切れる! 日本の包丁の人気
スイスでは最近になって日本製の高級包丁が売り出されるようになった。スイスアーミーナイフが世界的に有名なスイスで、日本の包丁に市場参入のチャンスはあるのか。
高級キッチン用品店で日本の包丁の良さを若いプロの料理人や料理が趣味の一般消費者に説明して歩くミヒャエル・バッハ氏に、スイスの包丁事情を聞いた。
道具としての魅力
スイスの都市にあるデパートやキッチン専門店では、切れ味の良さと高級感をアピールするかのように、鍵のかかったガラスのショーケースに日本製の包丁が展示されている。「セコ ( CeCo Ltd ) 」の社長、バッハ氏がスイスに輸入する日本の包丁の中で最も人気の三徳包丁 ( 万能包丁 ) は259フラン ( 約2万2000円 ) 。従来のヨーロッパ製の包丁の約2倍以上の値段だ。刃金ではないので錆びにくく、折り返し鍛錬が32層の刃で、硬いダマスカス合金の包丁というのがキャッチフレーズで、不況とは関係なく「喜びを持てる、自分の分身と思える物にお金を使いたいと思う消費者」に売れているという。
バッハ氏はもともと時計技術者で、時計にハイテックセラミックを利用するため、日本の技術を求めていたところ、セラミック包丁に出会った。スイスではまだ知られていない包丁だった。6年前にインターネットなどを通して販売したところ、セラミック包丁とは別に、高級包丁の需要があることを発見したという。
「サムライの刀というイメージにつながりました。食材を繊細に切るために独特の製造方法で作られているということが、スイスの消費者にも知られていて魅力になっていることが分かり、これはニッチ市場だと思いました。いまやスイスの「ヴィクトリノックス ( Victorinox ) 」がカバーしない高級包丁市場は私が輸入する日本の包丁が占めています」
現在、ダマスカス合金の包丁を買い求めるのは8割が男性。女性にはセラミック包丁が人気だという。
「男性は、道具として見ています。日本刀と結び付け、品質の高いものを求めます。一方女性は、軽くて切ったときに料理に鉄の匂いや鉄の味が移らないセラミックに魅力を感じるようです」
刀の収集家の需要もある。こういった人たちには完全に手作りで刃に模様が美しく現れている包丁が売れる。バッハ氏はこうした20万円以上もする商品も、年間40本から50本売りさばくという。
切れ味
男性も女性も切れ味に魅了され、日本製の包丁を買っていくと言うバッハ氏によると「ヨーロッパ人は包丁を手荒く扱うものだと思っていた」。肉屋が大きな包丁で骨ごと牛肉を叩き切るというイメージだ。
「例えば日本の包丁はりんごを薄く切ることができる。ヨーロッパのナイフであれば、りんごを割るようにして切る」
日本製の包丁は、ヨーロッパのナイフと比較して非常に薄く研がれている。これが切れ味のよさにつながっている。日本の包丁をスイスで専門に研ぐ「エルゼナー刃物鍛冶 ( Elsener Messerschmied AG ) 」のフィリップ・エルゼナー氏は、ドイツの刃物の町ゾーリンゲンで4年間修行した。ヨーロッパにも鍛冶で作られた包丁はあったが、包丁メーカーの工業化に伴って廃れてしまったと、ヨーロッパの包丁史をかいつまんで説明する。
「ヨーロッパの包丁も切れることは切れます。しかし、硬さが日本の包丁とは違い、すぐ切れなくなってしまうのです。日本の包丁の切れ味を知ったら、これ以外に無いと思うのではないでしょうか」
以前から日本の包丁の質は高く評価されていたものの、鉄の味や匂いが食材に移ったり、錆びやすいために手入れが大変であることや、刺身包丁などのように片側だけしか研がないため、熟練した料理人しか扱えないといったことが難点だったが、こうした点も日本のメーカーは解決した。こうして、一般消費者にも楽に扱える包丁がスイスでも売られるようになった。
エルゼナー氏も、スイスのコックや一般消費者は「日本の包丁の手工業の魅力に特別なものを感じて」使っているようだと言う。
スイスの消費者には包丁の啓蒙が必要だとバッハ氏は認める。
「テレビの料理番組でスター的な料理人が使っている包丁を見ているにもかかわらず、一般家庭で使われるのは相変わらず小さなナイフ。また、大きな包丁を買いたいと店に来る一般消費者は、ヨーロッパの肉切り包丁を買ってしまう。ところが家庭で包丁で切るのは8割が野菜です」
バッハ氏は若いコックたちにも日本の包丁の魅力を「伝道」している。食材のもともとの味や食感を生かした料理や日本料理への興味が高まるにつれて、日本の包丁に注目するようになったのだ。世界選手権で優秀な成績を収めているスイスの若いコックたちの手には現在、日本の包丁が握られている。
swissinfo、佐藤夕美 ( さとう ゆうみ )
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