セルンが『天使と悪魔』に答える
世界的ベストセラーになっている長編ミステリー小説『ダ・ヴィンチ・コード』の著者、ダン・ブラウンのシリーズ一作目、『天使と悪魔』に描かれているジュネーブにあるセルン(CERN=欧州原子核研究機構)が注目されている。
セルンには世界中の読者から「本に描かれているセルンと反物質の話は本当か?」との問い合わせが殺到し、昨年末からこれらの質問に答える特別なサイトを設け、最初の月で7万人もの訪問者を迎えた。
「天使と悪魔にスポットライト」というセルン公式サイトの特別なページでは「セルンは本当に存在するのか?」「反物質とは?」「反物質で爆弾を作れるのか?」といったこれまで多くあった読者の質問に易しく答えてくれる。
ダン・ブラウンの『天使と悪魔』(角川書店、越前敏弥訳)は最初に「これは事実」とあり、「世界最大の科学研究機関である、スイスのセルンが、反物質粒子の成功に先ごろ初めて成功した。反物質は…」と始まる。
ダン・ブラウンの描くセルン
「ダン・ブラウン氏の描くセルンをどう思うか?」とセルンの広報官、ジェームズ・ジリー氏に聞いたところ「可笑しいですね。本の中ではセルンは煉瓦造りでIBリーグ大学のキャンパスのように描かれているが、本当はコンクリートが多くてちっとも似てない」と笑う。確かに6,500人の物理学者と2,500人のスタッフが働くセルンの敷地は広い。実際には銀行や郵便局にレストランがあり医務室もあるが、病院、スーパーや映画館まであるというのは誇張のようだ。
また、パスポートなしで主人公のラングドンがジュネーブ空港からセルンに行く場面があるがこれも嘘だ。ジリー氏曰く「セルンの敷地はスイスとフランスに跨っているので敷地内で国境を越える時はパスポートがいらないが、わたしは常にジュネーブ空港ではパスポートを見せてきた」という。
想像力は豊かでも物理には弱い?
本は勿論、事実に基づいてもいる。セルンの原子核の研究が「われわれがどこから来たのか」といった疑問の答えを追求していることやセルンが地下に直径27キロの世界最大の粒子加速器(LHC)を造っていることなどだ。セルンがウェブ(World Wide Web)の発明をしたことも事実でセルンの功績の一つだ。
しかし、物理学の面では想像の世界だという。基本的に反物質からは爆弾を作ったり、エネルギーを検出することはできないという。この理由はセルンのサイトで詳しく説明している。
注目に満更でもないセルン
この本について「サイエンスが滅茶苦茶だ」と気を悪くしている物理学者もいるようだが、全体的にこの本による世界のセルンへの注目を悪く思っていないようだ。前出のジリー氏は「お陰で“反物質”に関するインタビューも増え、本がフィクションだということに多くの人が気付き、物理に興味を持ってくれればうれしい」と語る。
セルンを訪問してみては?
著者のダン・ブラウンは実際に1994年に訪問し、出版の際にはセルンに本を贈ったという。しかし、当時彼は無名だったので誰も気付かなかったらしい。だが、セルンがダン・ブラウンにインスピレーションを与えたのはいうまでもない。それにしても、本に登場するCERNの所長マクシミリアン・コーラーという奇妙な人物は現在の所長とも、以前の所長とも似ても似つかないという。
誰でもセルンを見学でき、地下の加速器を訪問することが出来る。ダン・ブラウンほどのインスピレーションを得られるかは保証の限りではないが。
swissinfo 屋山明乃(ややまあけの)
– 「世界の知」が集まっていると言われるセルン(CERN=欧州合同素粒子原子核研究機構)Organisation Europeéen pour la Recherche Nucléaire は世界で最も重要な物理学研究所で世界80カ国から6,500人の物理学者が来て働いている。日本人も2005年には89人いる。
– セルンでは主に物理の基礎研究が行われ、物質を最極微に分解した基本素粒子の研究から宇宙の起源の謎「ビッグバン」に迫るといった遠大な研究が行われている。
– 現在は巨大な加速器を使って素粒子現象を実験するハドロン衝突型大加速器(LHC)計画を進行中で世界初のこの実験は2007年に開始される予定だ。
– セルンはこれまでも何人ものノーベル賞受賞者を出し、ここでウェブ(World Wide Web)が発明された事でも有名だ。
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