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人種や国籍理由に職務質問、スイスに是正求める判決

スイスでも人種や国籍を理由に職務質問を受けるケースが発生している。写真は2015年、チューリヒの抗議活動で掲げられた「人種プロファイリングをやめて」というプラカード 
スイスでも人種や国籍を理由に職務質問を受けるケースが発生している。写真は2015年、チューリヒの抗議活動で掲げられた「人種プロファイリングをやめて」というプラカード  KEYSTONE/KEYSTONE/Ennio Leanza

欧州人権裁判所は最近、警察から肌の色を理由に職務質問を受けたのは差別だと訴えた男性の申し立てについて、スイスに対し新たな法的指針を求める判決外部リンクを出した。国連の専門家はswissinfo.chに対し、「人種プロファイリング」の存在を認めようとしないスイス警察のあり方を批判した。

米国の人権弁護士ドミニク・デイ氏は「スイスでは今も体系的な人種差別と、(事実を認めようとしない)否定の文化が続く。そうした現状において(この判決が出たのは)希望が持てる瞬間だ」と喜ぶ。南アフリカの弁護士キャサリン・ナマクラ氏は「画期的な判決」と評価する。

欧州人権裁判所(ECHR)は最近、スイスの「人種プロファイリング」を非難する判決を出した。欧州人権裁判所が特定の警察の職務質問を差別的と判断したのは初めてだ。

欧州人権裁判所は2022年にこの事例を「インパクト・ケース」と宣言した。欧州人権条約の適用に新たな問題を投げかけ、故に人権の発展に特に重要だとされるケースのことだ。

「人種プロファイリング」とは?

人種プロファイリングとは、警察が肌の色や民族的な出身に基づいて、職務質問や捜査の対象を選定することだ。

人権弁護士ドミニク・デイ氏は交差性人種的正義を追求する非営利プラットフォーム、デイライト代表。ハーバード大学で学士号、スタンフォード大学ロースクールで法学博士号を取得。アフリカ系住民に関する国連専門家作業部会の5人のメンバーの1人
人権弁護士ドミニク・デイ氏は交差性人種的正義を追求する非営利プラットフォーム、デイライト代表。ハーバード大学で学士号、スタンフォード大学ロースクールで法学博士号を取得。アフリカ系住民に関する国連専門家作業部会の5人のメンバーの1人 Katia Ruiz

デイ氏とナマクラ氏は「アフリカにルーツを持つ人々に関する国連専門家作業部会」の5人のメンバーのうちの2人だ。作業部会は2022年、スイス連邦政府の招待でスイスを訪れた。

冒頭の事例は当時係争中で、訪問時に大きな話題となっていた。デイ氏は滞在中に行ったアフリカ系市民らとの面会を振り返り、欧州人権裁判所がスイスに不利な判決を出して初めて、スイスは人種プロファイリング防止に取り組むようになるだろうという意見で一致したと語った。

図書館司書が人権侵害の訴え

今回欧州裁判所で争われた事例は9年前に起こった。ケニアにルーツを持つスイス人図書館司書の男性は2015年、チューリヒ中央駅で警察から職務質問を受けた際に差別を受けたと感じた。警察は職務質問の理由を言わなかったため、男性は身分証明書の提示を拒否。この件で処罰を受けた男性は欧州人権裁判所に人権侵害を申し立てた。

2015年2月、スイス人司書のモハメド・ワ・バイレ氏は、チューリヒ中央駅で市警察官から職務質問のため呼び止められた。バイレ氏がこれを拒否すると、警察官はバイレ氏を脇に連れて行き、両手を上げて足を広げるよう求めた。ポケットやリュックの中を探られ、身元が確認されると解放された。

2016年11月、地方裁判所は警察の命令に従うことを拒否したとして、バイレ氏に100フラン(約1万6000円)の罰金処分を言い渡した。バイレ氏は「人種プロファイリング」だと訴えたが、認められなかった。

2020年10月、上級審の行政裁判所は身元確認が違法だったと認め、バイレ氏の訴えを却下した行政処分を破棄した。同裁判所は、また肌の色を理由とした差別に関する点は、明確な判断を出さなかった。バイレ氏は連邦裁判所(最高裁)に上告したが、不受理となった。

欧州人権裁判所判事の判断は全会一致だった。警察の職務質問は差別的であり、スイスの裁判所は男性への処分を見直すべきだった、と。

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これまでスイスの警察当局は「人種プロファイリング」だという度重なる批判から自身を擁護してきた。個々のケースを名指しして批判が起きることも少なくない。

