天文学と音楽が融合する世界 チューリヒで第5回スタームス・フェスティバル
ガリク・イスラエリアン氏とロックバンド・クイーンのギタリストのブライアン・メイ氏には共通点がある。それはミュージシャンでもあり、天文物理学者でもあることだ。この2人の出会いが心と魂、感性に訴える祭典「スタームス・フェスティバル」を生み出した。天文物理学と音楽を融合させたこのイベントは今年で5回目を迎え、24~29日にスイス・チューリヒで開催される。
1999年、イスラエリアン氏の率いる国際チームは200年来の仮説をついに証明した。それは、質量の極めて大きな恒星が、銀河全体を照らすほどの超新星爆発を起こして生涯を終えると、その後縮小してブラックホールになるという理論だ。この結論はイギリスの理論物理学者スティーヴン・ホーキング氏も引用した快挙だった。イスラエリアン氏は間違いなく大物科学者だ。
出版した書籍は既に250冊、ノーベル賞受賞者と共に研究を行い、主にオーストラリアで教鞭を執ったイスラエリアン氏には、宇宙の他にも情熱を注ぐものがある。それは音楽だ。
音楽は若かりしイスラエリアン氏に大きな影響を与えた。1963年にアルメニア共和国の首都エレバン(当時はアルメニア・ソビエト社会主義共和国の首都)で生まれ、70年代に一世を風靡(ふうび)した創造的なロック音楽の中で10代を過ごした。
グラムロックvsプログレ
パーティー好きの若者達がデヴィッド・ボウイに代表されるグラムロックに酔いしれる一方で、「知的派」はシンフォニック・ロックやプログレッシブ・ロックと呼ばれる進歩的・革新的ロック(ピンクフロイド、ジェネシス、イエス等)を支持した。このジャンルは東欧で今も安定した人気を誇る。イスラエリアン氏もその一人で、バンドではキーボードとギターを担当する。
そして伝説的なバンド、クイーンがロック界に現れた。クイーンはワイルドさと奇抜さを兼ね合わせた革新的な音楽で全ての人を魅了した。
「クイーンの登場は衝撃的だった。ギタリストのブライアン・メイ氏はあの頃の私たちにとって正真正銘のヒーローだった」とイスラエリアン氏は振り返る。「17歳か18歳の時、どれだけ私たちが熱狂的なファンかということを伝えたくて、バンドのファンクラブへ手紙を書いた。だがソ連から送った手紙がイギリスに届く可能性はゼロに等しかっただろう」といたずらっぽく微笑む。
SFのファンに
天文学と出会ったのはその後だった。米国の月面着陸成功は旧ソ連のメディアでも報じられたが、ほとんど覚えていないという。悲願の月面有人着陸は米国に負けを喫したものの、旧ソ連は米国との宇宙開発競争において、常に一歩先を行っていた。世界初の人工衛星打ち上げ成功、人類発の宇宙飛行士による地球軌道周回、世界初の女性宇宙飛行士、人類初の宇宙遊泳、無人月探査機ゾンドなど、勝ち星を重ねていたのは旧ソ連だった。米国に最後の最後で先を越されはしたが、旧ソ連のメディアはフェアプレー精神で米国の月面着陸成功を祝った。
イスラエリアン氏はその後天体物理学者になり、カナリア諸島にある世界最大の望遠鏡の近くに住んだ。1997年、イスラエリアン氏は銀河系で最も熱い星の一つであるオリオン座のリゲル(和名は源氏星)に巨大な隆起を観察した。
この出来事からひらめきを得たイスラエリアン氏は、SF映画の脚本を書こうと思い立った。これも氏が情熱を注ぐ事柄の一つだ。「もし同じような自然災害が我々の太陽に起きたらどうなるか?最悪の事態まであと15日しかないと知ったら、人類はどう反応するだろう?」
20年後に出会う
偶然、イスラエリアン氏が勤務する研究所の所長が、ブライアン・メイ氏を知っていた。天文物理学を学んでいたメイ氏は、ロックバンドのクイーンが成功を収めても宇宙への情熱が薄れることはなかった(2007年には博士号を取得)。メイ氏は定期的にカナリア諸島を訪れている。
「私は試しに、映画の筋書10ページをメイ氏に送ってみた。すると2週間後に電話がかかってきたんです。電話を取った人が私に言ったんですよ。『ブライアン・メイ氏から電話です。あなたと話をしたいそうです』って」。届くことのなかったファンレターから20年後、メイ氏本人からの電話は衝撃的だったに違いない。その時の事を語るイスラエリアン氏の瞳は、星のようにキラキラと輝いていた。
2人は友達になり、2年間「あらゆる手を尽くして」映画の構想を売り込みに回ったが、実際に撮影されることはなかった。その代わりに「スタームス」のアイディアが生まれた。スタームスは「star(星)」と「music(音楽)」を合わせた造語だ。多くの人たちがイベントを機に科学に興味を持ち、若者の心に「生涯燃え続ける火」が灯るきっかけになればと願って立ち上げたという。
ゲストは豪華な顔ぶれ
2人のアドレス帳を合わせた結果、驚くほど多くの講演者を集めることができた。そして2011年、第1回スタームス・フェスティバルがカナリア諸島のテネリフェ島とラ・パルマ島で開催された。スタームスのコンセプトはそれ以来ずっと同じ。ノーベル賞受賞者、宇宙飛行士、ミュージシャンが一堂に会し、科学の公開講演とコンサートで来場者を楽しませる。
2019年のプログラム外部リンクには、数多くの著名人が参加者として名を連ねる。これまでもスティーヴン・ホーキング博士が常連ゲストだったことに加え、人類初の宇宙遊泳を行ったアレクセイ・レオーノフ外部リンク氏や、アポロ計画の一員で今も健在な元宇宙飛行士はほぼ全員が参加済み。そして毎回、十数人のノーベル賞受賞者がフェスティバルに花を添える。
フェスティバルは過去にカナリア諸島で3回、ノルウェーで1回開催された。第5回目の今回は、スイスの元宇宙飛行士クロード・ニコリエール氏とスイスの時計ブランドのオメガの提案が実現し、スイスで開催されることになった。米航空宇宙局(NASA)の宇宙飛行士は、この50年間オメガの腕時計を着けている。また、今から半世紀前に人類が初めて月に着陸した際、ニール・アームストロング飛行士とバズ・オルドリン飛行士は星条旗の他に、太陽風の粒子を集めるためのスイス製アルミ箔シートを月面に設置した。
音楽業界からはキーボードの第一人者リック・ウェイクマン氏、ギタリストのスティーヴ・ヴァイ氏、アカデミー賞受賞作曲家ハンス・ジマー氏、そして映画監督クリストファー・ノーラン氏(代表作に「インセプション」「インターステラー」)もフェスティバルに参加する。
(独語からの翻訳・シュミット一恵)
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