アニヤ・ウィデン・ゲルパさん(45)は、スイスで、革新的な方法で積極的に民主主義を推進する指導者とみなされている人の一人だ。
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2018/05/18 08:30
ジュネーブ州政府の高官として11年以上にわたり、若い世代の関心を政治に惹きつけ、政治的決定によって彼ら自身にどのような影響があるかを若者たちに見せることを自らの使命としてきた。
その人柄やこれまでの取り組みについて話を聞こうとジュネーブのウィデン・ゲルパさんを訪ねた。
アニヤ・ウィデン・ゲルパさん
1973年、ヴァレー州生まれ。テュービンゲン(ドイツ)とジュネーブの大学で政治学を学ぶ。行政学修士。
連邦経済省経済管轄局(SECO)のプロジェクトリーダーやコンピューター技術の多国籍企業IBMのコンサルタントを務める。
社会民主党ジュネーブ州支部のメンバーとして様々な機関に従事。
2009年、女性として初めてジュネーブ州の総務局長に就任。13年から18年4月末まで再任した。
2009年、ウィデン・ゲルパさんは女性として初めてジュネーブ州の総務局長に選出された。
ヴァレー州東部のドイツ語圏山岳地帯に生まれたウィデン・ゲルパさんは、ある意味、ペーパーワークとミーティングで詰まった日程をこなす典型的な政府高官のイメージとは合致しなかったかもしれない。
当時36歳だったウィデン・ゲルパさんが夢中になったのは、そのような典型的ワークスタイルではなかった。見下したような態度ではなく、対等な立場で、人々に直接会って話をしたがった。いつも心にあるのは若者や子供たちのことだ。
ウィデン・ゲルパさんは、政治的決定が若者や子供たちの住む地区、町、州、連邦にどのような影響を及ぼすのかを彼らに見せたいと強く願っていたという。
行動あるのみ
18~25歳のスイス人の70%は大抵の場合、投票権を行使していないという事実がある。若者が今世の中で何が起こっているかを理解していないからではなく、自分たちに関係があると感じていない、あるいは投票の結果に自分たちが影響を受けるとは考えていないからだ。
ウィデン・ゲルパさんが行動する必要があると感じたのはまさにこの部分だ。州機関を市民にとってもっと身近な存在にしたかった。庁舎を市民のところへ持っていくことは物理的に不可能だとしても、市民に対して庁舎を開き、州政府や州議会の席を開放することはできたとウィデン・ゲルパさんは話す。
「3D機関外部リンク (Institutions 3D)」は、小・中学生や高校生が政治制度に関する基礎知識を体験しながら学ぶことのできるプログラムだ。10歳の子供たちが楽しく、しかし真剣に議員になりきるロールプレイングもある。
子供たちは本物の議場でこのプログラムのために用意された法案について議論する。
ジュネーブ州はその他、国連の「国際民主主義デー」(9月15日)関連イベント「デモクラシー・ウィーク(Semaine de la démocratie外部リンク )」や10~25歳の若きアーティストを対象にした短編映画とポスターのコンクール「シネ・シヴィック(CinéCivic外部リンク )」というプロジェクトを立ち上げた。「シネ・シヴィック」の実施には近隣5州が協賛している。
これらのプロジェクトは票集めのためなどではない。有権者としての役割を真剣に考えようと若い世代を励ますメッセージだ。
政治家を志した契機
ウィデン・ゲルパさんが政治家を志すきっかけとなった出来事は1983年に遡るという。
12月7日、連邦内閣の選挙に際し、スイス連邦議会で過半数を占めた中道・右派が社会民主党の候補者リリアン・ウフテンハーゲンさんの入閣を阻んだ。スイス初の女性閣僚が誕生するはずだった。
ウフテンハーゲンさんの代わりに7閣僚で構成される連邦内閣の議席を勝ち取ったのは、同じ政党に属する男性のオットー・シュティッヒさんだった。
市民が中心の政治
ウィデン・ゲルパさんにとっては、有権者に手段を与え、有権者が十分な情報を得たうえで政策過程の決定をすることができるようにすることがすべてだ。
ただし、その決定とは、投票することだけを指すのではないという。
ウィデン・ゲルパさんは、州政府で11年間尽力した今、新たな仕事に挑戦する準備が整ったと力強く話す。
この記事は、スイスインフォの直接民主制に関する特設ページ#DearDemocracy の一部です。ここでは国内外の著者が独自の見解を述べますが、スイスインフォの見解を表しているわけではありません。
(英語からの翻訳&編集・江藤真理)
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女性参政権の導入が大幅に遅れたスイス。徴兵制の存在がその原因の一つなのか?スイス出身の政治・歴史学者、レグラ・シュテンプフリ氏に話を聞いた。
シュテンプフリ氏は1999年に発表した博士論文「Mit der Schürze in die Landesverteidigung(エプロン姿の国家防衛)」の中で、1914年から45年にかけてのスイスにおける軍事政策と女性政策の関係性を調査した。スイスインフォは著名知識人であるシュテンプフリ氏に、市民の権利と義務との結びつきについて話を聞いた。
スイスインフォ: 1971年、スイスでようやく女性参政権が認められました。導入の遅れは徴兵制が原因だったのでしょうか?
レグラ・シュテンプフリ: それが一因だったのは間違いない。だが、他にも直接民主制の影響があった。女性参政権を認めるにも男性の過半数の賛成が必要だったのだ。しかし、徴兵制が密接に関係していたのも確かだ。スイスでは、武器を持った男性たちが何世紀ものあいだ戦争と平和に関する決定権を握っていた。戦争決定に関する意思表示の権利は、兵役という義務と表裏一体の関係にあったのだ。それが女性の参政権獲得の大幅な遅れにつながった。ちなみにスイスの女性たちは、公に平等の権利を獲得する前からもしっかりと国の制度に組み込まれていた。
スイスインフォ: つまり、女性が抑圧されていたというよりは、参政権と兵役義務が切り離せないものだったという意味ですか?
