スイス鉄道 古い線路でどこまで走る?
スイスの公共交通網の目は非常に細かい。道路だけではなく、連邦政府は鉄道のインフラも拡充に拡充を重ねてきた。だが今、その維持が危ぶまれている。
それは「スイス政府が過ちを犯したからだ」と連邦工科大学チューリヒ校 ( ETHZ )交通計画・輸送システム研究所のウルリヒ・ヴァイトマン教授は過去の政策を批判する。
道路から鉄道へ
スイスでは年々人口が増加しているほか、人々の移動距離や移動頻度、あるいは貨物交通の需要も増え続けている。ヨーロッパの中央に位置するため外国の大型輸送車の出入りも多く、1年間にアルプスを縦断するトラックの数は、ゴッタルド道路トンネルが開通した1981年の約30万台から2000年には約140万台へと、20年足らずで5倍近くに激増した。
そのため連邦政府は、特にアルプス一帯の環境保護を目的に貨物交通を道路から鉄道へ移行させることにした。そのかいがあって、この政策が実施に移された2000年以降、アルプスを縦断する車両の交通量は減少の傾向にある。しかし、これが「スイス連邦鉄道 ( SBB/CFF ) 」への負担を強いる原因の一つになった。政府は鉄道のインフラ整備を現在も続け、複数のトンネル建設が含まれるアルペン縦断鉄道 ( NEAT/NLFA ) に総工費186億フラン ( 約1兆4400億円 ) 、防音対策に13億フラン ( 約1000億円 ) 、人口集中地区の鉄道網の拡張に約60億フラン ( 約4600億円 ) の資金を投入した。
またスイス連邦鉄道も、鉄道網の品質向上を目指した「バーン2000 ( Bahn 2000 ) 」計画を1987年に開始しており、スピードと接続性の向上、車両のモダン化を促進している。しかし、予算オーバーで実現できないプロジェクトが現れたこともあり、今年はさらなる拡張計画「バーン2030 ( Bahn 2030 ) 」実施の最終的な決定が待たれている。
新規拡張を優先
スイス連邦鉄道は2000年から2030年の間に旅客輸送で45%、貨物輸送で85%の増加を予想し、現在もすでにジュネーブ ― ローザンヌ間やベルン ― チューリヒ間で朝夕のラッシュ時の大混雑が問題になっている。このような状況ではインフラの拡張は必至だ。しかし、インフラを拡張すれば、必ずそのメンテナンスが必要になってくる。メンテナンスをしっかりしないと、遅かれ早かれそのツケが回ってくるのは火を見るよりも明らかだ。ところが、スイス連邦鉄道は拡張に予算の大部分を費やしてしまい、メンテナンスまで手が回らない。
「確かにこの15年間、スイス連邦鉄道は拡張に非常に力を入れてきました」
とヴァイトマン氏は言う。昨年、スイス連邦鉄道は包括的なインフラ検査を実施したが、その際、特に線路のメンテナンスが不十分であることが明らかになった。
「これらをすべて補修すると、その費用は10億フラン ( 約800億円 ) 以上になります」
政府と連邦鉄道のミス
ヴァイトマン氏によると、10億フランかけて過去に済ませておくべきだったメンテナンスを一挙に終えたとしても、この先続けて十分なメンテナンスを行うには毎年さらに2億フランから3億フラン ( 約160億円から240億円 ) の費用がかかる。その上、これからスイス連邦鉄道は法改正による設備のバリアフリー化を推進し、安全面の強化も図らなければならない。また、インフラが増設され続けているため、補修されるべき施設の数も増えるばかりだ。これらのメンテナンス費用がどこから出てくるのか、今のところ誰も知らない。
ヴァイトマン氏は、このような状況に陥ったのは連邦運輸省交通局 ( BAV/OFT ) とスイス連邦鉄道が正しい判断を行わなかったからだと批判する。
「鉄道需要の伸びは20年前のほぼ予想通りです。ですから、メンテナンスにかかる費用に関しても明白な数字を出し、それに沿った対策を立てられたはずなのです。それを怠ればこうなることは当時から分かっていました」
このようなメンテナンス不足が大きな事故などに繋がる恐れはないのだろうか。ヴァイトマン氏は「それはない」と即答する。
「安全面で一番大切なのは車両ですが、その予算はインフラ整備とはまったく別枠なのです」
だが、転轍 ( てんてつ ) 機や信号の故障で業務に影響が出るケースが増えている。
「電車がいつも同じ場所でスピードを緩めるときは、実はその部分の線路が古過ぎるからなんですよ」
とヴァイトマン氏は明かす。現在、スイス連邦鉄道路線にはそのような箇所が20カ所前後あるという。
「優れた鉄道網には一つもないものです。スイスにも数年前まではありませんでした。こうした難点は氷山の一角でしかなく、ここに潜む問題は奥深いものなのです」
小山千早 ( こやまちはや ) 、swissinfo.ch
スイス連邦鉄道は完全国営であり、インフラ予算は「経常費の合意 ( Leistungsvereinbarung ) 」と呼ばれる連邦政府国鉄予算枠と「公共交通機関のインフラ整備とその費用に関する連邦決議 ( FinöV ) 基金」の二つから出る。
「経常費の合意」は1999年の鉄道改革以降4年に1度協議され、1990年から現在まで、鉄道網の小規模の整備や維持に年間約15億フラン ( 約1200億円 ) が充てられている。投入対象がはっきり決められていない予算枠があるが、これまで整備ではなく拡充につぎ込まれてきた。現状では、ここから線路の補修費用を引き出す余裕はない。
「公共交通機関のインフラ整備とその費用に関する連邦決議基金」は1998年に設立された。財源は付加価値税、大型車両通行税 ( LSVA ) 、鉱油税で、年間約16億フラン ( 約1300億円 ) の収入がある。もともと「バーン2000 ( Bahn 2000 ) 」計画、アルプス越えの通過交通、鉄道の高速化などの大プロジェクト費用として投入先が決められており、インフラ維持に充てられる枠はない。
年間費用は約9億フラン ( 約720億円 )
各施設の年間の平均支出は走行区間1mにつき
線路:約72フラン ( 約5700円 )
転轍機:約68フラン ( 約5400円 )
信号機、信号扱い所:約55フラン ( 約4400円 )
橋、トンネル:約37フラン ( 約2900円 )
緑地帯:約27フラン ( 約2100円 )
架線:約19フラン ( 約1500円 )
エスカレーター、標識:約14フラン ( 約1100円 )
線路計測車、検査:約6フラン ( 約480円 )
ヴァイトマン氏は三つの可能性を挙げる。
1. 鉄道運賃の値上げ。運賃はこの数年間据え置きされており、過去10年間で見ると、実質的には約15%値下がりしているとヴァイトマン氏は推計する。運賃を15%値上げすると年間3億から3億5000万フラン ( 約240億円から280億円 ) の増収となる。現在の年間定期 ( GA ) や半額定期 ( Halbtax ) の料金はほかの国と比べると非常に安価であるため、これらの定期の金額を引き上げるのも一案。
2. 新築計画の見直し。「バーン2030 ( Bahn 2030 ) 」計画では、複数のトンネル建設やサービスの拡充が考慮されている。
3. メンテナンスの合理化。例えば、現在は電車を走らせたまま夜間のみ線路工事を行っているが、このやり方では夜間の割増賃金など非常に多くの費用がかかる。そのため、該当区間を一定期間不通にして工事を行うようにする。
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