猛暑で死ぬリスク 高齢女性が一番危ないのはなぜ?
高齢者は暑さにより命を落とすリスクが高く、中でも女性は最も死亡率が高い。この問題は、スイス政府の気候政策の責任を問う最近の判決でも重要な争点となった。女性が猛暑に弱いのは何が原因なのか?
英科学誌「ネイチャー外部リンク」の最新の調査で、昨年は観測史上最も暑い年――恐らく過去2千年間で最も暑い夏――だったことが明らかになった。スイスでも熱波はもはや珍しい現象ではない。2003年、2015年、2018年、2019年の猛暑に加え、2022年と昨年は記録的な熱波に見舞われた。
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告外部リンクによると、人為的な気候温暖化に伴い、熱波はより危険に、より頻繁に、より深刻になっている。75歳以上の高齢者や高齢女性、そして慢性疾患を持つ人々が最も健康上の被害を受けやすく外部リンク、特に気温が30度を超えるとそのリスクが高まるという。
仏ストラスブールの欧州人権裁判所(ECHR)が今年4月、スイス連邦政府に対して下した判決でも、高齢女性と熱波の関連に焦点が当たった。判決の中でECHRは、スイス政府が気候変動への十分な取り組みを怠ったために、スイスの市民団体「環境を守るシニア女性の会(スイス気候シニア)」の人権を侵害したとした。64歳以上の女性から成る原告団体は、熱波のせいで悪化する健康上の問題や生活への影響を訴えていた外部リンク。
判決は「高齢の女性は熱波で死亡する危険性が高い」という原告の主張を受け入れた。だが、死亡の危険が高まる原因は一体どこにあるのか?
女性は汗をかきにくく、より活動的
スイスにおける熱関連死(高い気温に関連した死)は、2022年で約500人だった。これは交通事故による死亡者数を上回る外部リンク。死者は全員75歳以上で、その6割が女性だ。
スイス気候シニアはECHRの裁判にあたり、高齢女性がより大きな健康上のリスクにさらされていることを示す資料外部リンクをまとめた。その中で引用されたスイス熱帯公衆衛生研究所(TPH)による2022年の調査外部リンクでは、暑さによる死亡リスクがスイスで最も高いのは75歳以上の女性だった。気温が22度から33度に上昇した場合、75~84歳女性の死亡リスクは27%、85歳以上では31%上昇した。これに対し男性は75~84歳で21%、85歳以上は16%リスクが上昇した。
高温度環境で女性の死亡率が高くなる要因については、このテーマに関する最も包括的な研究(2021年)外部リンクが引用されていた。オランダのアムステルダム自由大学の研究者らはその中で、①発汗の違い(女性は汗をかきにくく、熱を逃がしにくい)②女性の心臓血管系の方が暑さによるストレスに弱い➂体内で熱を分散するための身長と体重の違いなどを要因として挙げた。
高温度環境は汗疹(あせも)から失神に至るまで、人体に様々な症状を引き起こす。体温が39度以上になると日射病になり、脳や他の臓器がむくんだり、心血管系や呼吸器系の病気を悪化させたりする。最悪の場合、生命に危険が及ぶこともある。だが猛暑の危険性を軽視して死亡する人は後を絶たない。外部リンク
女性の方が熱関連の死亡リスクが高いことについて、高温度環境が健康に与える影響を研究外部リンクするスイス熱帯公衆衛生研究所のマルティナ・ラゲットリ氏は、「男性と女性では、体温を調節する体の仕組みが異なる。例えば発汗能力や高温度への順応力は、女性の方が劣る傾向にある」と説明する。
また、女性の方が一人暮らしの高齢者が多く、水分補給を促してくれる同居人がいないケースが多い。所得も低めで、屋外で過ごす時間が男性より長いことが原因として考えられる。
まだ不明な点も
ベルン大学社会予防医学研究所のアナ・ヴィセド・カブレラ氏外部リンクは、高齢女性の死亡リスクが高いメカニズムは「まだ解明されていない」と話す。
気候変動と健康の関連性を調査する同氏は、「いくつかの研究では、生理的なプロセスが原因で女性は暑さに弱いことが示唆されている」とswissinfo.chに語る。また、月経周期や更年期における女性の体温の変動が、体温調節能力に影響を与えている可能性を指摘する研究者外部リンクもいる。
高齢女性のライフスタイルは男性より活動的で、結果的に夏の高温にさらされやすいのも要因の1つだという。
また、女性の方が男性よりも平均寿命が長く(スイス人の平均寿命は女性が85歳、男性は81歳)、リスクグループ自体が大きいとした。
理由が何であれ、熱波が生死にかかわるリスクをもたらすのは確かだ。国際的な医学誌「ネイチャー・メディシン外部リンク」が昨年発表した比較疫学分析によると、2022年に欧州を襲った熱波で亡くなった人は、女性の方が男性より推定63%多かった。また高温が原因の死亡者数と死亡率は年齢とともに急上昇した。
人口あたりの死亡率は、地中海沿岸諸国(イタリア、ギリシャ、スペイン、ポルトガル)が最も高かった。絶対数では、イタリア(1万8010人)、スペイン(1万1324人)、ドイツ(8173人)で最も多かった。
スイスの値はこれよりも低く、オランダ、ベルギー、オーストリアと同程度だった。スイスにおける熱関連死亡率(男女合計)は欧州平均の約3分の1に留まった。
総じて、いずれの国でも女性の方が男性より暑さに弱いことが観察された。特に65~79歳と80歳以上の年齢層では、女性の熱関連死亡者数がそれぞれ6%と27%、男性より高かった。唯一、0~64歳の年齢層では、男性の方が女性より死亡者が多かった(43%増)。また、女性の死亡率が最も高かったのは、前述の地中海沿岸諸国だった。
2022年の夏にスイスで記録された熱関連死について、ベルン大学が昨年発表した別の研究外部リンクでも同様の結論が出ている。それによると、スイスの熱関連死623人の約6割は、人為的な地球温暖化が直接の原因だった。熱関連死の9割近くが65歳以上の高齢者。死亡者数は一般的に女性の方が男性より多く、高齢女性の死亡率が最も高かった。
ヴィセド・カブレラ氏は「人為的な気候温暖化がなければ、2022年の猛暑で死なずに済んだかもしれない人々が、スイスだけで370人以上いる」と語った。
編集:Veronica De Vore/ts、英語からの翻訳:シュミット一恵、校正:ムートゥ朋子
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