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地滑りから住民とインフラを守るスイス流メソッド 

土石流が起こった場所
Keystone / Ti-Press / Alessandro Crinari

最近スイス南部を襲った異常気象による地滑りは、多数の死者と甚大な被害をもたらした。警報システムや防護壁も有効だが、自然災害のリスクが高まる現状においてはより抜本的な解決策が求められている。 

6月後半から7月初めにかけ、グラウビュンデン南部、ティチーノ州、ヴァレー(ヴァリス)州を異常気象が襲った。家屋や通信網が倒壊し、アルプス山間部の集落は寸断され、少なくとも12人の死亡・行方不明者を出した。 

大雨で河川があふれ、洪水を引き起こした。山の斜面では土石流が発生し、泥、土、岩の地滑りが起こった。土石流は破壊力が強いだけでなく事前予測が難しい。 

連邦森林・雪・景観研究所(WSL)の山岳水文学と地滑りの専門家、ブライアン・マッカーデル氏は、「土石流は、巨大な土砂の山が高速で流下するため非常に危険だ」とswissinfo.chに語る。 

この夏スイス南部で発生した土石流被害を撮影した動画 

デトリタス(砕屑物)は通常、渓流の底や勾配25%以上の峡谷に堆積する。しかし、どこで地滑りが発生するかを正確に知ることはほぼ不可能だ。 

マッカーデル氏は「一般的に、渓流にどれだけの瓦礫が存在し、それが大雨が降った場合どれだけ動き出す可能性があるのかはわからない」と言う。 

このような土石流は、世界約70カ国外部リンクにとっては直接の懸念事項でもある。スイスでは、連邦環境省が作成した地図でもわかるように、国土の大部分で土石流が発生するおそれがある。アルプス山脈では50万㎥の土石流が発生する可能性外部リンクがあり、毎年、平均1億フラン(約160億円)の土石流被害が発生している。 

WSLによれば、地球温暖化が異常な降水の増加や地滑りのリスクを高める可能性がある。「それを防ぐのは非常に難しいだろう」(マッカーデル氏) 

そのため、特にすでに影響を受けている地域や最もリスクの高い地域において、住民やインフラの保護強化が不可欠となる。基本的には2つの解決策がある。早期警報システム、そして土石流を食い止める人為的な防護柵だ。 

AIによる土石流の予測

警報システムは、土石流の可能性を当局に警告したり、発生した土石流の動きを検知したりすることができる。 

前者の場合、システムは基本的に降雨量に基づく。このアプローチには、消防士や警察などの第一応答者に警告を発するという利点がある、とWSLの土石流専門家アレクサンドル・バドゥー氏は説明する。「しかし、地元住民にとっては必ずしも最善の解決策とは言えない」 

「誤報には問題がある。地元の人々は誤報を寛容しない」

アレクサンドル・バドゥー、土石流専門家

こうした土石流を発生させる渓流や峡谷は、大雨に対して全てが同一の反応を示すわけではない。そのため、地域全体の警報の基準となる降水量のしきい値を特定するのは困難だ。バドゥー氏は「誤報には問題がある。地元の人々は誤報を寛容しない」と話す。 

ここで使われているもう1つのシステムは、渓流の底や土手に設置された計測器を使って、土石流が発生したことを検知する。金属製のパイプが瓦礫の通過に伴って開き、より精巧な装置(センサー)が地面を通過する波をとらえる。 

ただ、欠点はある。土石流が山を下り始めると、警報を鳴らす時間は通常ほぼ残されていない。わずか数分でも時間を稼ぐため、連邦工科大学チューリヒ校とWSLの研究者は人工知能(AI)に基づく警報システムを開発した。 

通常、地震発生時に使用されるセンサーは、数km離れていても、移動する土砂が引き起こす振動を感知する。過去に発生した地滑りのデータで訓練されたこのアルゴリズムは、鉄道の交通量や移動中の牛の群れによる振動から、瓦礫の動きを区別できる。 

この装置は、2020年にヴァレー州イルグラーベン渓谷の渓流で実験外部リンクを行い、警報を鳴らす時間を20分前まで引き延ばすことができた。 

住宅とインフラを守る鋼鉄製ネット 

「警報システムは人々を守り、命を救える」とバドゥー氏は話す。「しかし、インフラへの被害は防げない」 

鉄筋コンクリートの壁や堤防は、地滑りから住宅やインフラを守れるが、建設費が高く場所もとる。 

雪崩や土石流を食い止めるために長い間使用されてきた鋼鉄製のネットは、より経済的な代替手段だ。第1段階の防護柵として渓流や峡谷に素早く設置でき、道路1本や建物1棟を守る用途にも使える。2007年以来、スイスでは110件以上の設置実績がある。 

鋼鉄製のネットは地滑りで出た固形物をせき止め、水や泥は通す。自然災害からの保護システムの分野で業界をリードする企業Geobruggのエンジニア、イサッコ・トッフォレット氏は「弊社はケーブルカーを山に運ぶのに使われるような高抵抗の鋼線を使用している」と説明する。 

ネットを張った岩
この幅22m、高さ6mのネットを設置するため、ティチーノ州メリデ市は約12万フランを拠出した Geobrugg

しかし、警報システムと同様、鋼鉄製のネットにも限界がある。この方法が最も理に適うのは、土石流がめったに発生しない場所だとバドゥー氏は言う。「そうでなければ、堆積した土石を除去し続けなければならない。それには高額の費用がかかる」 

土石流対策としてさらに有効なのは、集水桝(ます)を使うことだ。これは大量の瓦礫を集めることができるが、広い表面が必要になる。 

最もリスクの高いアルプスの谷を見捨てる? 

地球温暖化により自然災害のリスクが高まる中、アルプスの居住地やインフラを守ることは、今後さらに大きな課題となる。連邦政府、州、地方自治体は2022年、自然災害からの保護に約6億フランを拠出した。 

ウィーンの自然資源生命科学大学(BOKU)のラインハルト・シュトイアー教授(気候政策)は抜本的な解決策が求められていると話す。 

今夏スイスで起きたような洪水や地滑りによる被害は修復可能だが、「人口の少ない地域で2度、3度と起きれば、社会経済的な観点から復興を正当化するのは難しくなる」と独語圏日刊紙NZZに語る。「今世紀末までには、アルプスの最も(災害に)脆弱な渓谷のいくつかは、ある程度放棄される必要があるだろう」 

アルプス管轄州政府会議のカルメリア・マイセン議長はこれを「皮肉で短期的なビジョン」と指摘する。NZZに対し、特例としての再定住はありうるかもしれないが、渓谷全体を放棄することはありえないと語った。今必要なのは被災地で起こったことを分析し、気候変動要因を考慮しながら弱点を特定することだという。 

バドゥー氏はまず第一歩として、これらの破壊的な地滑りを引き起こした要因を理解することが重要だとする。これによって自然災害マップが更新され、リスクの高い場所が再定義できるという。 

編集:Sabrina Weiss、英語からの翻訳:宇田薫、校正:大野瑠衣子 

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