化に関するデータを収集し続けている。

加えて第二の基準氷河セット外部リンクのデータも収集しており、合計で約30カ国、130カ所以上の氷河(このうちスイスの氷河は約20カ所)を対象としている。

「全収集データは自由にアクセスできる」とツェンプ氏は話す。自由な情報共有は、他の情報と合わせて、気候変動に対する効果的な対策や適応戦略の策定に役立つ。

>> 世界最古のスイス氷河モニタリングネットワーク「グラモス(GLAMOS)」は世界最高レベルの優れたシステムとして知られる。リスクの高いいくつかの氷河については重点的な監視が続けられている。詳細は以下の記事へ。

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氷河の計測方法

氷河の監視は、いわゆる水年(水収支の1年。国や地域によって異なり、スイスは10月1日から9月30日)年間の氷河上の積雪量と氷の融解量に基づいて行われる。

氷河進化の指標として用いられる質量収支を測定する最も古い方法は、氷河に目盛付きの棒を突き刺して積雪量と融解量(または消耗量)の差を求めるフィールド測定法だ。例えば猛暑の後などに融解量が積雪量を上回ると質量収支はマイナスになり、氷河は後退する。

スイス・フリブール大学地球科学科の博士課程の学生、エンリコ・マッテア氏は、この方法の利点は氷河で何が起こっているかの詳細な情報が直接得られることだと説明する。「世界で利用されている監視技術の多くはスイスで開発された。氷河にアクセスしやすい地の利のおかげだ」

目盛付きの棒を使う方法は最もシンプルだが、これが使えるのは地球上の全氷河(27万5000カ所以上)の1%にも満たない。

スイスの氷河学者マティアス・フス氏が、ローヌ氷河の厚さの変化を目盛り付きの棒で測定している様子。2023年6月16日
スイスの氷河学者マティアス・フス氏が、ローヌ氷河の厚さの変化を目盛り付きの棒で測定している様子。2023年6月16日 Copyright 2023 The Associated Press. All Rights Reserved.

こうした従来方法の限界は、最新のリモートセンシング技術(遠隔地から対象物を測定する技術)で補われる。人工衛星や航空機、最近ではドローンなどを使い、宇宙・上空からレーダー信号やレーザー光を照射して氷河表面の標高を計測する。そこから氷河の3次元画像、標高の変化、氷河の厚さについての情報が得られる。

その他、重力測定と呼ばれる方法では、地球の重力場から氷河の正確な質量を計算できる。「2000年頃から、地球上のあらゆる場所のあらゆる大きさの氷河を隈なく計測できるようになった」とツェンプ氏は話す。

>>以下の欧州宇宙機関(ESA)のユーチューブ動画で、氷河の主な測定方法の利点と限界について説明している(40秒あたりから)。

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直ちに行動を起こす時

WGMSが最近発表した2000〜2023年の氷河変動の調査結果は、フィールド測定と人工衛星観測の最良データを融合して得られたものだ。この方法により、地域の傾向や年間の氷河変動について新たな知見が得られるとともに、氷の融解や海面上昇など多くの事象についての将来予測をより正確に行えるようになったとツェンプ氏は話す。

マッテア氏は、異なる様々な氷河の調査が均質になるよう、世界中の研究機関が計測方法を調整する必要があると主張する。

また、指標となる基準氷河セットを見直す必要があると指摘する。近い将来、地球温暖化で消えゆく氷河もあるからだ。例えばイタリアのカエサル氷河は2042年までにほぼ完全に消滅外部リンクすると予測される。

もう一刻の猶予もないとツェンプ氏は言い、「氷河の保護の国際年」が世界の意識を変えるきっかけになればと願う。氷河を保存することはすなわち、温室効果ガスの排出量を減らすための確実な方策を直ちに行動に起こすことに他ならない。

「2025年が、人類が行動を起こした転換の年として後世に語り継がれるようになればと願っている」

編集: Gabe Bullard、Veronica De Vore、英語からの翻訳:佐藤寛子、校正:宇田薫

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