欧州評議会75周年 スイスが加盟する意味は
欧州評議会がニュースになることはめったにない。しかしスイスでは今、車の両輪である欧州人権裁判所が出したスイスの環境保護に関する判決を機に、にわかに注目を集めている。欧州評議会とは何か?そしてスイスの政治家はそこで何をしているのか?
夜明けのバーゼル駅。シベル・アルスラン氏はコーヒーを片手にプラットフォームに立った。今日すでに2杯目だ。睡眠時間はほとんどなかった。前の日、最後の予定が終わったのは午後11時過ぎだったためだ。列車が到着するとアルスラン氏は「二等車に乗ってもいいですか?」と私たちに確認を取った。
列車の行き先はストラスブールだ。緑の党(GPS/Les Verts)所属の国民議会(下院)議員であるアルスラン氏は、欧州評議会の議員も務める。車内で、今日の予定にざっと目を通す。もちろんこれが初めてではない。
アルスラン氏らスイス代議員にとって特に多忙な1週間だ。スイス連邦議会の特別会期が欧州評議会の春季議会と重なっている。元連邦閣僚のアラン・ベルセ氏(社会民主党=SP/PS)が欧州評議会の事務総長に立候補しているため、スイス代表の動きは特に注目を集めている。欧州評議会のスイス議員は、ベルセ氏の支持取り付けに奔走している。
「人権、民主主義、法の支配の守護者」である欧州評議会は、第二次世界大戦後の1949年、欧州の恒久的な平和を実現するために設立された。
少なくとも民主主義国家と自認する全ての欧州国家が欧州評議会の元に結集する。中にはアゼルバイジャンのような権威主義的な国もいる。ただしアゼルバイジャン代表は、2024年初から少なくとも1年間、欧州評議会から締め出されている。ベラルーシやバチカン市国、ロシアは、2022年に除外された後、加盟していない。
加盟46カ国は欧州人権条約(ECHR)にも署名している。欧州人権裁判所(ECHR)が超国家的裁判所として条約の履行を監視する。ECHRの判決内容は、加盟国とその国の裁判所が実行しなければならない。加盟国の住民はECHRに人権侵害を訴えることができる。
欧州評議会閣僚会合には加盟国の政府が参加し、通常は大使が国を代表する。全加盟国は総会に議員を派遣している。選挙監視団は重要な役割を持つ。
スイスは1963年に加盟
欧州評議会が設立75周年を迎える直前の今年4月、多くのスイス人が評議会の存在を思い知らされた。欧州人権裁判所(ECHR)が、気候変動への対策が不十分としてスイス連邦政府を非難する判決を下した。その日、右派保守の国民党(SVP/UDC)は欧州評議会からの脱退を要求した。
非欧州連合(EU)加盟国であるスイスが欧州全域的な政治に携わっているというのは意外かもしれない。スイスは1963年に欧州評議会に加盟した。国連には2002年から加盟している。アルスラン氏にとって、「欧州評議会はスイス国民議会に立候補しようと思った動機の一つだった」。法学部生だった頃、欧州評議会がいかにして人権や法の支配を守ろうとしているかに魅了されたという。
Dass Schweizer:innen auf gesamteuropäischer Ebene Politik machen, passt nicht zum Bild des Nicht-EU-Landes. Dabei ist die Schweiz seit 1963 im Europarat; in der UNO ist sie erst seit 2002.
Der Regionalzug tuckert gemütlich, während Sibel Arslan erzählt. Für sie sei die Aussicht auf den Europarat lange “eine der Motivationen” gewesen, um überhaupt national Politik zu machen. “Der Europarat war für mich ein Grund, warum ich in den Nationalrat wollte.” Im Jurastudium sei sie davon fasziniert gewesen, wie die Institution Menschenrechte und Rechtsstaatlichkeit fördert.
