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AIとドローンで車椅子を制御、その可能性と問題点とは

横断歩道を渡る車いす
ロボット制御の車椅子で、安全かつ自律的に道路を渡る。開発者が抱える難題の1つだ Gaetan Bally

スイスの研究グループが人工知能(AI)とドローンで制御する車椅子の開発に取り組んでいる。障がい者がより自立した生活を送り、社会に溶け込めるようにするのが狙いだが、技術的、倫理的、法的な障害が立ちはだかる。

普通の生活を送り、自分が選んだ場所に住み、社会に溶け込めるようになること――それが生活のあらゆる面で障害のある人とない人の平等を求める「インクルージョン・イニシアチブ」の望みだ。

同イニシアチブによると、こうした基本的権利を持たない障がい者はスイスで170万人に上る。自由に移動できる「移動権」もその1つだ。

スイスのイタリア語圏ティチーノ州に位置するダッレ・モッレ人工知能研究所(IDSIA)では、スイス国内外から集まる複数の大学の研究者が、生活の中にある様々な妨げを技術的に解決すべく、日々研究を重ねる。同研究所が欧州連合(EU)・スイスから出資を受けるプロジェクトの1つに、ドローン制御の電動車椅子がある。

同プロジェクトを率いるフランチェスコ・フランミーニ氏は、「私たちのソリューションなら、身体や感覚に障害を持つ人たちが、物体のように運ばれるのではなく、自立して動き回れるようになる」と胸を張る。この「画期的」なアイデアの実現に向け、同氏は欧州の複数の大学と協力し研究に取り組んでいる。

プロジェクトの狙いは、通勤や通院、友人宅を訪れるといった日常的な移動を、障がい者が人の手を借りずに自分でできるようにする補助装置の開発だ。

フランチェスコ・フランミーニ氏
フランチェスコ・フランミーニ教授。ダッレ・モッレ人工知能研究所でTrustworthy Autonomous Systems (TAS) (高信頼性自律型システム)研究チームを率いる IDSIA

画期的な「スマート車椅子」

米ミシガン大学のベンジャミン・カイパース名誉教授(電気・コンピューター工学)は、「スイスの研究グループが開発中のスマート車椅子は、寝たきりで移動もままならない重度の障がい者にとって、非常に画期的だ」と語る。

同氏も長年、米国だけで200万~500万人いる障がい者の生活を少しでも楽にしたい思いから、知的なロボット車椅子の開発に取り組んできた。その際、特に重要視しているのは倫理的な問題だという。本当にロボットに自律的な作業を任せられるのか?「人間と二人三脚で使うロボットは、安心して使えるものでなければならない」(カイパース氏)

下の動画では、カイパース氏と学生2人が知的なロボット車椅子を紹介する(英語)。

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こうした倫理的な問題は、研究で生まれた革新的なアイデアの商業化を妨げる要因となっている。自律的な車椅子を開発するスイスと米国のプロジェクトはいずれも、実現まで長い時間がかかりそうだ。「課題は山積みだ。研究の実現には数年かかるだろう」(フランミーニ氏)

ベンジャミン・カイパース氏
米ミシガン大学電気工学・コンピューターサイエンス名誉教授、ベンジャミン・カイパース氏 University of Michigan

自立して道路を渡るのは難しい

車椅子の開発者が抱える難題の1つに、自律的かつ安全に道を渡るという問題がある。

フランミーニ氏の研究グループは、車椅子が雨や霧、視界不良といった現実に起こる様々な状況でも道を渡れるかどうか、シミュレーションを実施。その結果、少なくともソフトウェア上では精神障害や、視覚障害などの感覚障害を持つ人でもうまくいくと証明された。

この技術を支えるのは、自律走行車と同じく、車椅子に内蔵された一連のセンサーとカメラだ。このプロジェクトでは更にドローンの力を借りることで、道を渡るという判断を下す前に、様々な角度や視点から現場の状況や危険度を評価できるのが特徴だ。

フランミーニ氏は「ドローンの利点は、人間の視界から外れた場所にも飛んで行けることだ」と説明する。道路横断が安全かどうかは、リスク値を算出して判断する。

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ドローンは目障り?それとも安全には欠かせない?

