クレディ・スイス行員をアメリカ当局が告訴
クレディ・スイス銀行 ( Credit Suisse ) の現行員および元行員計4人がアメリカで告訴された。脱税問題が再びスイスを襲い始めた。
UBS銀行の脱税問題の後、スイス当局は不正利益の中枢の浄化に努めてきたが、再び外国の税捜査当局が法的手段を利用してUBS以外の銀行を攻撃しないよう阻止できなかった。
UBSは氷山の一角
2月23日にドイツでもクレディ・スイス現地法人の行員1人が逮捕され、ドイツ検察は複数の現地法人事務所の一斉捜査を行った。同日アメリカ司法省は別件でクレディ・スイスのアメリカ法人勤務だった現・元行員を告訴した。
資産管理・税金処理専門のアメリカ人弁護士アッシャー・ルービンスタイン氏は、米司法省の最近の動向を、2008年のUBSの告訴とその後の交渉取引の成功に結びつける。同行は7億8000万ドル ( 約695億円 ) の罰金の支払いを命じられた。さらにスイス政府は何千人ものUBSのアメリカ人顧客の情報を1年後にアメリカ当局に引き渡した。これによってスイスの銀行の守秘義務は実質的に崩壊した。
「UBSは氷山の一角に過ぎず、ほかのスイスの銀行も同じことになると2009年の時点で分かっていた。そしてその時がやって来た」
とルービンスタイン弁護士は語った。さらに
「程度の差はあれ、スイスのほかの銀行も脱税をほう助してきたと長年考えられてきた。そしてアメリカ歳入庁 ( IRS ) は現在それらの銀行を捜査している」
と付け加えた。
銀行員の罪は銀行の罪
先週アメリカのバージニアの連邦大審問は、アメリカ市民の脱税をほう助した容疑でクレディ・スイスの資産管理アドバイザー4人を告訴した。彼らのうち3人はすでに同行を退職したが、4人は合計30億ドル ( 約2670億円 ) 相当のオフショア口座数千人分を開設した容疑がかけられている。
司法省を告訴に踏み切らせた証拠は内部告発者からのものではなく、アメリカ当局に以前すでに譲渡されたUBSの顧客情報か、2009年に約1万5000人の脱税者確定に成功したアメリカのタックス・アムネスティ ( 税金恩赦 ) の情報から出てきたものと思われる。
クレディ・スイスは、今回の告訴が同行に対して向けられたものではなく、それら4人の個人に対するものだと説明し距離を置いている。また、同行はアメリカ当局に協力しているとも明言した。
起訴された4人のうち1人は、アメリカ当局に対する協力もアメリカでの裁判への出席もしないと2月27日にアソシエティッド・プレス ( Associated Press ) に語った。さらにドイツ語圏の日曜紙「デア・ゾンターク( Der Sonntag ) 」とのインタビューではアメリカ当局の批判もしている。
アメリカの会社法では、社員の違法行為により雇用主の企業も罪を問われるとアメリカの税金専門弁護士スコット・ミッチェル氏は言う。
「もし社員または社員の一団が仕事に関連する違法行為を犯したことが発覚した場合、その企業自体も罪を犯したとして起訴される」
もしクレディ・スイスの4人の社員の告訴が交渉取引による解決に至らず裁判に持ち込まれた場合、4人の雇用主であるクレディ・スイス自体を告訴するかどうかは司法省の判断によって決まる。
スイスはクリーンになりつつある?
