くじ引きで国民議員を選んだら?
「くじ引き選挙」。それは突拍子もない提案だろうか。街角の声を聞くと、一考の余地ありと考える人の方が多数派だ。下院議員をくじ引きで決める仕組みの導入を求めるイニシアチブ(国民発議)に向け、準備運動を代表する2人が街ゆく人に意見を聞いた。
「週の半分働く50%勤務で年間12万フラン(約1360万円)の収入があれば、(その仕事を)やってみたいですか?」。イニシアチブの準備運動を行うシャーリー・パッシュさんとニコラス・ロカテッリさんがフリブールの中心で配っているポストカードに記された一文だ。パッシュさんは「指名の世代外部リンク」運動の責任者で、ロカテッリさんはその同志だ。
ポストカードは計画中のイニシアチブ「真の代表たる国民議員(下院議員)」という真剣なテーマについてユーモラスな切り口で説明する。投票の実現に向け、提案をさまざまな角度から解説する。
実際、12万フランという額は、スイスの国民議員が経費を含め1年の議員活動の50%で得る収入に相当する。イニシアチブ原案は、この労働条件がくじ引き選挙でも変わらないことを想定する。
参加機会と真の国民代表
ジョルジュ・パイソン広場にはその日、週に一度の市場が立ち、多くの人が行き交っていた。2人の活動家は通行人に話しかけるやいなや、イニシアチブの長所を熱弁。情熱と確信をもって根拠や目的を論じた。彼らの意見では、今日の国民議会議員は国民を代表しておらず、民主主義が確保すべき政治参加の機会を満たしていない。
「平均的な国民議員の人物像は、男性、50歳代、大卒、軍隊で高い地位を持つ人。国民の大部分はこれに該当しないし、少なくとも釣り合いがとれていない。例えば若年層や女性を代表していない」。パッシュさんは2人の20歳前後の女性にこう説明した。
イニシアチブのポイント
イニシアチブ「真の代表たる国民議員」は、議員をランダムに選ぶことを提案する。選ばれた議員の任期は4年間だ。
国民議員は該当する選挙区、すなわち各州の選挙人名簿に登録された人全員の中から選ばれ、全200議席はこれまで通り、州の人口に応じて配分される。
経験の空白が生じないよう、全200議席を一度に決めるのではなく、年に50議席ずつくじを引く。
くじで選ばれた人は誰でも議席を拒否することができる。受諾した人には1年間の研修が義務付けられ、研修の間も任期中と同じ報酬が支払われる。報酬は選挙で選ばれた議員と同等の額とする。
スイス国会は今まで通り二院制を維持し、全州議会(上院)の議員は引き続き選挙によって選ぶ。これが同イニシアチブの概要だ。
パッシュさんら活動メンバーによると、くじ引き選挙においては全ての国民が平等に政治家になる可能性を持っている。この方法で国民議員を選ぶことで、さまざまなカテゴリーの国民を代表し、社会全体の課題や関心をより忠実に投影できる。
特定の政党や利益団体の恩恵で議席を得たわけではないため、議員は自由に意思決定し、公共の福祉に資する解決策を探ることができる。私的な利益関心や関連団体を優遇する必要がないからだ。そうパッシュさんは強調する。
「この提案をどう思いますか?これまでに聞いたことがありましたか?衝撃的ですか、それともイニシアチブ実現に向け署名していただけますか?」とパッシュさんは2人の女性に尋ねた。1人は「なんて言ったらいいのか分かりません」と怪訝そうに答えた。もう1人は「私たちは政治に興味がないので」と言い、2人は困惑した表情でその場を去った。
ある70歳前後の男性はロカテッリさんの議論にしばし耳を傾けたが、ポストカードは受け取らずすぐに背を向けた。「まったくばかげた提案がまた出てきたものだ!君たちは一体何を考えているんだ?」と言った。こうも面と向かって提案への反対意見を投げつけたのは彼1人だったそうだ。
他にも驚いたりいぶかしんだりといった反応はあったが、意外にも好奇心や関心を見せる人が過半数だった。大半の人は時間を取り、2人に質問したり議論したりした。
広がる共感
「君たちの提案より良い仕組みはないだろうね」とある男性は言った。「くじ引きで選ばれた人物が研修を受けることにもなっているから。何が問題なのかを理解せず、そのために経済界で力を持つ者に操られてしまうような代表者が突然現れてしまったら何にもならない」
その男性はスイス議会が「ロビイストと巨大コンツェルンに支配されている」と延々と批判を始めた。現在のシステムは「民主制のようにみえるが、カネがなければ選挙に勝てない」。
男性はにこにこして立ち去ったが、数分後に戻ってきて連絡先を渡していいかと尋ねた。他にも何人か、キャンペーン活動に加わりたいと申し出た。ある若い女性は「ポストカードを何枚かもらえますか?」と訊いた。「知り合いに関心がありそうな人が多いから、このプロジェクトを紹介します」 ある男性はこの提案を耳にしたことがあったが、自身の意見はまとまっていなかったようだ。ロカテッリさんに質問を浴びせ、熱心に話を聞き、いくつか異議を唱えた。しばらくして彼は元フリブール市会議員だと明かし、別れ際に「興味深いね、じっくり考えるよ」と言い残した。専門知識に欠ける?
「根本的には賛成します。今日の国会議員は利益団体の意思を反映しすぎています。問題だと思います」と若い男性は話した。「しかし、一定の知識が必要だと思うのです。専門知識が豊富で、複雑なテーマについても意思決定できなければなりません。そうした専門知識は皆が備えているわけではありません」
パッシュさんは、この仕組みに関してこれまで十分に実証実験が行われたと話す。さらにスイスの国民は直接民主制の仕組みの中で、複雑な課題を巡って決断することに慣れているという。「国民投票で決断する能力があるなら、国会でも意思決定できるのではないか?最終的には、くじ引きで選ばれた議員は1年の研修を受け、意思決定を下す前に各分野の専門家に助言を求めることができる」と説明した。
「もしかしたら…そうですね。しかしそれならば、議員がさまざまな専門家の意見を聞き、そうした専門知識に基づいて意思決定することが保障されるべきです」と男性は答えた。
ある若い女性も同じような批判をした。「アイデアとしては面白いと思うけど、夢想的すぎるのでは」。彼女の意見では、イニシアチブが予定する1年の研修は十分ではない。「選挙で選ばれた議員は、例え私の政党や私の意見を代表していないとしても、必要な専門知識を備えています」と話す。パッシュさんが「本当にそう思いますか?」と問うと、女性はしばらく考えた後、「そうですね…もしかしたらそれは私の夢想かもしれない」と笑った。
長い道のり
「指名の世代」運動が通行人から脈を得たのはこれが初めて。イニシアチブの発議に着手すれば、18カ月以内に10万人分の有効な署名を集めなければならない。
パッシュさんとロカテッリさんはヒアリングの結果に満足している。だが極度に困難な課題を乗り越えなければならないことも認識している。彼らはスイスの直接民主制の歴史において大転換となるイニシアチブを、政党や大組織の支援なしに実現しなければならない。このため彼らは2017年を通じて広報活動を何倍にも増やす予定だ。
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(独語からの翻訳・ムートゥ朋子)
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