民主主義のツールとしてのスイス放送協会
「スイスの国営ラジオ・テレビ局は民営化されるべきだ」。保守右派のこの狙いが議論されるとき、そこに渦巻いているのが影響力やプログラムの監督、権力、そして多額のお金であることは明らかだ。このように、かかる圧力は大きいが、スイス放送協会(SRG SSR)は守りの体勢を取っているわけではない。
デジタル化はメディアの世界をひっかき回し、数々の新技術は新しいメディアの形を可能にし、かつ強いるとともに、その利用の仕方や国際競争のあり方をも変えた。スイスも例に漏れず、21世紀の国家を反映する公共メディアを必要としている。そして、どのオーディオ・ビジュアル・メディアもそうであるように、スイス放送協会も今、変革の真っただ中にある。
そんな中、受信料を財源とする公共メディアのスイス放送協会は、安閑としてはいられない時局に直面している。理事会のアドリアン・ツァウグ戦略部長によると、「我が企業に働きかけ、影響を与えようとする勢力は数多い」。しかしスイス放送協会は、将来図やデジタル時代に求められるさまざまな試みと深く取り組むだけでなく、その存在根拠についても考えていかなければならない。それにはまず、現代的な公共事業とは何かという定義を明らかにする必要がある。
スイスおよび1931年に創立されたスイス放送協会はこの夏、政治、メディア学、民間メディアなど幅広い分野から求められてきた、公共事業をめぐる議論を控えている。その際には、将来のスイス放送協会の課題とはどんなものか、スイスはスイス放送協会をどのくらい必要としているのか、といったテーマをめぐる舌戦が繰り広げられるだろう。
特に公共放送の剪伐(せんばつ)を強く目指しているのが、保守右派の国民党だ。同党のナタリー・リックリ下院議員は先日、ドイツの週刊紙ツァイト外部リンク上で、「これほど多額の費用がかかるスイス放送協会は、21世紀にはその必要性を正当化することはもはやできない」と述べた。リックリ議員は「アンチスイス放送協会側に大きく傾いている」広告代理店ゴールトバッハ・メディアの業務に携わっているほか、「アクション・メディアの自由」の会長も務める。この団体は、民間メディアが提供できないサービスのみをスイス放送協会に担わせるよう求めている。メディア業界の競争活性化を望むリックリ議員は、ディ・ツァイト紙の記事の中で「メディア政策において、2016年はこれまでになく重要な年になるだろう」とも述べている。
独立性という大切な財産
では、スイス放送協会はこの先の10年間で、どの方向に向かってかじを切るのだろうか。シンクタンクのゴットリープ・ドゥットヴァイラー研究所(GDI)は、スイス放送協会の委託により、デジタル社会における公共放送の意義と役割に関する調査外部リンクを行った。ここで明らかになったのは、スイス放送協会が民主主義のツールとしての足場をますます固めるチャンスを花開かせる舞台が、まさに今のメディア変革であるということだ。
ロジェー・ドゥ・ヴェク会長は、「広報活動4.0-デジタル・エコシステムにおけるスイス放送協会の未来」と題したGDI調査結果の公表にあたり、次のような明白な言葉を選んだ。「政治的にも経済的にも、スイス放送協会は引き続き独立性を保ち、幅広い視聴者に利用し続けてもらわなければならない」
ドゥ・ヴェク会長はまた「ほとんどのエリートは今日、優遇されている」とも語る。「社会の断片化や専有化が進む現在、スイス放送協会は融和や適応に貢献する機能を持っていることを自覚しなくてはならない。共同社会を構築するという課題は今後も維持していくが、これからはより緊密な対話を通じた取り組みが必要になる」。つまり、視聴者参加がより多く求められるということだ。
この見解の基礎をなしているのは主に、スイス放送協会を「未来社会のキット」外部リンクとして見たときのその意義と機能に関する調査で得られた、「スイス放送協会は、デジタル社会における直接民主主義の新たな定義づけに寄与できる」という認識だ。
ドゥ・ヴェク会長「変化への意欲」
スイス放送協会の委託で行われたこのGDI調査は、次のように結論付けている。「デジタル民主主義は、アナログ民主主義よりずっと直接的であり、スイスに適している。デジタル民主主義はアナログ民主主義よりずっと伝達能力に優れており、スイス放送協会に適している。また、デジタル民主主義はアナログ民主主義よりずっと広くネット化されており、放送局というよりプラットフォームとして存在するスイス放送協会に適している」。
さらに、プレスリリース外部リンクには次のように載せられている。「明日の公共事業の課題とは、金銭的、政治的に独立し、民主的に公認された勢力として、市民間の溝を越えてスイスの団結と意見の多様性を促進することである。デジタルへの変革は、幅広い視聴者に向けた高品質の確立に努めるオーディオ・ビジュアル・サービス提供者にとって一つのチャンスでもある」。
そして、ドゥ・ヴェク会長はこう締めくくる。「すべての国語で、すべての世代のために。その切り札は、革新、協力、そして変化への意欲だ」
この夏、連邦政府の公共事業報告公表後には、熱く刺激的な議論が行われることだろう。願わくは、その議論がおおかた理路整然と、そして不安や感情を先走らせることなく論拠を用いて行われることを。
スイス放送協会にとってこれはチャンスであり、スイスにとっては多くの命運がかかった議論となるはずだ。それは影響や権力やお金などではなく、より根本的なもの、つまり、団結、価値観、そして民主主義に不可欠で世界でもほかに例を見ない世論形成である。
スイス放送協会とスイスインフォ
スイス放送協会(SRG SSR)は、ラジオ、テレビ、インターネットを通じ、四つの国語で国内外の情報を24時間提供している。雇用はスイス各地に分布し、総数約6千を数える。連邦政府の認可を受けて業務を遂行、一般社会を対象に包括的な任務を委ねられている。民間の出版社とも多様な協力体制にある。スイスインフォはスイス放送協会に属する独立した企業体で、外国にスイスの情報を提供する任務を負っている。
(独語からの翻訳・小山千早 編集・スイスインフォ)
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