シュテンプフリ: その通り!いずれにせよ歴史は見直される必要がある。自分も博士論文やその他の著作でそれを試みてきた。女性を甘く見ないように!
スイスインフォ: ヴァレー州ウンテルベッヒの町議会は1957年、ある動議に関して女性に非公式の投票権を与えました。その動議のテーマは、女性の民間役務(兵役の代わりとしての社会奉仕活動)の義務導入。これは単なる偶然ではありませんね?
シュテンプフリ: そう、決して偶然ではない。興味深いのは、そもそも直接民主制、いや、民主主義そのものが、社会的排除から社会的包摂(社会的弱者を含めあらゆる市民を社会の一員として取り込むこと)へと発展する点だ。
スイスインフォ: どういう意味でしょう。
シュテンプフリ: つまり、参政権は社会的マイノリティの間に徐々に広がっていくということ。たとえばフランスの場合ならばアルジェリア出身者といった外国人。ドイツでは、プロイセンで行われていた三級選挙法(納税額の多い順に有権者を1〜3次まで区分した、高額納税者層に有利な選挙方式)が1918年に男子普通選挙制に改められ、ワイマール憲法でついに女性参政権を認めるに至った。
それに対し、スイスの民主主義で常に重視されてきたのは権利と義務の概念。これは、1848年に連邦憲法が成立して以来、女性の女権論者たちが「女性は選挙権と引き換えに兵役に就く必要はない。我々はすでに母としての義務を果たしている。出産育児は兵役以上の社会貢献であり、一種の民間役務だ。したがって女性が参政権を持つのは当然だ」と主張してきたことからも分かる。欧州初の女性法律家であるスイス人、エミリー・ケンピン・シュピーリもその一人だ。
スイスの民主主義は、軍事面に関してもそうだが自由主義的な制度面でも、権利と義務の長い伝統を基盤としている。ところがこれは今日、直接民主制の議論のなかで置き去りにされがちな点でもある。「国家からの自由」、つまり国家を操作するというメンタリティがあまりに安易に実践されている一方で、「国家への自由」、つまり国家への義務を果たすのは「持たざる者」ばかりという状況になっている。
スイスインフォ: スイスにも外国人が自治体・州レベルで投票できる地域がありますが、女性と同じく兵役義務は課せられません。筋が通らないのでは?
シュテンプフリ: ああ、その時代遅れで馬鹿げた主張は聞き飽きた。スイスに住んで税金を納めている以上、政治参加する権利もあるはずだ。ただ、スイスに住む者は全員なんらかの社会奉仕活動をすべきということは、私も以前から言っている。これは啓蒙思想の系譜に連なる考えであり、この点において自分は保守的革命家と言えるかもしれない。誰が国家に帰属するのかしないのか、その議論はもう2世紀以上も続いている。すでに近代フランスのサロンでも女性参政権を求める声があった。それを忘れないように!ユダヤ人というマイノリティの人権問題もかなり早くに取り上げられていた。そして実際、フランス革命後にユダヤ人に市民権が与えられた。
ところがこれらの概念はすべて、「民主主義とは何か」という意識の中からいつのまにか消えてしまった。民主主義においては生物学上の違いや出身地、年齢は重要ではない。民主主義とは、共同で事に当たる平等な人間により作られるものだ。その人が「誰か」ではなく、その人が「何をするか」、それが大事なのだ。したがって、ここに住み、働き、地域社会に参加している人間に参政権を与えるのは当然だと考える。
そういう意味で、19世紀というのは世界史において事実上の「中世」だったと言える。あの時代に世界はきわめて非民主主義的で差別的なものを背負わされてしまった。それ以降、世界政治は国家主義と男性優位主義によって決定されている。この二つの組み合わせがファシズムを産んだのだ。これらすべてについて、今、議論されなくてはならない。
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レグラ・シュテンプフリ(哲学博士、コーチングスペシャリスト)。歴史、政治哲学、政治学およびジャーナリズムを専攻。1999年ベルン大学で博士号を取得。博士論文「Mit der Schürze in die Landesverteidigung, 1914-1945, Staat, Wehrpflicht und Geschlecht(エプロン姿の国家防衛――1914〜1945年。国家、兵役とジェンダー)」は2002年に出版された。以後、民主主義、欧州の政治参加、ハンナ・アーレント派政治哲学およびデジタル化社会などをテーマに、7本の研究論文を発表している。専門家、講師、著者としてスイスならびに欧州で活動中。ドイツ語圏メディアへの登場も多く、鋭い切り口のコラムで知られる。欧州連合(EU)の首都ブリュッセルで数年を過ごし、スイスに帰国後も自称「民主主義の出張販売員」としてドイツ、フランス、オランダ、英、ベルギーなどの国々を勢力的に飛び回る。
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若者の政治意識に関する世論調査で、スイスの若者は政治についての情報源としてネットメディアにあまり頼らないことが明らかになった。
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若者が最も関心を持つテーマは外国人政策や難民政策で、中高年齢層と比べて大きな違いはなかった。これについてgfs.bernは、2016年に行われたスイス人の不安を測る調査「不安バロメータ」では難民問題が全体でトップに挙がったと言及した。
若者の国民投票や選挙への参加度合いは国民全体に比べて低く、15年の連邦議会総選挙ではスイス全体の投票率が48.5%だったのに対し、18~24歳の投票率は30%だった。
若者が投票しないのは、政治的無関心からではない。政治家が話している内容や用語が複雑で理解するのが難しいことがその理由として最も多く挙げられた。
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