スイス最大の「ロビイスト」は誰?
スイスでは今秋、連邦議会議員の総選挙が行われる。有権者の代表として選ばれる議員だが、企業や団体の利益を積極的に代弁することが増えている。スイスの議員は兼業が認められているとはいえ、議員自身が「ロビイスト」になれば民主主義が揺らぎかねないと専門家は危惧する。
この記事はスイスインフォの特集「直接民主制へ向かう(#DearDemocracy)」の記事です。
「一心不乱に走るが如く外部リンク」――。ドイツ語圏の日刊紙ターゲス・アンツァイガーが、連邦議会での動きに関する記事にこの題名をつけた。ベルンの連邦議会議事堂のドーム型屋根の下で波乱が起きたに違いない。
そして実際に波乱があった。スイス連邦議会で昨年3月、探偵に生活保護の不正受給調査を認める新法がスピード成立したのだ。異論が相次いだ社会保険改正法案は1週間という記録的早さで審議、採決が行われた。
民主主義においては、賛否両論の意見を踏まえ、特定の利益の影響を受けずに法律を制定することが極めて重要だ。しかしなぜ連邦議会はこれほど猛スピードで法案可決に突き進んだのだろうか?
答えは簡単だ。背景にロビー活動があったからだ。保険会社とスイス傷害保険公社(Suva)は自社の利益を実現させるために正真正銘の「パワープレー」を行った。生活保護費の不正受給が疑われる人たちに対し、世間の注目を引く形で攻勢に出たのだ。
国民代表と企業代表の兼任
しかしなぜそれが出来たのか?それは任期4年で選出される国民の代表が、特定の利益を代弁することが増えたことと関係している。
国際NGO「トランスペアレンシー・インターナショナル(TI)」のスイス支部が最近発表した調査外部リンクによると、スイス連邦議会の実に現役議員246人が、計1700の団体と2千の利害関係を結んでいる。
特定利益を代表する200人が参加
議員が役員や顧問を務める際に企業・団体との間で結ぶ委任契約数は、議員1人当たり平均8件。議員約250人のうち、ある右派議員は最多の31件、次に多い左派議員は29件の委任契約がある。
議員の委任契約数は2000年以降に加速した。議員1人当たりの平均委任契約数は2000年から11年までに倍増し、07年から15年で2割増えた。
前出の社会保険改正法のケースを例にみると、探偵の導入を認めた連邦議会両院の社会保障・厚生委員会外部リンクでは、メンバーを務めた議員38人に計90の利害関係があることが先の調査報告書に記されている。
ロビー活動が最も盛んな委員会は、国民議会(下院)の経済・租税委員会外部リンクだ。チューリヒ応用科学大学の調査報告書外部リンクによると、過去15年間に行われた法案の予備審議には、特定の利益を代表する議員150~200人が参加した。
つまり企業や業界団体は、議員を通じて特定の利益を立法過程に直接反映させようとしている。そして従来のようにロビイストを議事堂ロビーに派遣することはしなくなった。
非民主的な介入の可能性
「スイスで現在行われているロビー活動は憂慮すべき規模に達している」と指摘するのは、TIスイス支部外部リンクのアレックス・ビスカロ副代表だ。
前出の調査報告書の執筆に携わった同氏は次のように警告する。「スイス政治におけるロビー活動には、不透明、無秩序、不均衡な点が多すぎる。こうした状況では非民主的な影響力が及んだり、汚職のリスクが高まったりする可能性がある」
「スイスで現在行われているロビー活動は憂慮すべき規模に達している」 トランスペアレンシー・インターナショナル・スイス支部、アレックス・ビスカロ副代表
名誉職制度の産物
しかし、なぜよりにもよって議員自身がロビイストになっているのだろうか?理由の一つは名誉職制度だ。スイスでは議員職は名誉職として考えられているため、議員は年4回の会期に出席するだけでなく、別の仕事に就く必要がある。
ある研究調査によると、議員の仕事量はフルタイムの6~9割に相当する。そのため議員はフリーの顧問として企業から委託を受けることができるほか、取締役会役員として給料を受け取ることも可能だ。これは合法であり、制度上好ましいとされる。
