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スイスの科学研究 変革をもたらす女性たち

スイスは世界で最も革新的な国の1つだ。連邦工科大学は2校共に世界ランキングの上位にいる。だが科学分野で働く女性は依然として一握りだ。成功事例や献身的な取り組みによって、この流れを変えられるかもしれない。

物理学やロボット工学、数学など、歴史的に男性中心の学問分野も今や女性にとって禁制の場ではない。実際に世界中の多くの女性たちがこれらの分野で重要な貢献を果たしている。だが、科学研究分野の男女格差は依然として大きく開いたままだ。

スイスでは特にアカデミア上位職の大学教員(教授、准教授、助教)に占める女性の割合が低く、一般に他の欧州諸国の女性よりも不安定な契約で雇用されている。さらにSTEM(科学、技術、工学、数学)に限れば女性教員はもっと少なくなる。しかし風向きは徐々に変わりつつある。

女性科学者の成功事例は、変化は起こせるものだという概念だけでなく、実際に起きていることだと教えてくれる。マルガリータ・クリ氏もその1人だ。キプロス出身の同氏がロボット工学研究の博士研究員(ポスドク)としてスイスに来た時、学生50人のうち女子はわずか2人だったという。その前の英国での博士課程在学中に、同氏はロボット工学とコンピュータビジョンを組み合わせたアイデアに魅了された。これは機械の「目」で周囲の現実空間を「見て」認識し、相互交流できる知的ロボットを作ろうというものだ。その後同氏は鳥の動きのような自然から着想した研究で、小型ヘリコプターの初の自律飛行の実現に貢献した。

クリ氏は現在、連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)の助教としてロボット視覚研究室を主宰する。同氏は「20年前の女性だったら私のようなキャリアパスは望めなかった、という事実を考えさせられたことがある。今の自分の立場に重責を感じると同時に、とても大きなチャンスだとも思う」と語る。

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「ロボット工学の恩恵にも目を向けてほしい」

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アカデミアでの成功に必要なもの

やる気と才能と野心は、女性がロボット工学や疫学、宇宙理論などの自身の分野で成功するのに必要な要素の一部だ。女性科学者たちは人類が抱える根本的な問いに答えようと決意し、後続の次世代への道も切り開こうとしている。

ソニア・セネヴィラトネ氏がスイスで科学への道を歩み始めた時に一番困ったことは、周囲に女性のロールモデルがいなかったことだ。だが学術交流で訪問した米マサチューセッツ工科大学で、教授を目指す女性たちと出会った。「その人たちが私に新たな地平を切り開いてくれた」(セネヴィラトネ氏)。その経験は研究者としてのキャリアを進む原動力となり、 32歳でETHZの助教に着任した(現在は教授)。

セネヴィラトネ氏は現在、世界で最も影響力のある気候科学者の1人だ。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)報告書外部リンク作成にも携わる。2021年の報告書では豪雨や熱波が人為的な温室効果ガス排出の結果であることを強調し、メディアでも大きく取り上げられた。異常気象現象と地球の気温上昇との間に直接的な関連があるという同氏の発見は、個々の異常事象に対する人為的影響を確率論によって定量的に評価する、アトリビューション科学という気候科学の新領域を先導してきた。

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女性たちは、たとえアカデミアの指導的な立場に就くことが少なくても、科学の進歩に多大な貢献を果たしている。エマ・ホドクロフト氏、ラヴィニア・ハイゼンベルク氏、マリア・コロンボ氏は、実際に変化を起こしている女性科学者たちの一部だ。

ベルン大学のホドクロフト氏は「ウイルスハンター」として知られる疫学者だ。同氏が共同開設したインターネット上のプラットフォーム「ネクストレイン(Nextrain)」は、世界規模で病原体の遺伝子データを解析し公開するもので、現在、新型コロナウイルスの新たな変異株を調べてウイルスの進化をリアルタイムで追跡する上で非常に重要なツールとなっている。同氏は優れた科学コミュニケーターとしても名高い。ソーシャルメディアのツイッターには8万人近いフォロワーがいる。

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ハイゼンベルク氏は世界的に有名な物理学者でETHZの助教として宇宙理論の研究グループを率いる。重力の原理・法則の研究により宇宙の起源を探究している。論文リストには重要な研究成果が並ぶ。同氏の発見は重力研究を進展させ、宇宙がどのような法則によって支配されているかを理解する新たなアプローチへの扉を開いた。同氏は物理学の研究が将来、私たちの生活に想像を超えた影響を与えると確信している。それは例えば、新しいエネルギー源やスマートモビリティーなどの形でもたらされるはずだと言う。

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コロンボ氏は数学者だ。18年に連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)の助教に採用され、21年に32歳で教授に昇進した。同氏の専門は数学解析。流体の方程式、つまり川の水流から星間空間で発生するガスやちりの煙の流れまで、様々な流体が時間の経過と共にどのように変化し移動していくかを記述する方程式の理解を進歩させた。では空に浮かぶ雲の動きはどうだろうか?同氏はこう語った。「雲を見ると、方程式が浮かんでくる」

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助成でもっと女性を

研究機関や財団は、優秀な人材をスイスに呼び込む活動に加え、科学分野の女性比率を増やすための取り組みも実施している。例えば女性対象の様々な助成金制度を設置し、公正な労働条件やメンタリング、ネットワーキングの促進を進めている。スイス国立科学財団(SNF/FNS)のプリマ(PRIMA)助成金外部リンクはその一例で、将来有望な女性研究者に最大150万フラン(約1億9500万円)の研究資金を支給する。

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その他に性別を問わず研究者のキャリアアップを支援する助成金もある。SNF/FNSの「エクセレンツァ(Eccellenza)外部リンク」フェローシップもその1つだ。助成者はスイスの大学や研究機関で助教として最長5年間独立して研究を行える資金を得る。地球化学者のデニス・ミトラーノ氏は20年にエクセレンツァに採択され、ETHZで自身の研究グループを立ち上げた。

そこで同氏は、私たちの飲料水や食物にどれだけのプラスチックが含まれているかを迅速かつ正確に知るための革新的な計測法を開発した。同氏のアイデアの核心は、プラスチックナノ粒子に金属を化学的に入れて追跡マーカー(目印)とすることだ。この新たな追跡法は、間接的にプラスチック汚染を減らせる可能性がある。つまり例えば、農家や産業界にどの材料がより問題があるかを提示し、生分解性の代替材料を見つけるよう促すことができる。同氏はETHZの学生たちにアドバイスしている言葉を教えてくれた。「批判されたり失敗したりしても落胆しないで、自分のアイデアに自信を持って進むこと。勇気が必要だが、実行する価値がある」

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(英語からの翻訳・佐藤寛子)

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