スイス発ソーラー燃料、商業化に向け始動 最大の課題は「需要に追いつくこと」

脱炭素化に向け、航空各社はよりクリーンで持続可能な航空燃料(SAF)へと移行しつつある。スイスのスタートアップ企業シンヘリオンは太陽光から環境に優しい液体燃料を生むという画期的な技術を開発した。間もなくスペインで初の商業プラントの建設に着手する。

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スイスの新興企業の中でも、シンヘリオンは際立った存在だ。エネルギー転換が叫ばれる今、太陽光から持続可能な液体燃料を作るという画期的な技術を開発。既に主要な戦略的投資家から7千万フラン(約120億円)調達した。昨年これ以上の資金を調達できたスイスの新興企業は2社しかいない。
それだけではない。まだ日の浅いこの会社を力強く牽引するのは、新興企業に多い「流行に敏感な若手の技術オタク」ではない。同社を率いるのはハンス・ヘス氏(70)。スイスで最も経験豊富なビジネスパーソンの1人だ。
スイス連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)で機械工学を学んだ後、R&M、ブルックハルト・コンプレッション、コメット・グループなどの国際的な大手企業で役員を歴任。ライカジオシステムズのCEO(最高経営責任者)、スイスを代表する技術系・工業系企業団体「スイスメム工業会」の会長、さらにスイスの企業が構成する国内最大の経済連合「エコノミースイス」の副会長も務めた。
チューリヒのシンヘリオン本社で、swissinfo.chはヘス氏に独占取材を行った。不安定さが増す現代社会における資本調達の課題や、SAFの現状について聞いた。

swissinfo.ch:70歳という年齢で、シンヘリオンという若いテクノロジー企業の会長を務めるモチベーションは何ですか?
ハンス・ヘス:職業人としてのキャリアを終える前に、私がこれまでに培った経験を次世代のビジネスリーダーに伝えたいと考えています。私は常に産業、テクノロジー、ビジネスの成功に情熱を注いできました。今もシンヘリオンの若くダイナミックな経営陣と一緒に働くのを心から楽しんでいます。
起業前の準備段階にあるベンチャー企業を支えるシード投資家として、私はカーボンニュートラルに寄与するクリーンテック部門で有望な企業を探していました。シンへリオンに投資し、企業の立ち上げに半年間協力した後、創立者からの申し出を受け2020年12月に会長に就任しました。
共同投資家や顧客、パートナー企業の誘致も手掛けていますか?
会長としての私の主な役割は、戦略とガバナンスを監督し、成功のための適切な枠組みを構築することです。同時に、共同投資家の獲得に向け自分のネットワークを活用し、ハイレベルの政策立案者や顧客、サプライヤーと定期的にやり取りしています。つまり私は、自分の時間の約4割をシンへリオンに捧げる、(監督だけに留まらない)アクティブな非業務執行会長と言えるでしょう。

新興企業の多くは、事業を商業化できるか確信がないまま何年もかけて技術開発に取り組みます。シンへリオンは今、どの開発段階にありますか。生産規模を拡大し、経済的に持続可能な企業へと成長できるでしょうか?
昨年、ドイツで太陽熱燃料プラントの実証試験を成功させ、基礎的な技術的課題を全て解決しました。また、複雑なプロジェクトを予算・時間通り、仕様通りに実現できることも実証しました。間もなくスペインで小規模の商業生産プラント第1号の建設を開始します。稼働は2027年を見込んでいます。その後、より大規模なプラントを建設し、2030年までに持続可能な太陽熱燃料を年間10万トン生産する予定です。

