熱帯医学の専門家で医師のヴァレリー・ダクルモンさん外部リンク(45)は、発展途上国における急性熱性疾患の新たな診断方法を研究している。この研究によって、発展途上国ではより適切な治療が施され、抗生物質の過剰処方が減ってきている。(SRF、swissinfo.ch)
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臨床疫学者のダクルモンさんは、バーゼルにあるスイス熱帯公衆衛生研究所(TPH)外部リンクで臨床研究チームを率いている。最近では、ローザンヌ大学(UNIL)医学部客員教授にも任命された。
また、3児の母親業をこなし、さまざまな活動のリーダーを務めるかたわら、SAfiaプロジェクトを指揮。このプロジェクトの目的は、アフリカの急性熱性疾患について、その病原体の特定に役立つDNAの塩基配列の解読法を研究することだ。この研究によって、急な発熱をともなう病気の大流行への対応能力が強化されることが期待されている。
同プロジェクトは今年初め、2年間で250万ドル(約2億8千万円)の支援をビル&メリンダ・ゲイツ財団外部リンクから受けた。
(英語からの翻訳・江藤真理)
シリーズ「スイスのパイオニア」:それぞれの専門分野で第一人者として国内外で活躍するスイス人に焦点を当てた。スイス公共放送SRF制作。
(英語からの翻訳・江藤真理)
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抗生物質が効かない耐性菌、世界的な問題に
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毎日元気に仕事に励んでいたH.K.さんはある日、抗生物質が効かないバクテリア「多剤耐性菌」にかかった。体調が悪化し仕事ができなくなり、回復するまで何週間もかかったという。こうした耐性菌は日増しに現代社会を脅かしており、世界中で対策が講じられている。
初めは軽いせきが出るだけだったが、一向に治る気配がなかった。せきは次第にひどくなり、ITエンジニアのH.K.さん*は、かかりつけの医者に診てもらうことにした。診断結果は「珍しい肺炎」。炎症反応を示す値がみるみるうちに上がったため、抗生物質が処方された。
「ところが5日経っても全く良くならず、かえって症状が悪化した」とH.K.さんは振り返る。何週間も高熱にうなされ、寝込んだ。「医者が別の抗生物質に変えた2日後、やっと症状が回復に向かい始めた」
残念ながら全ての人がこのように助かるわけではない。抗生物質が効かないバクテリアが原因で命を落とす患者は毎年増え続け、推定では欧州連合(EU)だけでも毎年2万5千人が耐性菌の引き起こす感染症で亡くなっている。これを受け、世界保健機関(WHO)やスイス政府は、抗生物質の使用状況を監視するシステムを考案中だ。
抗生物質は、人間や動物の治療や家畜の餌に大量に使われている。効果のないウイルス病の治療にも使用されることもある。投与の量が不適切なためにバクテリアが完全に死滅しないでいると、残ったバクテリアにはすぐに耐性が付き、抗生物質が効かなくなる。
「既にスイスでも死亡例が出始めている。耐性菌には薬が効かないので手の施しようがない」とベルン大学感染症研究所のアンドレアス・クローネンベルクさん(感染症学)は言う。クローネンベルクさんはスイス抗生物質耐性研究センター長も務める。
乱用される抗生物質
チューリヒ大学病院で感染症の治療にあたるアンネリース・ツィンカーナーゲル医師は、とりわけ複数の薬品に耐性を持つ「グラム陰性菌」が非常に危険だと言う。こういった耐性菌が増加する背景には、抗生物質が家畜の飼育に広く使用されていることや、多くの薬が医師の処方箋なしに手に入ること、医療現場で抗生物質が乱用されていることが挙げられる。
多剤耐性菌は病気に対する抵抗力が弱っている人には非常に危険だ。健康な人を媒介することもあり、「インド帰りの旅行者などは、グラム陰性菌を持ち帰ってくる」(ツィンカーナーゲルさん)。