だがカイパース氏は、フランミーニ氏が率いるスイスのプロジェクトの実現性に疑問を投げかける。「障がい者は人目を引くことを嫌う。しかし車いすにドローンが付いて回れば、どうしても目立ってしまう」。そのため、研究チームはこの点について潜在的なユーザーと意見を交換すべきだとした。

これに対しフランミーニ氏は、自走車椅子の安全な走行には、ドローンが取得するデータも含め、できるだけ多くのデータを集めることが欠かせないと主張する。「センサーが多ければ多いほど、より多くの情報が得られる。これはロボットの意思決定の信頼性を高めるために必要だ」

ドローンと共に横断歩道を渡る車椅子の男性
フランミーニ氏のチームが開発したドローン制御の車椅子。イメージ画像は生成AIが作成 Francesco Flammini / KI

「AIシステムの仕組みを理解していなければ信頼できない」

自律走行の列車や原子力発電所を制御するAIシステムは非常に複雑だが、同時に単純なルールに基づいて作動している。一方、車椅子を制御するAIシステムは複雑な環境の中で作動しており、意思決定のメカニズムを完全に説明できるわけではない。

だがシステムの仕組みが透明でなければ、事故の際、何が間違っていたのか、実際に何が起きたのかを判断するのは不可能だ。これは自律走行車にも当てはまる。「システムがどのように機能するのかきちんと把握していなければ、作業を任せられない」(フランミーニ氏)

同氏はこれまで、道路横断の際に用いる関数と同じような数式で大半のプロセスを説明し、この問題を解決しようとしてきた。しかし開発に使っているAIシステムはまだ一部ディープラーニング(深層学習)に基づいているため、データには往々にしてバイアスが含まれている。「例えばオオカミと犬を識別させる場合、AIのトレーニング画像に雪の中のオオカミしか使っていなければ、他の状況下でオオカミと認識させるのはほぼ不可能だろう」

倫理的・法的問題

システムの透明性の欠如は、機能的な問題に加え、法的な問題も引き起こす。エラーや事故が発生した場合、責任の所在を明らかにするのが難しいためだ。

フランミーニ氏は「エラーはどこにあるのか。ソフトウェアなのか、センサーなのか。事故の責任は会社にあるのか、それとも関係する第三者なのか。完全に把握できていないシステムは、デリケートな状況下では使えない」と言う。

信頼に値すると見なすためには、事故の確率が算出可能、かつ特定の閾値以下である必要がある。電車や飛行機で言えば「10億分の1以下」という厳しい安全基準だ。現状のAIシステムでは到底及ばない値だと同氏は話す。

この閾値を満たして初めて、ロボットが本当に信頼できるかが決まる。とりわけ人間とロボットが協同で作業する場合には焦点となる。

カイパース氏は、「ユーザーは、病院や職場へ連れて行ってくれるロボットに責任の一部を委ね、危険な状況の回避はロボットに任せて行動する。そのためには、ロボットは信頼できる存在でなければならない」と言う。

ロボットは同時に、階段や窓から飛び降りるといった、自発的あるいは非自発的な死に至る命令を拒否しなければならない。「これは倫理的に本当に重要な問題だ」

また、公共の場や都市部におけるドローン飛行を規制する法律が存在しないことも、フランミーニ氏のプロジェクトが直面するもう1つの課題だという。

ロボットは人間に奉仕する存在

こうした数々のハードルに屈することなく、フランミーニ氏の研究グループは自分たちの研究は正しい方向に進んでいると確信している。

「私たちの先見的で画期的なプロジェクトは、障がい者をサポートし、社会に溶け込み自律性を向上させる新しい展望を切り開く」とフランミーニ氏は言う。

一方カイパース氏は、科学調査のツールとしての用途がこのロボットには最も適しているとの見方だ。例えば環境を探索し地図を作成することや、人間と機械の相互作用を掘り下げる研究に活用することが考えられるという。「主導権を握っているのは、常に人間だ。ロボットは、あくまでも私たちに奉仕する存在でなければならない」

編集:Veronica De Vore 、独語からの翻訳:シュミット一恵、校正:ムートゥ朋子

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