韓国の民主主義の交差点
現代史に残る民主主義革命から1年。韓国は短い間に目覚しい発展を遂げた。しかし、今後数カ月の間に待ち受ける政治イベントを乗り越えるには、強いリーダーシップと市民の力が必要となる。
この記事は、スイスインフォの直接民主制に関する特設ページ#DearDemocracyの一部です。ここでは国内外の著者が独自の見解を述べますが、スイスインフォの見解を表しているわけではありません。
韓国と北朝鮮の軍事境界線上にある小さな村、板門店(パンムンジョム)。ここは時が止まっているかのようだ。厳しい表情をした韓国と北朝鮮の兵士が、数メートル先にいる相手を監視しあっている。外国人訪問者として板門店の共同警備区域(JSA)を訪れた私は「敵の行動に直接起因するけが、死亡」のリスクを承諾すると書かれた軍の文書に署名しなければならなかった。韓国国民はこの地を訪れることが禁止されている。
約1年前、北朝鮮と韓国政府の間で激しい政治的応酬が起こり、この境界線も緊張感に包まれた。
北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長が韓国を「南のアメリカの犬ども」呼ばわりしたかと思えば、韓国の朴槿恵(パク・クネ)前大統領は「臆病な共産主義者たち」とやり返した。
この状況を見た世界中の人々は、両国が1945年以来初の核戦争に向かって行くのではないかと考えた。つばぜり合いに巻き込まれた中国、ロシア、米国、日本のぎこちない対応を見て、懸念はさらに強まった。韓国は、民主主義について調査・報告する人たち、あるいは民主主義を支援している人たちにとって、非常に遠い目的地に成り果てたように感じられた。
それは、わずか400日前の出来事だった。
それがいまや、イノベーション、平和への希望と民主的プロセスを発信する「世界の灯台」へと発展した。一体、何が起こったのだろう?
昨年3月10日、国民による直接選挙では史上初の女性大統領だった朴氏が大統領弾劾の成立を受けて罷免(ひめん)された。
罷免が成立する前、何百万人もの勇気ある女性、男性、若い人も高齢者も、この汚職にまみれた非民主的な指導者であり、軍事独裁体制を敷いた朴正煕(パク・チョンヒ)元大統領の娘でもある同氏に対して抗議活動を起こした。罷免が成立すると、ソウルの広場や全国各地で人々が街頭に繰り出し、祝った。
1987年の革命、当時の軍事独裁政権に終止符を打つきっかけになったいわゆる「6月抗争」から30年。韓国の新しい世代が始めたのは「ろうそく革命」だった。
彼らが要求したのは、政府の悪しき慣習をやめることだけではなかった。5100万人超の人口を抱えるこの国に、現代の直接民主制を導入することだった。
その結果、昨年5月9日の大統領選で、市民運動家の文在寅(ムン・ジェイン)氏が新しい大統領に選ばれた。文大統領は就任演説で、任期中に直接民主制を推進することで「ろうそく革命」に報いるとはっきり約束した。
昨年の大統領選取材外部リンクで当時韓国にいた私は、大統領府そばの公園で一人の高齢女性に会った。女性は「今までの人生で一番幸せな日。ようやく真に民主的で平和な社会を手にする機会を得たのだから」と語った。
新しい直接民主制の憲法
私が直接民主制の世界ツアーで韓国に戻ったとき、韓国の民主主義の波が世界を動かした、そんな新しく力強い潮流を感じ取ることが出来た。世界の一部の地域では民主主義が衰退している実情を鑑みると、韓国の例は非常に対照的だ。
私はソウルで3月26日、文大統領が国会外部リンクに新しい憲法草案を提出する瞬間に居合わせた(実際には外遊先のドバイからオンラインで行った)。提出された案には、国レベルの国民によるイニシアチブ(国民発議)、選挙で選ばれた全ての公職に対するリコール請求、大統領の権限抑止などが含まれている。
