クローテンのランツゲマインデ 民主制の制約を吹き飛ばす
スイスと世界を結ぶ玄関口、チューリヒ・クローテン空港の昨年の利用客数は3100万人を上回った。このスイス最大の国際ハブ空港を抱えるクローテン市が、直接民主政治の原型、ランツゲマインデ(青空議会)を復活させた。その新しい解釈は、今後の指標となるものだ。
この記事は特集「直接民主制へ向かう」 #DearDemocracy の一部です。
夏のある土曜日。クローテンに集まった群衆の頭上を旅客機がかすめていく。手を伸ばせばつかめそうな距離だ。およそ700人がひしめく広場には天然石の石畳が敷かれ、その周囲を高層住宅が取り囲む。
広場に設置された舞台では、地元のビッグバンドが椅子に座ってスウィングを演奏している。スペインのお菓子やクレープを売るスタンドも出ている。犬のリードを引っ張り、子どもの手を引き、住民がやって来る。まるで夏祭りのようだ。
ここクローテンで開かれているのは、ランツゲマインデ。政治を扱う正式な青空議会ではないが、だからこそ直接民主制の根本思想により近い。スイスで普段、意見を述べる機会を持たない人々に、そのチャンスを与えることが企画者の主な目的なのだから。
クローテン・ランツゲマインデ外部リンク協会のダニエル・ノイコム会長は、「これは誰でも参加できるランツゲマインデだ」と話す。スイス国籍を持つ18歳以上の有権者に限らず、国籍も年齢も関係ない市民全員が対象だからだ。
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もとは田舎の催し
ランツゲマインデは民主主義の最古の形態として知られるが、スイスでは今や消滅の危機に瀕している(下記のボックスを参照)。クローテンはそれを、多様でグローバルな社会を持つスイスの多彩な祭典として復活させた。
「ランツゲマインデ2.0」
空港のあるチューリヒ州クローテン市は、現代的な形態でランツゲマインデ(青空議会)を開催することにより、(民主制の)新しい方向性を示した。非公式のこの催しには、女性や低所得者層、18歳以下の青少年、外国人など、公式の政治にあまり関わることができない人々やそこから排除されている人々も参加できる。
スイスでは一部の例外を除き、18歳以下と外国人に政治的権利は原則認められていない。
地方民主制は新しい参加形態、つまり直接民主制の現代化に最も適している。連邦や州レベルでは、政治的権利を18歳以下の若者や外国人にまで広げることは、政治的にほぼ見込みがない。
150年前まではさまざまな州で開かれていたが、今ではアッペンツェル・インナーローデンとグラールスの2州でしか開催されていない。
ランツゲマインデは、今も昔も田舎で行われる催し物だ。近隣の畑や牧草地からは、時おり水肥の匂いが漂ってくる。ランツゲマインデが終わった後は古くからある食堂に場所を移し、木製のテーブルを囲みながらねじ曲がった煙草をふかし、強い蒸留酒をあおり、気の向くままにヨーデルを歌い、膝に載せたアコーディオンをかき鳴らす。
アッペンツェルでは古い家並みに囲まれた広場に住民が集まり、みんな一緒に、公開された形で政治的な決定を下す。
グローバル化への答え
そんな催し物であるランツゲマインデに対し、クローテンは、「グローバル化の強い影響を受けているこの町の発展問題に対する答えであるべき」という新しい解釈を施した。
そしてまた、この非公式のランツゲマインデで行使できる政治的権利も拡張した。特に期待しているのが、スイスの投票や選挙から除外されている青少年と外国人の参加だ。この町では国際性は日常であり、住民の国籍数は実に120におよぶ。
ノイコムさんは「仕事のために住んでいる人がほとんど。数年間滞在した後、また次の土地へ移っていく」と言う。「そのため、『私たち』という共通の感覚を得られる土壌が生まれにくい」。ランツゲマインデは、結束を固めるための一つの試みだ。
先述の通り、この町のランツゲマインデは正式の公的手段ではない。しかし、それでも資金を分配する権限を持つ。今年はこれまでより1万フラン多い3万フランを割り振る。
空港のあるクローテン市
利用客数3100万人、住民1万9647人: これが空港を持つクローテン市の姿 (2018年時点の数字)
有権者: 約1万1千人
外国人の割合: 32,8% (スイス全体: 25%)
雇用: 3万6500人以上, うち3万人が空港で働く
市のほかに、新ヘルヴェチア協会外部リンクも賞金を出す。昨年のランツゲマインデ開催時の努力が評価され、クローテン市が同協会主催の民主主義賞外部リンクを受賞したためだ。
除外者とともに
参加者は、数多く出されたアイデアについてそれぞれ票を投じる。なかには、通常の政治プロセスではほとんど取り上げてもらえそうにないものもある。政治プロセスの中に、それらの利益集団がそもそも組み込まれていないからだ。案件の中には、遊びながら学べるドイツ語コースや青少年フェスティバルの開催なども混じる。卓球クラブの要望は、公共の場に卓球台をもっと増やすことだ。
そのほか、自転車修理の拠点を街中に作って欲しいと訴える義務教育中のサルヴァドール君もいれば、遊具のたくさんある公園の拡大を目指すグループもある。
「エキサイティング」
このランツゲマインデでの採決は、慣例と異なり、挙手ではない。プロジェクトごとに大きな風船が一つずつ配られ、支持者はその下に集まる。こうして4つのプロジェクトが選抜され、結果が誰の目にも明らかになる。最終的に優勝したプロジェクトには、最高賞金の1万フランが授与される。その決定方法は、記入形式による投票だ。
ビッグバンドの演奏をBGMに、クローテン市民が次々と投票していく。青少年フェスティバルの主催者の1人、14歳のヤン君の姿もその中にあった。「政治にかかわるのはこれが初めて。エキサイティングだ」と目を輝かせる。
投票の結果、青少年フェスティバルがみごと優勝をさらい、1万フランはフェスティバルの組織を担う生徒会の手に渡った。ヤン君もメンバーの1人だ。
直接民主制では一人ひとりの声が大切。そのことを初体験した1日だった。
(独語からの翻訳・小山千早)
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