初めて欧州評議会に出席したとき、アルスラン氏はその濃密さに面食らった。スイスとは全く違った。「今週は審議を渡り歩いている」。話されている言語もさまざまだ。会期初日、アルスラン氏は6言語で討論した。とはいえ発言を英語で書くときはもっとゆっくりだ。私たちが取材した人物はみな、初めてストラスブールに着いた時どれだけ圧倒されたかについて熱く語った。
「気候シニア」への感謝
欧州評議会は、EUの立法機関・欧州議会と混同されることが多い。
評議員たちは、それは自分たちの責任だと考える。欧州評議会の前には12個の星が付いた欧州旗がはためく。欧州議会はそれに隣接する建物にあるが、改修工事のため欧州評議会もEU議会のホールで会議を開く。
今朝開かれる審議は、環境・海洋保護がテーマだ。アルスラン氏も本会議で発言する。発言者の多くは、スイスに対するECHR判決にも触れている。この判決はスイス国内で猛反発を引き起こし、歓迎姿勢を示したのは左派と環境政党だけだった。
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ストラスブールでは事情が異なる。保守派・オーストリア国民党(ÖVP)のアンドレア・エーダー・ギッチュターラー氏は本会議で「スイスの気候保護活動家の歴史的な成功」に祝意を表した。高齢者の1人として、原告となった「環境を守るシニア女性の会(スイス気候シニア)」に感謝している。
採決では、海洋と環境の保護を謳った宣言が圧倒的多数で可決された。欧州評議会は法律を決めはしない。宣言の条文は分かりやすく書かれているが法的拘束力はない。効力の範囲は定まっておらず、テーマごとに定義する必要がある。
ダミアン・コティエ「過小評価されている」
スイス急進民主党(FDP/PLR)のダミアン・コティエ下院議員は、ECHRの判決は欧州人権条約第8条の「私生活と家庭生活の尊重を受ける権利」を「政治的な領域に踏み込んで」拡大解釈したと指摘する。だが現在始まったプロセスは健全だとみる。「ECHRの重要判決はいずれも議論を生んできた」
スイス政府は今、気候保護のため十分に努力していることを証明する必要がある。全加盟国の国民は、ECHRの判決が示した人権侵害が解消されなければ、ECHR判決を根拠に提訴することができる。
コティエ氏はこの数週間、アラン・ベルセ氏の選挙チラシを持って廊下を行き来するだけの日々だ。スイス議会で急進民主党会派の会長を務める同氏は、私たちが取材した中で最も熱くスイスの声を代弁する人物でもある。
コティエ氏は「この機関は過小評価されている。評議員の増員が必要だ」と確信する。それはセルビア・コソボ間にあるような緊張が紛争に発展するのを防ぐことにもなる。
欧州評議会での議論には、他の国際舞台ではめったに存在しないニュアンスがある。国連や欧州安全保障協力機構(OSCE)では誰かが発言すれば、常にその国自身の発言とみなされる。同じように、欧州評議会のクロード・ワイルド・スイス大使が何かを言えば、それはスイスの立場と一致する。
それに比べ「私が何かを言うときは、それは『スイス』の発言ではなく、『スイスの国会議員』の発言とみなされる」(コティエ氏)。これにより、政府にとってはデリケートな事柄も発信できるという。
例えばコティエ氏は、ウクライナに対する侵略犯罪を裁く特別法廷を設置する決議案に賛成票を投じた。中立国であるスイス国家がそれを指揮したとはみなされにくい。
「多国間組織というものは常に非効率的」
コティエ氏は、もしロシアが民主主義国家であったら、ウクライナに対する侵略戦争は起こらなかったはずだと確信している。「2つの民主主義国が互いに戦争をすることはありえない。欧州評議会では、民主主義を守ることが重要な任務だ」
「無駄話や大量の文書」もあるが、常識の範囲だという。「多国間組織というものは常に非効率的だ。だがここでは戦争の代わりに各国が話し合いをする。これは必要不可欠だ」
アルフレッド・ヘール氏「あちこちに助言を与えたい」
ベルセ氏の有力な対抗馬は、EU委員を務めるベルギーの政治家、ディディエ・レインダース氏だ。同氏が所属するリベラル派の欧州自由民主同盟(ALDE)で、コティエ氏は財務責任者を務める。歴史的な理由から、スイスの急進民主党だけでなく国民党所属議員もALDEに参加している。だがスイス国民党所属のアルフレッド・ヘール氏によると、欧州評議会の保守派の中には、スイス国民党とは一線を画す勢力もある。ヘール氏は欧州評議会でスイス代表団の団長を務める。
ヘール氏の姿勢はコティエ氏と少し異なる。「私は欧州評議会の応援団ではない。中立国の出身だ。誰の声にも耳を傾け、あちこちに助言を与えたい」
取材の間、ヘール氏はガザ戦争に関する評議会の審議を画面越しに見守った。ヘール氏の毎日は多忙を極める。スイス代表団の団長として、「ベルセ氏の支持集め」に奔走。リヒテンシュタイン侯爵との昼食を終えた後ですら、ストラスブールに舞い戻る。
国民党議員がベルセ氏を推しているという事実は注目に値するようだ。コロナ禍中、国民党の重鎮であるヘール氏は当時保健相を務めていたベルセ氏を「独裁者」と叩いた。
だがヘール氏の立場は明確だ。「アラン・ベルセは良い政治家です。スイス人として、民主主義がどのように機能するかを分かっている。次点はブリュッセルのEU委員だろう」
それこそが、ヘール氏にとってスイスの立場から欧州評議会に参加することが意味を持つ理由だ。民主主義に関するスイスの解釈を、旧ソ連諸国など他の国々に伝えることだ。「スイスには既に極めて発展した人権があり、発展しすぎなほどだ」
北マケドニアへ
欧州評議会は「アルメニアやアゼルバイジャンなど、差し迫った紛争に直面している国々にとって」(ヘール氏)特に重要だ。人権条約は「民主主義のマント」の役割を果たすと同時に、迫害される人々や反対勢力がECHRに提訴するチャンスを与えている。
だがヘール氏は、欧州評議会の政治的宣言や要求はほとんど効果がないと話す。「政治組織として、欧州評議会には何の影響力もない」。秩序を作るのは米国と北大西洋条約機構(NATO)だ。
ヘール氏は政治交流や、各国の選挙監視団に欧州評議会の価値を見出す。「そのために欧州評議会が行っていることは、1200万フラン払うだけの価値がある」。スイスは欧州評議会に約1200万フラン(約20億6000万円)を拠出している。
ECHRの判決後にスイス国民党が欧州評議会からの脱退を求めたことには理解を示す。「しかし、ここに参加している限り、批判することもできる」
編集:David Eugster、独語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:大野瑠衣子
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