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大邱カトリック大学の教授で、国会の新憲法検討委員会の委員長を務めたリー・ユン・オク外部リンク氏は「暗い過去から輝かしい未来へ迅速に移行したい」と意気込む。
韓国の現行憲法の歴史は1987年の革命時までさかのぼる。当時は、軍事独裁政権が明らかに権限を逸脱して作った条項を削除しただけで、大統領府の権力一極集中は残ったままだった。
それが非常に由々しき結果を生んだことは、過去3代の大統領経験者がいずれも刑務所に収監された事実からも明らかだ。つい先ごろには李明博(イ・ミョンバク)元大統領(在任期間は2008~13年)が収賄疑惑で逮捕された。
ほとんどの韓国人は、サムスン電子や現代自動車、LG電子など韓国経済を牛耳る「チェボル」に支配されてきた不正な政治がようやく終わると歓迎する。多大な経済成長を遂げた一方で、これらの大企業の有害な影響が韓国の発展をさまざまな形で阻害してきた。男女同権や労働者の権利もその一例だ。
さらなる民主化に向けて
しかし今、全てが韓国人自身も驚くような方向へ向かっているように見える。
その一つは#MeToo外部リンク運動で、世界に遅れをとってはいるものの全国で成果を挙げている。わずか数カ月で、10人を超える政治家、ビジネスリーダー、文化人に対するセクハラやレイプ疑惑が持ち上がり、この国の伝統的な「男性社会」を揺るがす事態になっている。
自身も市民運動家出身の朴ソウル市長は「今日、私たちは社会を構成する市民一人一人に、市、地域、国の共同運営者としての自覚を持ってもらわなければいけない」と話す。
朴市長やチョ教育長との会談から、私は韓国の新たな指導者たちが抱く民主主義への熱意を感じた。だが、その実現プロセスへの期待は非常に控えめなものであることも分かった。
6月13日の市長選で三選を狙う朴市長は「(民主主義の実現には)あと100年必要だ」と話す。この日は新しい直接民主制を盛り込んだ改憲案を国民投票(レファレンダム)にかける予定だが、野党の反対が強く草案を引き続き国会で審議中だ。
これらの白熱した議論が示すのは、ここまで直接民主制に近づいたにも関わらず、韓国の中でいまだに意見が分かれているということ。若者や都市部の人々はこの新しい機会を歓迎しているが、農村部の高齢者たちはより保守的な見方をしている。
保守派の国会議員たちは3月末、今回の憲法改正手続き、6月13日のレファレンダム、そして国レベルにおける現代の直接民主制導入を全力で阻止すると発表した。
現時点では、地方レベルの住民によるイニシアチブ(住民発議)には法的拘束力がない。国レベルの国民投票は大統領か議会の発議に限定される。
現段階で、今求められている民主化プロセスを実現するには、賢明なリーダーシップが必要になるだろう。今後予定されている南北首脳会談をいかに舵取りしていくかについては、さらなる指導力が求められる。しかし、すでにさいは投げられた。韓国の国民全員が期待する、もしくはそれ以上の結果がもたらされるよう、願うばかりだ。
#ddworldtour(直接民主制のワールドツアー)
スイスとスウェーデンの国籍を持つ作家でジャーナリストのブルーノ・カウフマン氏は、民主主義の現状を探索する世界ツアーで各国を回る。今年5月までに4大陸20カ国に足を運ぶ。
スイスインフォはこれまで、カウフマン氏による現地レポートを配信してきた。
カウフマン氏のワールドツアーは主にスイス・デモクラシー財団外部リンクが出資。カウフマン氏は同財団の国際協力部門の責任者を務める。スイス・デモクラシー財団は世界中で参加型・直接民主制に関する様々なプロジェクトやプラットフォームを主催。また、デモクラシー・インターナショナル外部リンク、ダイレクト・デモクラシー・ナビゲーター外部リンク、IRI Europe外部リンクなどからも支援を受けている。
(英語からの翻訳・宇田薫)
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