SNSがもたらす政治論議の分断 民主主義はノイズの海で溺れ死ぬのか

スイスで1月に発表された報告書は、大手SNSの影響力を民主主義への脅威と位置付けた。生成AIによるコンテンツの濫造により、良質な情報が「ノイズ」に埋もれていくことも懸念されている。デジタル公共空間が民主主義を支えるという発想は、もはや過去の遺物に過ぎないのだろうか。

おすすめの記事
「スイスのメディアが報じた日本のニュース」ニュースレター登録
今、誰かがX(旧Twitter)の利用をやめたとしよう。それがフォロワー5000人足らずの一般人なら、当然ながらニュースにはならない。しかし、それがスイスの閣僚なら事情が変わる。連邦内相を務める左派政治家、エリザベット・ボーム・シュナイダー氏は2024年10月、Xの利用を打ち切って注目を集めた。同氏は自身最後の投稿に「Xはすっかり変わってしまった。このプラットフォームは私が参加したい討論の文化とは相容れない」と記している。
この投稿の時点で、Xからの離脱は世界的な潮流になっていた。米実業家イーロン・マスク氏は2022年のツイッター買収直後、暖かく、誰もが歓迎される「町の広場」のようなデジタル公共空間をつくると約束したが、むしろXは警戒対象になった。スイス連邦政府の諮問機関は2025年1月、XやFacebook、TikTokといった大手プラットフォームの商業的影響力と世論形成能力は、それ自体が民主主義の脅威だと警告している。
より上品なプラットフォームへの逃避
Xでは過去2年、コンテンツモデレーション(投稿監視・管理)規定の緩和や文化の移り変わりなどが要因でヘイトスピーチが増加外部リンクし、ユーザーが投稿するテキストの言葉遣いも荒くなった。これを受け、オンライン公共空間のあるべき姿をめぐる議論が再燃している。言論の自由愛好家たちはマスク氏がXで実行(そしてメタが最近踏襲)した改革を朗報と受け止めたが、他の利用者や多くの広告主はよそに移っていった。
しかし、Xのようなプラットフォームを捨てることで、分極化や反民主主義的な言説を懸念する人々は何を達成できるのだろうか。ボーム・シュナイダー氏はメタ傘下のInstagramに移ったが、より上品なプラットフォームに皆で脱出するという方法では「デジタル空間のゲーテッドコミュニティー」(ドイツ語圏大手紙NZZ)に引きこもるだけにならないだろうか。
人は変わらず、ネットは似たもの同士をつなぐ
チューリヒ大学でデジタル技術とオンライン行動を研究するエマ・フース氏によると、自分に近い考え方にばかり繰り返し接することで、元々の考え方が増強される情報環境、いわゆる「エコーチェンバー」は確かに存在する。ただし、実際にどれほど大きな問題なのかは明確でないという。
フース氏は、絶えずエコーチェンバーを話題にすることで、これを実態よりも大きな問題にしてしまう恐れさえあると語る。いわば、自らを「エコーチェンバーのエコーチェンバー」に閉じ込めるということだ。同氏は「少なくともいくつかの研究によれば、SNSで閲覧されているコンテンツは、私たちが実生活で目にするものより多様性に富んでいる」と結論づけている。多くの研究者がXから乗り換えた新興SNS「Bluesky(ブルースカイ)」などのプラットフォームでも、本人が選んでいないコンテンツが偶発的に目に触れることはある。
エコーチェンバーの実態がどうあれ、ひとつ確かなことがある。それは、相反する見解の両方が常に表示されるシステム(一部の言論の自由絶対主義者によれば、Xはその典型だ)を設計しても、利用者が自分と違う考え方を受け入れやすくなるとは限らない、ということだ。フース氏は「政治的見解が時間の経過に対して極めて安定的なことは、研究結果として特に一貫して示されている。人の物の見方はかなり若いうちに形成され、SNSのフィードをいじったところで簡単に揺るがない」と指摘。さまざまな意見や情報が際限なく目に触れる現代でも「人の考え方が本当に変わることはない」と語る。