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私たちのバックには経験豊富な産業界のパートナーがついているので、事業拡大には自信があります。むしろ安定して大きな需要があることの方が重要です。スペインのプラントで生産する燃料は、既に大半を予約販売済みです。残された重要課題は、必要な財源の確保です。
シンへリオンの太陽熱燃料に対し、特に航空燃料の分野で大きな需要があると見込んだ理由は?
航空業界は、各種の新規制に押される形で脱炭素化とエネルギー転換が進んでいます。特に欧州連合(EU)でその動きが顕著で、シンガポール、ブラジル、アメリカなどでもその傾向が強まっています。例えばEUの航空会社は、2030年までにSAFを6%以上使用しなければなりません。
主要ターゲットに航空部門を選んだ理由は、二酸化炭素(CO2)の排出量を削減する手段が他にないためです。電気自動車と違い、電動航空機が重いバッテリーを搭載して長距離飛行するのは現実的ではありません。SAFのもう1つの大きなメリットは、航空機や燃料供給インフラをそのまま利用できることです。航空機の電動化や水素燃料への切り替えとなると、そうはいきません。

新興企業は、実際に製品を市場で展開できるまでに予想以上の時間を要することがあります。シンへリオンの場合は?
新型コロナウィルス感染症(COVID-19)のパンデミックの影響で一部のサプライヤー(供給業者)に配送の遅れが生じ、1年ほどロスしました。現在、まだ当初の計画より半年遅れています。
swissinfo.chが2022年に行った前回の取材では、2030年までに燃料を年間8億7500万リットル生産する計画でした。これはスイスで年間消費される航空燃料の半分に相当します。この目標は達成できそうですか?
生産能力について現時点ではコメントできませんが、シンヘリオンは生産拡大に向け引き続き野心的、かつ現実的な計画を進めています。2030年までに太陽熱燃料を年間10万トン(1億2500万リットル)供給できる生産体制の構築を目指しています。
シンへリオンは既に投資金7千万フランを調達しました。スイス最大の自動車ディーラー・リース会社のAMAG、スイスインターナショナルエアラインズ(SWISS))、イタリアの石油・ガス大手ENI(炭化水素公社)、鉄鋼及び非鉄金属用途設備の世界的企業グループSMSグループ、セメント会社大手CEMEX(セメックス)といった国内外の名だたる企業が名を連ねます。自給自足できるようになるまで、あとどれだけ資金が必要ですか?
それは状況によって異なります。太陽熱燃料を年間10万トン生産できる大型プラントの立ち上げには、15億フラン必要です。石油・ガス大手が当社の技術ライセンスを取得し、プラントに直接投資してくれれば理想的です。そうすればシンへリオンは資金調達から解放されます。しかし恐らく、こうした企業の参加を確実に得られるまで、今後もビジネスとして成り立つことを実証し、共同投資を続ける必要がありそうです。
エネルギー転換に対する国際的な関心が高い今、シンヘリオンの資金調達は順調に進みましたか?
最初の資金調達は比較的簡単でしたが、2023年以降、私たちのような企業への投資が世界的に激減し、資金調達が難航しました。
クリーンテック投資が鈍化した原因は、世界的な金利上昇に加え、経済、政治、規制などの先行きが不透明だったためです。クリーンテック・プロジェクトは初期の設備投資に多額のコストが発生し、資金の回収期間が長くなるため、こうした状況下では資金調達がより困難になります。
持続可能な燃料には批判的な声もあります。土地利用に大きな影響を与えるといった批判から、環境汚染の根源である産業の存続に繋がる、他の場所で気候変動緩和プロジェクトに利用できる支援金を横取りし世界的な排出削減目標達成の妨げになるなど、様々です。シンへリオンの技術的ソリューションは、バリューチェーン全体で大幅なCO2削減を達成していますか?
もちろんです。そこが重要だと思っています。私たちの太陽熱燃料には「太陽エネルギー、水、炭素源(CO2)」という3つの原料が必要です。炭素源は農業から出るバイオ廃棄物を利用しています。そのため日照と水が豊富で、農地に近く、かつ農業の邪魔にならない場所にプラントを設置する必要があります。もちろん、生産した燃料を工場から空港まで輸送する必要がありますが、燃料はエネルギー密度が高いため、大した問題ではありません。また石油・ガス産業が使う既存の燃料供給ネットワークを利用できます。
商業的な大型プラントの立ち上げに向け、農業にはあまり適さない「限界地」を探しています。私たちの条件を満たし、かつ農地を移転させる必要のない場所です。こうした物件をヨーロッパで見つけるのは難しく、スイスではさらにハードルが高くなります。現在、モロッコを検討中です。ここはCO2排出量を推定85%削減できる条件が全て揃っています。重要なのは、この削減量を正確に数値化することです。シンへリオンが(持続可能性を謳うだけで中身の伴わない)グリーンウォッシングと異なるのはその点です。
シンへリオンの重要な特許のいくつかは、連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)外部リンク、スイス連邦材料試験研究所(EMPA)外部リンク、スイス南部応用科学芸術大学(SUPSI)外部リンクなど複数の学術パートナーが所有しています。どのようにイノベーションを保護していますか?
知的財産権の保護は最優先事項です。将来的にはライセンスを獲得する予定です。シンへリオンはETHZのスピンオフとして立ち上げられ、同大学が所有する特許の一部を使用していますが、独占ライセンス権を確保しています。さらに20の特許ファミリー(同一の特許出願について各国で権利化された一群の発明)を所有し、50人の従業員が培ったノウハウも重要な財産です。特許さえ取れば今後も安泰、というわけではありません。スピーディー、かつ絶え間ない技術革新が不可欠だと認識しています。
シンへリオンは主に外国の産業界と協力してビジネスを展開していますが、最初の顧客としてスイスの航空機メーカーPilatus(ピラトゥス)、SWISS、フィアヴァルトシュテッテ湖汽船会社、チューリヒ空港、AMAGグループといったスイス企業を選びました。
当初から、事業拡大を牽引できる産業界の国際大手を探していました。しかしパイロット・プロジェクトでは緊密な協力関係が欠かせないため、スイス企業の方が理にかなっています。とは言え、中にはSWISSやAMAGのように、ルフトハンザ航空やフォルクスワーゲン・グループといった国際企業と繋がっている企業もあります。