「ロビー活動自体が悪いわけではない。多様性を重んじる民主主義においても、名誉職制度においても、それは重要かつ正当な要素だ」と、汚職撲滅に取り組むビスガロ氏は語る。スイスの議会制度では無駄な支出が抑えられているため、兼業政治家への支援は薄いと同氏は付け加える。
「議員は実践的な知識と現場の情報を必要としているが、両方とも特定の利益を代表する人物から得られることが多い。理想的なのは、ロビー活動を通じて議員に詳細な情報が伝わり、連邦議会で有益かつ実現可能な法律が制定されることだ」
立法過程の足跡
「しかし」とビスカロ氏は付け加える。「ロビー活動には透明性と明確なルールが必要だ。まず、だれが何の利益を代表しているのかが明示されなければならない。そして金銭面、つまり特別委任の報酬額も公表されなければならない」
二つ目は、利益相反の場合や、贈与や旅行などの寄付が申し出された場合に議員やロビイストが取るべき行動規範が必要だと同氏は語る。
「三つ目に必要なのは『立法過程の足跡外部リンク』だ。つまり誰がいつ、どのように立法過程に影響を与えたのかを、明白かつ分かりやすく資料に記し、透明性を確保することだ」(ビスカロ氏)
この点ではスロベニアや欧州委員会が模範的だと同氏は指摘する。「欧州委員会には有意義な透明性登録簿があり、委員会メンバーや立法に関するロビイストの活動内容が記される」
議員の利害関係はほとんどチェックされず
スイス連邦議会議員は、企業や団体との結びつきを利害関係登録簿に記入することになっている。しかし監督官庁が存在しないため、全ての利害関係が記載される保証はない。
議員は任意に選んだ2人の人物に連邦議会の入場バッジを渡すことができるため、外部のロビイストは連邦議会に特権的に入場できる。
議員がロビイストに自分を「買収させる」ことがあれば、連邦議会は議員から免責特権をはく奪できる。18年9月、ある汚職疑惑が初めて議員の引責に発展した。クリスティアン・ミエシュ元下院議員(国民党、バーゼル・ラント準州選出)は今後、受託収賄の疑いで連邦検察庁に責任説明をすることになっている。
ただパルマさんによれば、議員に強い利害関係があったとしても、大半のケースでは「簡単な事務手続きで」、つまり紳士協定で問題解決が図られる。
不透明な委員会
一方スイスでは、こともあろうか連邦議会委員会の意思決定プロセスが闇に包まれている。委員会から一切の情報を漏らしてはならないという昔からの原則があるためだ。
特定の利益の影響が不透明だと、民主主義が危険にさらされかねないとビスカロ氏は危惧する。「これはとりわけスイスのレファレンダム制度で問題となる。例えば投票キャンペーンへの融資を通して、有権者の意見を左右しようと考える人物がいたとする。だがその人物が誰か分からなければ民主主義において問題だ」
それぞれのニーズに応じたロビー活動
連邦議事堂で約40年間取材活動をしてきたヴィクトル・パルマさんは、元スイス政府広報官のオズヴァルト・ジックさんと共著で、連邦議会で行われる従来のロビー活動についての著書を11年に刊行した。
パルマさんはここ数年間で根本的な変化を目の当たりにしてきた。従来のロビー活動は大手企業から成る経済団体が行ってきたが、今では「個別化」が主流だ。企業や団体は従業員を連邦議事堂に派遣し、自分たちにとって最も有利な形で立法に影響力を及ぼそうとしている。
その例が、連邦議会議事堂でロビー活動が盛んな分野の一つである金融業界だとパルマさんは指摘する。以前はスイスの銀行業界団体「スイス銀行協会」が絶大な影響力を誇っていた。
正当化への圧力
だが近年では国際圧力が高まったこともあり、銀行業界は個別化を図るようになった。「その結果、スイスの銀行業界は個別にロビー活動をするようになった。銀行大手や他の金融機関は現在、独自にロビイストを雇用している」とパルマさんは話す。
経済政策分野でも状況は同じで、独力でロビー活動する企業が増えている。「気の毒にすら思えることだが、従来のように業界団体から派遣されたロビイストは、今では自分の存在意義を正当化しなくてはならないのだ」(パルマさん)
(独語からの翻訳・鹿島田芙美)
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