直接民主制、「スイス人にできるなら、私たちにもできる」
2015年よりマドリード市長を務める法学者マヌエラ・カルメナ氏は、直接民主制の原理に基づいた政治を推進しようとしている。カリスマ性があり賛否両論を巻き起こすカルメナ市長は、市民の政治参加を可能にするプラットフォームを立ち上げた。スペインでは初の試みだ。
swissinfo.ch: この市民参加プラットフォームは、具体的にどのように機能するのですか?
マヌエラ・カルメナ: 市でウェブサイトを作り、法律の範囲内であって人権を侵害していなければ、全ての市民がアイデアを提案できるようにした。提案は、プラットフォーム登録者の少なくとも2%、すなわち約5万5千人の支持を得なければならない。これが達成されれば、投票にかけて案を具体化する可能性を検討する。簡単に言うとこういう仕組みだ。
swissinfo.ch: このように市民の政治参加を促したいという願いの根本には、15M運動(経済危機下の11年にスペインで起こった市民運動)があるのでしょうか?
カルメナ: 私は年齢的(71歳)にも、15M運動の世代には属していない。それに、この運動が起こった時私はスペインにいなかった。この運動は、若者に推進された新しい政治のやり方を示していると思う。私はマドリードで、15M運動に参加していた若者たちと出会い、協力と市議会選挙への立候補を頼まれた。推進役だった若者たちは今、私とともに市役所で働いている。
15M運動
15M運動の名前の由来は、2011年5月15日に行われた抗議運動。少なくとも2万人の「家もなく、仕事もなく、年金もなく、恐れるものもない」人々が、政治への怒りを表明するため全国各地の都市で広場に繰り出した。
同日夕方、数千人の若者たちがマドリードの広場プエルタ・デル・ソルを、少なくとも地方選挙の行われる5月22日まで占拠することを決定。
このようにして生まれた15M運動は「インディグナードス(怒れる者)」運動とも呼ばれ、直接民主制の推進を目的とする。
ところで、私はもうかなり前から、代表民主制は限界に近づいていると感じていた。代表民主制はうまくいかない。私はフランスでかつて大臣を務めた政治家シモーヌ・ヴェイユの著作のファンで、ヴェイユが伝統的な政党について批判的だったことを知って力づけられた。
swissinfo.ch: スイス式の直接民主制からは、何らかの影響を受けましたか?
カルメナ: 恣意的(しいてき)な拘束に関する国連特別報告者を務めていた頃、私はよくスイスへ行った。そして、国民投票にかけられる案についての賛成や反対のポスターを見るたびに思っていた。「スイス人にできるなら、私たちにもできるはずじゃないか?」と。
swissinfo.ch: スイスインフォのインタビューで、カルメナさんの協力者のパブロ・ソト氏は、スイスを「少数派が満足している国」と形容しています。同じようなことをスペインでも実現したいとお考えですか?
カルメナ: ソト議員は「市民参加プロジェクト」の責任者だ。彼がスイスをそのように見ていることは知っている。私もその見方に賛成だ。先ほども言ったように、(国民)投票のキャンペーンには感心している。
しかしここで、国連の潘基文(パンギムン)事務総長の非常に重要な言葉に言及したい。「民主主義は単に代議制であってはならない」というものだ。つまり民主主義の新しい構造を発展させる必要がある。
市民が提案を行ったり決定を下したりできる民主主義の形はとても興味深いと思う。政党と無関係な、新しい形の参加型民主主義について考え続けなければならない。その新しい形は、より合理的で柔軟性があり、何よりも地域に根ざしたものであるべきだ。政党の問題点は、全ての案件に対して立場を明らかにし、決断しなければならない点だ。このような限界の来ている仕組みよりも、一歩先に進められれば良いと思う。
マヌエラ・カルメナ
法学者、名誉判事。1944年マドリード生まれ。77年、共産党所属で総選挙に出馬。法学士号を持ち、拘留者の権利を専門とする。86年、人権についての国内賞を受ける。2003〜09年には国連の恣意的な拘束に関する作業部会の会長および報告者を務めた。
2015年の市議会選挙の際、左派政党アオラ・マドリードから市長に立候補。国民党所属のエスペランサ・アギーレ氏に次いで次点となったが、スペイン社会労働党のマヌエル・カルモナ氏の支持を得て市長に選ばれた。
swissinfo.ch: しかし国民は、例えばスイスでイスラム寺院の塔であるミナレットの新設禁止の案が出た時のように、国の立場を難しくするような、政府や議会と対立した意見を表明することもあります。
カルメナ: 国民も過ちを犯すことがあるということを受け入れ、考慮に入れておく必要があると思う。だが注意しなければならないのは、最初に言ったように、国民の決定が、人権を侵すものであってはならないということだ。
ミナレットの件に関しては、私はスイス国民の選択には同意しない。しかし人権が侵害されていないのであれば、尊重しなければならない。人権を尊重し、現行の制度や法律の範囲内であれば、社会はどんな問題についてでも意見を表明することができる。
swissinfo.ch: スイス式の「直接民主制」を他の国に広めることは可能でしょうか?
カルメナ: そのまま適用することはできないと思う。ある社会の経験をそのまま別の社会に当てはめることはできないだろう。もちろん人間というものは似通った存在だが、スペイン社会とスイス社会には大きな違いがある(笑い)。
とはいえ、学べるものは大きい。スイスには非常に興味深い政治的手段がある。だから、私たちも変化を進んで受け入れようという姿勢だ。
swissinfo.ch: 例えばスイス式のレファレンダムのような形で、民主主義による抑制や市民の政治参加の強化を、スペイン憲法に盛り込むことには賛成ですか?
カルメナ: 良い考えだと思う。スイス式レファレンダムを私たちの現実に合わせて取り入れることができるだろう。また、現在スペインでは非常に限られている、国民発議の可能性を拡大するのも良いだろう。今は国民の提案が議会に到達するのは極めて難しい。だからこのような提案は支持する。
swissinfo.ch: マドリードをどのような都市にしたいですか?
カルメナ: より自由で、今よりはるかに創造的で、輝きがあり、そして何より公正な都市。より平等で、社会政策で改善された都市にしたい。
(仏語からの翻訳・西田英恵 編集・スイスインフォ)
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