主な競合相手は?
私たちにとって重要なのは、競争に勝つことより需要を満たすことです。持続可能な燃料は、国際規制が求める量に供給が追いつかないことが予想されます。主な競合はHEFA(水素化処理エステル・脂肪酸)です。廃食油・獣脂・非可食植物油などを水素化処理してSAFを製造する技術です。既に商業的に確立されており、年間10万トン生産できるプラントが存在しますが、原料の調達には限界があり、間もなく生産量の上限に達する見込みです。そのため私たちの太陽熱燃料のような次世代燃料が必要なのです。
最初のプラント2カ所はドイツとスペインに白羽の矢が立ちました。この決定はEUの補助金と関係ありますか?
いいえ、EUの補助金は受けていません。実験的なプラントにドイツを選んだのは、ドイツ航空宇宙センター(DLR)外部リンクのインフラを手厚いサポートのもと利用できたからです。最初の商業プラントにスペインを選んだのは「限界地」があり、日照条件が良いためです。
持続可能な燃料は化石燃料より安く生産できますか?
いいえ。しかし(シンへリオンの太陽光燃料は)持続可能な代替燃料の中では競争力があります。製造コストはフルスケールで1リットル当たり約1ユーロ(約160円)を目指します。これは化石燃料の2倍です。しかしパリ協定の目標を達成するためには、いずれクリーンで持続可能な燃料に移行せざるを得ません。先ほど言ったように、EUでは2030年以降、航空燃料の少なくとも6%をSAFにする必要があります。まだその割合が低いことから、全体的なコスト上昇は最小限に留まるでしょう。

※ヘス氏とのインタビューは、クリーンエネルギー事業への投資縮小を進めるドナルド・トランプ米大統領の就任前に行われました。
編集:Virginie Mangin/ac、英語からの翻訳:シュミット一恵、校正:大野瑠衣子

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