そのため、抗生物質を適切に使用し、正しい衛生管理のもとで感染を防ぐことが重要となる。例えば手の殺菌消毒や、予防接種などは効果的だという。
スイスの危険度は「中」
スイス抗生物質耐性研究センターはホームページ上で、「バクテリアの抗生物質に対する耐性は世界的に『伝染病が広がるスピードで』増え続けている」と危機感を募らせる。「耐性菌に関する一般的な統計は存在しない。耐性菌といっても、病原菌と抗生物質を分けて考えなければならない」とクローネンベルクさんは言う。大腸菌を例にとると、「ESBL産生大腸菌」のグループではスイスで年間1%の割合で耐性菌が増えており、他の国ではもっと上昇率が高いという。
スイス政府は複数の省庁が協力し、耐性菌と戦うための政策を発表した。最大の目標は、人間や動物に使用する抗生物質の効き目をできる限り保つことだ。
政策では、院内感染の防止など、国内における耐性菌の拡散防止が重視されており、人間医学、獣医学、農業、自然環境など、多分野で抗生物質の使用状況を監視することが柱とされている。3月中、この分野に関わる団体などの間でこれらの内容を協議した後、政府は今年末までに具体策を発表する方針だ。
大切なのは「人間医学と獣医学を分けずに、関係者は皆、運命共同体と考えること。互いに相手に責任をなすりつけても意味がない」とクローネンベルクさんは言う。
WHOの計画
抗生物質が効かない耐性菌に立ち向かう努力は世界中で行われている。WHOは14年に薬剤耐性に関する報告書を発表。これまでで最も総合的な内容になっている。それによると、ある種のバクテリアの耐性は既に世界各地で危険なレベルまで高まってしまったという。
114カ国のデータを基にまとめられた今回の報告書では、世界中の多数の地域で、いわゆる「切り札」とされる抗生物質が国民の大半に効き目がなかったことが述べられている。
本当に必要な場合にのみ抗生物質を処方・使用し、病気が少し回復した段階では決して中途半端に薬の使用を止めないようにWHOは勧めている。また、感染症を防ぐために衛生管理を徹底し、更に研究に取り組む重要性を訴えている。ところが研究を進めるあたり、実は問題があるようだ。
医薬品業界は興味を示さず
「近年、数多くの企業や医薬品メーカーが抗生物質の新薬の研究開発から手を引いた理由は様々だ」と業界団体「インターファーマ」のサラ・ケッヒ広報担当は言う。
「公益のためにも抗生物質の処方は限定されるべきだ。その結果、医薬品メーカーの収入は減るだろう。また、患者の数が比較的少ない割には、同じバクテリアに対して作用が異なる複数の抗生物質を開発するよう求められる」
多剤耐性菌との戦いは科学的にも難題だ。「しかし近年、企業や個人・団体が手を組んだ多数のプロジェクトが上がってきている」
例えば「New Drugs4Bag Bugs」というプロジェクトは、欧州委員会と企業が支援している。このプロジェクトによれば、新しい抗生物質は過去30年間にわずか二つのグループしか開発されていない。他にも抗生物質全般についての研究を進めるプロジェクト「DRIVE-AB」が欧州で立ち上げられている。
今後、治療法が生まれると期待を持てるということか。1月初頭には、ドイツと米国の共同研究チームが画期的な新型抗生物質「テイクソバクチン(Teixobactin)」を発見したと発表している。ただ、薬剤としての実用化には、まだ5~10年かかる見通しだ。
*(プライバシーなどの理由から匿名)
人間医学と獣医学の密接な関係
抗生物質が効かない耐性菌の問題は、人間医学と獣医学との間に関連するものだと見られている。だが、ベルン大学によると、その関係はまだ完全には解明されていない。
バクテリアは動物と人間が直接的/間接的(例:食物の中のサルモネラ菌)に接触することで伝達される。
家畜だけに見られる耐性菌が、人間医学で問題となっている耐性菌と同じだと分かっている。
「動物における微生物学の研究は、動物の健康のためだけではなく、結果的には人間の健康にも役立つ」と研究者は結論付けている。
(出典:ベルン大学)
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