スイスの視点を10言語で

AIに強いスイスの新スパコン、環境への影響は?

スパコンALPS
Keystone / Gaetan Bally

スイスは世界屈指の性能を誇る新スパコンAlpsの正式運用を開始した。大量のデータを処理し、科学研究やAIシステムを支えることが期待されている。しかし、スパコンは気候変動の抑制に貢献する力を秘める一方、汚染を引き起こし、大量のエネルギーを消費する。スイスのテクノロジーの飛躍を象徴するAlpsだが、その持続可能性はどう評価すべきだろうか。

人工知能(AI)がもたらす恩恵は、これまで複数の研究で示されてきた。たとえば、複雑な気候パターンを解析し、熱波の予測を補助してくれる。家庭や工場への効率的な配電方法を割り出すことで、再生可能エネルギーへの移行に不可欠な役割を果たすこともできる。しかし、AIには欠点もある。大量の電気と水をはじめ、システムの開発と運営に膨大な資源を費やすことだ。あまりに大きな環境負荷により、せっかくの恩恵が打ち消される恐れがある。

国際エネルギー機関(IEA)によると、AIの電力消費量は2026年までに23年比で少なくとも10倍に達する見通し外部リンクだ。英政府が公表した別の試算では、AI向けの計算処理のため世界で1年間に必要とされる電力量は、2026年までにオーストリアやフィンランドの年間消費量外部リンクに匹敵する水準になる。そして多くの場合、その電力は化石燃料に由来する。

米オープンAIの「チャット(Chat)GPT」をはじめ、文章や画像、音声を生み出す生成型AIが発展を続けるには、「エネルギーに関する飛躍的進歩」が必要だ。同社のサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)自身が、2024年の世界経済フォーラム(WEF)年次会合(ダボス会議)でそう認めている。ChatGPTの月間訪問者数は40億人に迫り、エネルギー消費量はすでに3万3千世帯分外部リンクに達している。米国内のある地区では、同社が置いたデータセンターのサーバー冷却水だけで地区全体の水使用量の6%を占めたこともある。

スイス連邦工科大学(ETH)は、世界屈指の性能を誇るスーパーコンピューター「アルプス(Alps)」を開発した。ChatGPTのようなチャットボット(自動会話プログラム)にも使われる大規模言語モデル(LLM)の支えとするためだ。同大の目標は、オープンソースで誰でも使えるAIシステムをつくり出し、気候・医療分野をはじめとする科学研究に役立てることにある。しかし、環境面ではどれほどのコストが生じるのだろうか。

電力需要のグラフ
swissinfo.ch

スイスの新スパコンは水力で動く

独立研究者のヴラッド・コロアマ氏によると、Alpsの性能は世界のスパコンの計算速度ランキング「TOP500外部リンク」で7位にとどまるが、環境負荷対策は米国の上位勢より優れている。コロアマ氏はデジタル分野の環境コンサルティング企業、ローゲン・センター・フォー・サステナビリティー(RC4S、チューリヒ)の創設者でもある。

Alpsは画像処理半導体(GPU)1万個を搭載し、平均で7千キロワットの電力を消費する。コロアマ氏の試算では、これは国内1万世帯分、スイス全体の0.09%に相当する。

おすすめの記事
スイスの新スパコンAlpsは5月発表の世界ランキングで6位をマークした

おすすめの記事

AIに強いスイスの新スパコン、科学向けに正式運用を開始

このコンテンツが公開されたのは、 世界最高レベルの性能を誇るスイスの新スパコンAlpsが運用を開始した。優れたAI対応インフラで、宇宙、気候、医療、新材料、創薬など、多様な分野の科学研究を強力に支援する。

もっと読む AIに強いスイスの新スパコン、科学向けに正式運用を開始

同氏は「(Alpsの消費電力は)風車2基で賄える。少ないとは言わないが、基礎科学研究の進歩のためなら正当化される」と語る。これに対し、世界最高性能のスパコン「エル・キャピタン(El Capitan)」の消費電力は2万9千キロワットと、Alpsの4倍を超える。しかも、電源は再エネではない。

アマゾンやグーグル、マイクロソフトのような大手テクノロジー企業は現在、必要なエネルギーの増加に対応するため原子力発電への投資に力を入れている。

しかし、スイス国立スーパーコンピューティングセンター(CSCS)のマリア・グラシア・ジウフリーダ副所長は「原子力を電源とするコンピューター施設をあちこちに建て続けるなど考えられない。クリーンな代替エネルギー源に目を向けなければならない」と指摘する。CSCS はAlpsを含む複数のスパコンを所蔵しているが、ジウフリーダ氏によれば電源は再エネで賄っている。