ただチューリヒ市警察は2017年、男性司書の苦情申し立てを受け制度を見直している。それ以来、警察官は職務質問をする際に理由を述べることが義務付けられた。

警察の職務質問で民族を記録するのは英国だけ

しかし、スイスにはこの分野に関するデータが存在しない。欧州諸国の中で、警察官の職務質問時に対象者の民族属性を記録するのは英国だけだ。2021年4月〜2022年3月、イングランドとウェールズで警察が職務質問を行った1千人のうち黒人は27.2人、白人は5.6人だった。この差は前年だとさらに大きい。

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国連の作業部会は2022年のスイス訪問後の報告書で、スイス政府は人種差別と不正義に取り組む意欲があるとした。しかし、対策を講じるべき分野は数十あるとも指摘した。中でも「人種プロファイリング」が警察業務に浸透していることに言及し「人種プロファイリングと警察による黒人の若者への職務質問は対象者に屈辱を与え、犯罪者にし、汚名を着せる」とした。

スイス警察が無知なのか

デイ氏は、この明確な批判に対するスイス政府の対応は酷かったと振り返る。同氏によれば、スイス当局は国連作業部会のやり方に疑問を呈し、匿名の聞き取り対象者の氏名を聞き出そうとした。

デイ氏にとって、これはスイス訪問中に感じた当局責任者たちのイメージを裏付ける行為だった。それはスイス側の無知と偏見だという。「例えばある警察のトップは、ヒップホップ文化の本質は犯罪的なものという意見だった」。聞き取り調査を行った警察関係者は誰も、国連人権委員会が出した警察活動の人種差別に関する報告書の存在を知らなかった。

責任ある立場にある人たちは、スイスの連邦制を理由に「人権を保障するための障壁」があると繰り返したという。

連邦制を言い訳に何もしない?

しかし、デイ氏は、スイスは何もしていないことの言い訳に連邦制を利用していると指摘する。「連邦制ゆえに『アンタッチャブル』な存在とされる機関ではまさに国家間、中央集権的、国家的な取り組みが行われている」

デイ氏は、スイスの警察組織は連邦制と言いながら訓練などの分野で「共通の基準を確立するための中央集権的な機関」と協力していると指摘する。

欧州人権裁判所の判決が出たことで、デイ氏はスイスに変化と関与のチャンスがあるとみている。判事は判決の中で、特にスイス政界の責任に触れ、立法府は警察に対する新たな法的指針を示すことで職務質問時の差別を防げると述べた。

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スイスは控訴を検討

しかし、スイスでは新たな措置や法律は検討されていない。判決が法的拘束力を発揮するのは3カ月後だ。swissinfo.chは詳細をスイス司法省に問い合わせたが、「判決を分析中」というお決まりの回答だった。また、現在「欧州人権裁判所の大法廷にこの事例を付託すべきかどうか」検討中だとした。

人種プロファイリングを防ぐ方法には多くのアプローチがあるとデイ氏は言う。「警察官に対する文民監督、警察官へのボディカム装着とその録画の公開、民族別に分類したデータの収集と活用などだ」

国連作業部会は2022年の時点で、スイスにこのような行動勧告を行っている。「しかしそれを始めるには政治的意志と個々のコミットメントが必要だ」とデイ氏は言う。

ナマクラ氏は警察の職務質問ごとに「切符」を発行する案を挙げる。

職務質問の「切符」で何ができるのか?

チューリヒ中央駅で職務質問を受けた司書の男性は、身分証明書の提示を拒否したから裁判を起こすことができた。警察の職務質問の場合、もし受けた側が何ら抵抗しなかった場合は申し立てができない。

「切符」があれば違う。差別されたと感じた被害者は、いかなる場合でも法的措置を取ることができる。

欧州人権裁判所に差別的な職務質問を受けたと提訴し、勝訴したスイス人の図書館司書。写真は2016年、チューリヒ地方裁判所前で撮影
欧州人権裁判所に差別的な職務質問を受けたと提訴し、勝訴したスイス人の図書館司書。写真は2016年、チューリヒ地方裁判所前で撮影 KEYSTONE/© KEYSTONE / ENNIO LEANZA

英国ではこのような「切符」は職務質問ごとに発行される。英国内務省の分析外部リンクによると、2011年から2021年にかけ、警察の取り締まりにおける民族差は減少した。しかし、「これらの格差外部リンク」は解消というまでには至っていない。英国はすでにこの問題を認識している。

判決に従い是正措置を進めなかったとしても、スイスはいずれに警察活動における人種プロファイリングの存在に対処しなければならなくなるだろう。

今回の判決は人権の一般的発展に関連すると考えられる「インパクト・ケース」だ。欧州人権裁判所はそうすることで、人権に対する根本的な疑問を解決しようとした。したがって、欧州人権条約の締結国はこの判決に足並みを揃えることが求められる。

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編集:Mark Livingston、独語からの翻訳:宇田薫、校正:大野瑠衣子

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