スイス・フランスの国境に生きる「ドゥー川の王」が絶滅の危機 2国連携で人工繁殖

スイスとフランスの国境を流れるドゥー川では、両国が協力して野生動物が暮らしやすい環境を取り戻す取り組みが進められている。きっかけは、この河川流域だけに生息する絶滅危惧種の淡水魚だ。各種の対策は効果を示すも、この魚には手遅れだったかもしれない。

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「ロワ・ドゥ・ドゥー」(学名Zingel asper。ドイツ語でローヌ・ストレーバー)は、体長約20 cmの細長い淡水魚で、ベージュ色に褐色の縞模様が入っている。フランス語で「ドゥー川の王」を意味するその名の通り、スイスとフランスを流れるローヌ川の二次支川・ドゥー川流域固有の魚だが、生息地の破壊と汚染により絶滅の危機に瀕している。
スイスとフランスの両政府はそのため、数年前からこの魚を保護する取り組みを行っている。スイス連邦政府と州政府は2016年にドゥー川沿いの生態系を回復するための計画外部リンクを採択した。当局が重い腰を上げた背景には、スイスの自然保護団体が「ベルン条約外部リンク」に基づき起こした2011年の訴訟がある。
2国を動かした「ベルン条約」
欧州の野生生物と自然生息地の保護を目的とするベルン条約(1982年発効)には法的拘束力がある。ロワ・ドゥ・ドゥーの保護を求めた2011年の訴訟では、農業と廃水処理場の排水に含まれる過剰なミネラルと栄養素がもたらすドゥー川の汚染が争点となった。自然保護団体は、この魚が汚染により深刻な脅威にさらされている実情を訴えた。
欧州評議会(本部・仏ストラスブール)のベルン条約常任委員会はこれを受け、2013年にスイスとフランスに対し、ドゥー川とその支流であるフランス東部のルー川への汚染物質の排出と汚染管理を強化するよう勧告した。またスイスに対し、危機にさらされた生息地間のつながりを回復させるよう求めた。委員会は、国境を越えた2国間の協力を特に重視したため、フランスとスイスの研究者は水質や魚の個体数、ならびに環境変化に関するデータを共有している。
両国はまた、2017年にドゥー川の水力発電ダム3基の共同管理を改善する協定を結んだ。これによりダム放水時に発生する水流の乱れが軽減され、産卵場の保護に役立っている。
生き残りを賭けた最後のメス
だが、それも既に手遅れかもしれない。ドゥー川では2012年に52匹が確認されたのをピークに個体数が減り続け、目撃情報は2023年が最後だ。仏語圏のスイス公共放送(RTS)はその夏、研究者らが川で魚を探す様子をカメラに収めた。夜行性の魚を捉えるため、作業は夜間に行われた。
この時に発見されたメスは最後の1匹とみなされ、スイスのローザンヌにあるアクアティス水族館で一時的に保護された。そして人工的にロワ・ドゥ・ドゥーを繁殖させ、野生に戻すフランスのプロジェクト外部リンクに協力するため仏ブザンソンのシタデル水族館に移される前に、フランス産のオスと交配した。生まれた稚魚は現在、アクアティスとバーゼル動物園で飼育されている。これらの稚魚は、ドゥー川に放流しても生き残れるだろうか?ドゥー川の保全に取り組む自然保護団体「ドゥー・ヴィヴァン外部リンク」のアリーン・シャピュイ氏は「試してみないと分からない」と肩をすくめる。

なぜこの魚にこだわるのか
類まれな美しさ外部リンクを誇るこの地域の生物多様性が崩壊し始めている――ロワ・ドゥ・ドゥーの消滅はその兆候の1つに過ぎない。スイスに生息する71種の魚のうち、絶滅の心配がないのは14種のみ。シャピュイ氏は「魚類に関して言えば、スイスの生物多様性は悪化している。最初にドゥー川から消えたのがロワ・ドゥ・ドゥーだっただけで、次は別の魚が同じ運命をたどるかもしれない。私たちはこれを警告として受け止めるべきだ」とした。
そして生物多様性を守るためには、単に種を保存するだけでなく、命を支える地球のシステム全体も守らなければならないと同氏は指摘する。生態系が多様であれば、気候変動や自然災害といった環境変化への抵抗力も強い。また個体群がプールする遺伝子外部リンクが多様なら、自然淘汰で気候変動にもより迅速に適応できる。
次は何をすべきか?
連邦環境省環境局(BAFU/OFEV)の広報責任者レベッカ・ライヒリン氏は、行動計画の大半は既に実施され「効果を示している」と話す。スイス西部の町ル・ロックルでは現在、廃水処理施設を建設中で、フランスのオクールとベルフォンテーヌでは、自治体が堰の問題に取り組んでいる。堰は川の流れを変えるだけでなく、魚の回遊を妨げ、水温や堆積物の流れに影響を与えるため、ロワ・ドゥ・ドゥーやその他魚類の生息環境に悪影響を与えている。
ベルン条約の常設委員会は昨年12月、ドゥー川に関するスイスの計画が「順調、かつ持続可能に」実施されていることを歓迎したものの、スイス・フランスの2国間協力については、改めて更なる努力が必要だと強調した。スイスの国家行動計画は2030年まで延長され、現在フランスで進行中の第4次行動計画も2030年に完了予定。
自然保護団体「ドゥー・ヴィヴァン」は、農業や林業による潜在的な悪影響からドゥー川流域を保護するための具体的な対策外部リンクを求めた。また「汚染に国境はない」として、水質を巡りフランス・フランス間の更なる協力を促した。
ロワ・ドゥ・ドゥーという種は、スイスの河川から永遠に姿を消してしまったかもしれない。だがこの小さな魚がきっかけで動き出した一連の対策は、他の種にとって決して無駄にはならない。「できるだけ自然に近い生態系を取り戻すことには必ず意義がある。環境にとっても、私たちにとっても」(シャピュイ氏)
魚類はスイスとフランス以外でも、人間の活動が原因で絶滅に瀕している。
中国の長江に生息するハシナガチョウザメ(別名シナヘラチョウザメ)は2003年を最後に確認されていない。キャビア目当ての乱獲とダム建設が絶滅の主因とされる。
かつて北米の五大湖に豊富に生息していたブラックフィン・シスコは、2006年以来確認されていない。主な原因は乱獲。
またアマゾン川を回遊する2種類のナマズは、食用や商業目的による過剰な漁獲と、アマゾン河川に建設された水力発電所が原因で激減。昨年、国際的な保護リストに登録された。
編集:Veronica DeVore、英語からの翻訳:シュミット一恵、校正:ムートゥ朋子

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