また、政治関連の議論がウェブ空間に占める割合も過大評価されやすい。フース氏の言葉を借りれば、閲覧されるのが娯楽コンテンツだろうと、価値観の衝突を含むコンテンツだろうと、ウェブ上で主に消費されているのは「くず情報」だ。TikTokやポルノ、ギャンブル、ゲーム、その他諸々を混ぜ合わせて何かが生じるとしたら、それは政治論議の分極化よりも、政治論議を含むニュースが読まれない「報道欠乏症」のほうだろう。
さらに、デジタル公共空間に対する期待は、理想を通り越して幻想に陥りやすい。たとえば、ウェブ上の熟議の場を通じ、民意を代表する何かに多くの意見が集約されるという考え方もそうだ。実のところ、インターネットは世に出て以来、多様な情報をまとめることよりも、類似の、しばしばニッチな関心をつなぐことを主な特徴としてきた。それが融和的な内容であれ、排外的・差別的な内容であれ、人はウェブを通じ、自分と共通した関心や知識の持ち主を見つける。また、そうしたコミュニティーのなかでは、たとえばクロスワードパズルや楕円体としての地球の性質のような、具体的な関心事が語り合われる。
そして、こうしたウェブの特徴は政治的見解の断片化をもたらす可能性がある。互いの主張が大きく異なる小集団が分立し、共通の目標に向けて団結しにくくなるということだ。チューリヒ大のレナーテ・フィッシャー、オトフリード・ヤーレン両氏は2024年発表の論文外部リンクで、ウェブ上に存在する考え方はあまりに多く、あまりに急速に広まり、あまりに多様なため、民主主義的な行動に寄与する共通の世論が抽出しにくいと指摘。「公共空間から社会を安定、結合させる力が失われ、議論のプロセスを政治的プロセスに変換することがますます難しくなっている」との見方を示している。
いまや誰もがインターネットに接続し、意見を言い、増える一方の膨大なコンテンツを次から次へと消費している。しかし、西側諸国の多くで民主主義への信頼が低下している現在、ウェブ上のノイズをすべて集約することが仮に可能でも、それで有意義な言説が生まれるかはわからない。
チャットGPTは言説を変えるか
米カリフォルニア大学バークレー校で人工知能(AI)や大規模言語モデル(LLM)が文章に与える影響を研究する米カリフォルニア大学バークレー校ハンス・バヨワール准教授も、「あまりに大きく、誰も全部を扱えない」のがインターネットの最も重要な特徴だとしている。しかも、その大きさはさらに膨らむ可能性さえあるという。
オンラインコンテンツは今でも無数に流通しているが、大規模言語モデルはその勢いを一気に増幅させる可能性を秘めている。米オープンAIの「チャット(Chat)GPT」などを使えば、ほぼ誰でも文章や映像、音楽を作成できるからだ。良質な情報を見いだすことは今でも難しいが、それがさらに難しくなる恐れがある。バヨワール氏は極端な見通しとしつつ、人間とコンピューター、どちらがつくったのか見分けのつかないものに満ちた「人工の公共空間」が生まれる可能性を指摘する。そして、こうした不透明性は信頼や誠実さ、責任といった民主主義の根幹を圧迫すると警告している。

また、大規模言語モデルには、そもそも人間による言葉の使い方を変容させる可能性がある。バヨワール氏によれば、チャットGPTのようなツールは特定のデータセットを使い、特定の選択に沿ってプログラムされているため、その言葉遣いは開発者らが謳うほど中立的ではない。SNSと同じように偏り外部リンクや文章的な特徴がある。また、統計的手法を用いているせいで、先に学習した内容にとらわれ、実世界で生じた政情や言語の変化に言葉遣いの修正が追いつかないリスクもある。
同氏によれば、大規模言語モデルが何百万種類も普及していれば、こうした特徴は大きな問題にならないかもしれない。しかし、少なくとも現在使われているモデルは、営利企業数社のものに限られる。この状況は、一握りの企業の指定に沿って言語が単純化され、言説の種類が絞り込まれる事態につながりかねない。それが長期的に思考の単純化に行き着き、民主主義的な議論のため人類が必要とするコミュニケーション能力が部分的に失われることも考えられる。
品を求めるべきか
AIや大手プラットフォームを規制する取り組みは、発言の仕方や場所にあまり焦点を当てていない。例外と呼べるのは、ヘイトスピーチ規制法を執行する場合くらいだ。ただし、そもそもインターネットは自由を旨とする空間であり、たとえ優れた設計のプラットフォームがあったとしても、同じ場所に集まるよう皆に強制はできない。それに、多少不快な表現をしたからといって、発信者を刑事訴追することも不可能だ。
また、上品な振る舞いや所定の言葉遣いをするよう人に仕向けることが可能なのか、という疑問もある。企業単位でなら、これはすでに実現している。たとえばアップルは最近、メール作成時に文章の不快さを和らげるAIツールの提供を始めた。従来のオートコンプリート機能やスペルチェック機能もまた、こうしたツールの先駆けと考えられる。バヨワール氏によれば、利用者が意識的に選択して使うのであれば、一連のツールにまったく問題はない。しかし暗い想像ではあるが、これが私たちの知らないうちにコミュニケーションに入り込む事態も懸念される。
バヨワール氏もフース氏も、人の発言や情報共有に干渉するのは総じて簡単ではないと指摘する。しかしフース氏は、この問題にとらわれすぎないことが重要だと語る。「ウェブ上には『悪い』コンテンツがたくさんあるが、人が消費するコンテンツ全体に比べればまだ少数派」だからだ。同氏の考えでは、オンライン公共空間がうまく機能するのに必要な要素は正確な情報、多様な情報、幅広い参加であり、すでに出そろっている。あとは利用者が自分で見つけるなり、見つけられるよう他者が手伝うなりするだけだ。フース氏は「必要な道具は全部ある。それが使われない場合があるだけだ」と語っている。
編集:Benjamin von Wyl/ac、英語からの翻訳:高取芳彦、校正:大野瑠衣子

JTI基準に準拠
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。