感動と失笑の狭間で
ある人には愛国心と神とのつながりをうたった意味ある曲であり、ある人にとっては無意味な歌詞にしか思えず、失笑さえしてしまう。それがスイスの国歌である。
いずれにせよ、多くの国民が国歌のメロディーも知らなければ、歌詞も知らないという事態は、憂慮されることではないか。
時代遅れ、国粋主義的、誇張しすぎ、もったいぶりすぎ、非現実的、男性的でエゴイスティック。このような批判的な言葉が浴びせかけられるスイスの国歌。1961年に暫定的に国歌として定められ、81年に公式に指定されて以来、批判はあるものの当初のまま、歌い継がれている。連邦議会では、国歌を見直し現代の生活に沿ったものに変更するという提案が出されたが、いまだに決議されずにある。一方、内閣は歌詞やメロディーに欠陥を認めるものの、今の国歌の存続を支持する意向である。
荘厳だが、国民に知られていない
下院に国歌の変更の可能性も含めて討議するよう提案した社会民主党のマルグレット・キーナー・ネレン議員に対し内閣は「スイスの国歌は広く親しまれている。曲も歌詞も国歌にふさわしく荘厳である」と答え、議員の提案には議会は反対するよう勧めている。しかし多くの国民にとっていまの国歌は、誇張しすぎた歌と感じている。宗教的要素があることも現代人には親しめない理由の一つだ。
果たして内閣が主張するように、国歌は国民に知れわたっているのだろうか。各種のアンケート調査によると、少なくとも3分の1の国民が、歌詞の冒頭「朝焼けに現れるスイスよ」という部分を知っている程度という。学校でも地方によっては国歌を歌わないところもあるほど。たとえ小学校で習ったり軍隊で歌ったりしても、大人になると忘れてしまうらしい。この結果、建国記念日の式典か、今は通う人も少ない教会で建国記念日に信者が一緒になって歌うくらいになってしまう。
以下、歌詞は『光の中にあなたを見る/スイスよ、あなたは高貴で華麗だ/アルプスの山上が夕焼けに赤く染まるとき/自由人であるスイス人よ祈れ、祈れ/厚い信仰心が感じる/厚い信仰心が感じる/神は高貴な祖国にある/神は高貴な祖国にある』と続く。
ドイツ語では、最初に出てくる単語「朝焼け」モルゲンロート(Morgenrot)とモーニングガウンのドイツ語モルゲンロック(Morgenrock)の発音が酷似していることから「スイスという女神がモーニングガウンを着て現れた」と揶揄する人もいる。
代替案は受け入れられるのか
これまでにも、スイスの代表的作家ゴットフリート・ケラーの「ああ、わが祖国」のテキストやヴィリヘルム・バウムガルトナーの「聖なるスイスの国よ」、ヘルマン・ズーターの「祖国よ、気高く美しい」などの詩を国歌の歌詞として使うといった数々の提案があった。86年にはチューリヒ州出身で右派のフリッツ・マイヤー下院議員が、フランス語圏の国民を尊重しアンリ=フレデリック・アミエルの詩「太鼓をたたけ」にしたらどうかと提案したこともあった。しかし、いずれの代案もさほど共感されることはなかった。
すでにある詩を利用するのではなく、国歌のために新しい歌詞と曲を作るという動きもあった。シーラーの演劇「ウイリアム・テル」から、リュトリの草原での3州の結団の誓いのシーンを歌にしたものや、スイス民謡という提案もあった。スイスの新しい国歌を作るための基金まで作られるほど、新しい国歌作りに湧いた時期もあった。基金が作った「国のために全力を尽くして役に立ちたい」という曲が98年10月、ルツェルン市で紹介されたが、翌年には基金が破産し、新しい国歌の導入計画は頓挫した。
というわけで、今ある国歌が別のものに取って代わるのは難しく、新しい国歌が歌われるようになるとしても、国民に広く受け入れられるようになるまでは相当な忍耐と時間がかかるようなのである。
swissinfo、ウルスラ・サンチ(SDA/ATS通信) 佐藤夕美(さとうゆうみ)意訳
- 19世紀末までスイスには国歌はなかった。
- 61年までは便宜上の歌で代用していたが、英国の国歌と同じメロディーだったため内閣は、現在の国歌を暫定的に国歌とし、81年に正式に国歌と定めた。
- 現在のスイスの国歌はレオンハルト・ヴィトマー作詞、アルベルヒ・ツゥィーシック作曲である。
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