ミッチェル弁護士によると、裁判になった場合、検事は上級管理者が社員個人の違法行為を奨励したのか、または銀行のコンプライアンス ( 法律順守 ) システムに過失があり緩すぎたのかを判定する。またそれらを証明する証拠が存在しないとしても、クレディ・スイスは依然として責任を免れることはできない。しかしアメリカ当局からは寛大な処置が得られるかもしれない。
UBSの事件の後、スイスは身を濯 ( すす ) ぐことを誓った。アメリカとの取引に応じてUBSの顧客情報を譲渡した上、税金詐欺容疑の調査のために法的な面で相手国に一層協力することを約束した。そして現在、一連の二重課税条約改定について交渉中だ。
しかしミッチェル弁護士は、アメリカ当局の最近の強引な法的戦術は、スイスが行いを改めるよう十分な努力をしていると完全に納得していないことの表れだと言う。
「スイスの銀行の中には、行員が顧客に隠し口座を申告しないようアドバイスすると同時に、スイスとアメリカの両政府が進展に向けて交渉中の情報開示への努力を妨げているものもあると見られている」
ドイツで一斉捜査
最近アメリカのメディアは、バーゼル州立銀行などスイスのほかの銀行と現在も続いている脱税取り締まりとを関連付けた報道を行っている。
今回クレディ・スイスの行員の告訴が行われた2月23日は、新タックス・アムネスティ・プログラムの開始が発表されたわずか数週間後で、これは偶然ではないとミッチェル弁護士は指摘する。2009年のプログラムの成功の大部分は、その1年前に起きたUBSの告訴が貢献したものだ。
一方ドイツでは、先々週にクレディ・スイスドイツ法人の複数のオフィスに一斉捜査が入った。ドイツ検察による捜査は昨年に続き2回目だ。昨年の捜査は、2月にドイツの税当局がスイスの銀行から盗まれた顧客情報のディスク数枚を買い取った後の7月に行われた。
スイス政府は昨年末に、ドイツとイギリスの両国政府と特別協定を結ぶよう協議すると発表した。これは両国人の顧客のオフショア口座の源泉徴収税の支払いについての協定で、今後の源泉徴収税および過去の未納分も遡ってそれらの口座を開設したスイスの銀行が支払うよう義務付けるものだ。
クレディ・スイスの重役ブレディ・ドウガン氏は、同行は他国の規制に完全に準拠していると過去2年間繰り返し述べてきた。この主張の真偽は今後アメリカやドイツの税当局によって問われることになる。
スイスでは、銀行の守秘義務が1934年に法制化された。金融危機発生以来、スイスの銀行が顧客の脱税と資産隠匿ほう助をしていると他国から批判攻撃を受けている。
2009年4月に経済協力開発機構 ( OECD ) は、捜査に非協力的な租税回避地を列挙した「グレーリスト」にスイスを加えた。
スイスが二重課税条約について数カ国と再交渉した6カ月後、グレーリストからスイスの名は削除された。
2011年2月にスイス政府は法的支援供与の条項をさらに緩和したが、犯罪の証拠が無い場合顧客情報を脱税捜査官の手に譲渡することは拒否した。
スイスにとって最大のダメージとなった脱税事件は、UBS銀行のアメリカ法人の告訴とその後に続く政府間交渉、訴訟取り下げだ。2009年2月にUBSは、アメリカ市民の脱税ほう助を認め7億8000万ドル ( 約695億円 ) の罰金の支払いを命じられた。また285人分の顧客情報をアメリカ当局に譲渡した。
スイス連邦議会は4450人分の顧客情報をアメリカ当局に譲渡する2009年の協定を2010年6月に承認した。これはUBSに対して壊滅的な訴訟が起こらないようにする防止措置で、スイスの銀行守秘義務は実質的に崩壊した。
過去2年間にスイスの複数の銀行から顧客情報の入ったCD数枚が盗み出され、外国の税捜査当局へ売却された。
2009年にジュネーブのHSBCプライベート・バンクの元社員が顧客情報をフランス当局に譲渡して逃走した。
またドイツ当局もスイスの銀行の顧客情報が入っているCDを数枚購入し、これがドイツ国内のクレディ・スイス事務所の2回にわたる強制捜査に結びついた。
昨年スイス政府は、ドイツ人とイギリス人顧客のオフショア口座の源泉徴収税をスイスの銀行が支払うよう義務付ける協定を両国政府と協議することに合意した。
( 英語からの翻訳 笠原浩美 )
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