実際、Alpsは水力のみを電源とし、直接の二酸化炭素(CO₂)排出を最小限に抑えている。また、米国には緊急時のためディーゼル発電機を置くデータセンターが多いが、CSCSはバックアップ用バッテリーと貯水設備を採用している。ほかにも、冷却系統から出る温水を所在地のルガーノ市に供給している。

コロアマ氏は、Alpsによる年間CO₂排出量は推定でスイス全体の0.013%にすぎず、無視できる量だとしている。

スパコンの環境コスト

テクノロジー大手は現在、AI用スパコンに巨額の投資外部リンクをしている。たとえば、マイクロソフトはスパコン「スターゲート(Stargate)外部リンク」の開発に関連し、AIの訓練・実装を目的とするデータセンターに2025年外部リンクだけで800億ドル(約12兆6千億円)の設備投資予算を割り当てた。

アルトマン氏によると、AI用データセンターが必要とする電力は1カ所あたり500万キロワットで、原子炉5基分外部リンクに相当する。

AI用スパコンの市場規模グラフ
swissinfo.ch

コロアマ氏は、今後は用途を絞って規模と消費電力を抑えたAIモデルに注力すべきだと提言する。実際、スイスの科学者らはAlpsを使い、そうした小型・特化型のAIモデルを開発しようとしている。

しかし、AIが環境に及ぼす影響はデータセンターでのエネルギー消費だけではない。米カリフォルニア大学リバーサイド校のシャオレイ・レン准教授は「AI用データセンターはすでに公衆衛生に著しい影響を及ぼしている」と語る。

レン氏らが最近公開した査読前論文外部リンクの試算によれば、AIに起因した大気汚染がかかわる医療費は、2030年までに全米で200億ドルに達する可能性がある。これを自動車の排気による医療費と比較すると、カリフォルニア州の全車両と同じ水準になる。大気汚染は肺炎や肺がん、心筋梗塞といった疾患の一因だ。

米バージニア州アッシュバーンにあるアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)のデータセンター
米バージニア州アッシュバーンにあるアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)のデータセンター EPA/JIM LO SCALZO

持続可能な方策と社会的便益

CSCSはこうしたリスクを避けるため、大気汚染の主因となるディーゼル発電機を採用しなかった。ただし、レン氏はまだ改善点が残っていると指摘する。再エネを使い、冷却水を再利用してもなお、スパコンの影響は膨大だ。大量のエネルギーを食うせいで周辺の電力需給を逼迫(ひっぱく)させ、大規模な冷却系統を通じて水を蒸発させてしまう。同氏はAIがこれから進む道のりを語るうえで、自動車産業を引き合いに出す。当初はひどい汚染を引き起こしたが、そこから効率を高めてきたというわけだ。

レン氏に言わせれば、もっとうまいやり方はある。実際的な課題として、データセンターの立地には再エネと自然の冷媒が豊富に、しかも安価に手に入る場所を選ぶべきだ。たとえば、冷たい湖や河川、雪の多い地域、地熱冷却が使える地下などが候補となる。これを踏まえると、北欧諸国はコンピューター施設を国外に置くうえで理想的な場所と言える。CSCSのトーマス・シュルテス所長も、すでにこの方法への支持を公言している。

一方、同じCSCSのジウフリーダ氏は、北欧への立地は慎重に検討すべきだと主張する。「完全な支配が及ばない場所に重要なインフラを移転させることが本当に現実的なのか、これから考える必要がある」というのが同氏の見解だ。

おすすめの記事

10言語で意見交換
担当: Sara Ibrahim

人工知能システムが環境に与える影響、あなたは心配していますか?

AIが環境に与える影響は、あなたの行動に何か変化を与えていますか?

2 件のコメント
議論を表示する

コロアマ氏の見方では、スイスの取り組みの成否は何よりも社会的便益によって測られる。

同氏はChatGPTやグーグルの「ジェミニ(Gemini)」などの生成AIモデルについて、具体的な便益はAlpsより少ないが、消費する資源は著しく多いと指摘。「大がかりな科学・気候シミュレーションにはスパコンが欠かせない。一方、巨大で超強力なAIモデルにメール作成など些細な作業をさせることは、エネルギーの無駄遣いだ」 と主張する。

さらに、Alpsにはもっと多くの恩恵をもたらす力があると言い、「優れた科学研究には金がかかるが、社会全体に本当の価値をもたらすのなら、それだけの価値がある」と訴えている。

編集:Sabrina Weiss Veronica De Vore、英語からの翻訳:高取芳彦、校正:大野瑠衣子

人気の記事

世界の読者と意見交換

swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。

他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部