規制当局は経営を代われない
スイスは「大きすぎてつぶせない」金融機関の経営リスクをどのように軽減するべきか?スイスの経済団体「エコノミー・スイス」の首席エコノミスト、ルドルフ・ミンシュ氏は小規模銀行などに規制の網を広げすぎないように注意すべきだとみる。
クレディ・スイス(CS)の崩壊を受けて、銀行規制を早急に強化するよう求める声が上がっている。だが2008年の金融市場危機後にも抜本的な規制強化を施したが、CSを救うことはできなかった。
(2012年に導入された)「Too big to fail(大きすぎて潰せない、TBTF)」規制外部リンクでは、「システム上重要な銀行」に対する自己資本比率と流動性要件が大幅に引き上げられ、危機発生時にはそうした銀行を確実に清算できるよう予防措置が講じられた。破綻すると経済全体や世界の銀行システムの崩壊を引き起こすほど大きな規模に銀行が育つことは許されなくなった。
CSはこれらの規制要件を満たし、十分な資本と流動性を持っていた。それでも2023年初めに困難に陥り、同3月には連邦内閣(政府)が介入しなければならないほどに悪化した。だが備えてあったTBTF規制に基づいてCSを清算せず、UBSに買収させることを決めた。
今、CSの大失敗から何を教訓とし、どのように銀行規制を進展させるべきなのだろうか?
経営責任
まずはCS危機から得た教訓から見てみよう。世界のいかなる規制も、経営者のミスにより銀行が苦境に陥るのを防ぐことはできない。企業経営の中心的な課題は企業を長期的に安定させ、荒波を乗り越えることだ。
規制当局がこの任務を代わりに引き受けることはできない。あるビジネスモデルがうまく機能するかどうかについて責任を負うこともできない。できるのは、存在する規制の条件に従ったコンプライアンス(企業統治)が採られているかどうか確認することだけだ。
CS崩壊の最大の原因は、会社の経営陣が信頼を失ったことだった。規制をさらに複雑・細かくしても役に立たず、むしろ全体像がぼやけてしまう可能性がある。
マイクロマネジメント(細かい管理)を強化したり、会社役員室の外で専門家が議論したりすることは、コンプラ改善に大きく資すると言える。だが一方で、重大リスクに対する企業自身の注意力が落ち、誤った安心感を持ってしまう恐れがある。
規制対象を金融市場全体、あるいは経済全体に広げようとすれば、別の大きな落とし穴が潜む。例えば保険会社のビジネスモデルは銀行よりもリスクが低いからだ。
銀行が融資すればお金が創出され、市場に流通するお金の量が増える。一方、保険会社による融資は資金供給量を変えない。つまり顧客が多額の預金を引き出した時の脆弱性は、銀行に比べずっと低い。
保険会社は銀行にあらず
規制対象の拡大はビジネス領域に深刻な危険をもたらす。TBTFに当てはまらず、銀行ほどのリスクも抱えていない保険会社などにも厳しい規制がかかってしまう。
UBSによるCS買収が、将来類似の危機が起こるのを避けることだけに焦点が当たるような状況を招いてはならない。経験則によれば、今後起きうる全ての危機は(起こらないことを願うが)、これまで起きた危機とは異なる展開を辿る。
ある分野で不必要に規制を強化すれば、別の分野でリスクが高まる可能性すらある。このため、システム全体の安定性に焦点を当てることが重要だ。
どんな状況でも、規制当局に企業経営の代役を強制してはならない。またマイクロマネジメントの強化や、保険会社などへの規制対象の拡大も許されない。規制は過去の危機ではなく、将来の危機に焦点を当てなければならない。
グローバル銀行の必須要素
危機を予防するには、単に規制を強化すればいいというものではない。何を避けるべきかを明確に定型化するのは簡単だが、何を為すべきかを見極めるのは困難だ。以下に、骨格となるべき方策を挙げる。
- 第一に、システム上重要な銀行の再建のために、連邦政府が緊急立法なしでも必要な措置を取れるようにする。そのためには、国際的に認知された流動性供給手法「公的流動性バックストップ」を法定化する必要がある。
- 第二に、規制当局はリスクに基づく経営をこれまで以上に重視しなければならない。前述したように、それは単なる規制強化ではなく、金融の安定に対するリスクが最も高いところに優秀な専門家を配置する形で規制当局が監督権限を行使することだ。
- 第三に、スイスのTBTF規制の修正には国際的な調和が不可欠だ。スイスは孤島ではない。新規則が国際基準から外れれば、スイスは競争力を失うリスクを負う。
- 第四に、スイス国立銀行(中央銀行、SNB)の独立が維持されることを保証しなければならない。SNBが政治家の手先になれば、金融政策の安定が危うくなる。SNBの流動性供給体制は批判的に検証され、必要なら全体的な対策の一部として最適化される必要がある。
- 最後に、企業経営者の責任をどう強化させるか、明確にすることが必要だ。経営陣は経営上の不適切な意思決定がどのような影響をもたらすか、自身の財布で感じなければならない。情報や噂、虚偽の主張が急速に拡散することにも対処が求められる。短期間で顧客の預金引き出しが殺到し、銀行の健全性を揺るがす可能性があるためだ。
なぜこうした改革を実行する必要があるのか?繰り返し主張されているように、そもそもスイスは大手銀行にとって小さすぎる国なのではないだろうか?答えは明白だ。私たちは、大手グローバル銀行がスイス国外で操業できるよう、信頼できる枠組みを保つことにあらゆる関心を持っている。
スイスの大手銀行は経済全体にとって非常に重要だ。エコノミー・スイスは、スイスが将来的に少なくとも1行の大手グローバル銀行の本店が置かれるべきだと考えている。他の経済分野を織りなすサービスの多くにとってそれが不可欠だからだ。大手国際銀行は、金融業界の支柱の1つだ。
※この記事は純粋に著者の見解であり、必ずしもswissinfo.chの見解を反映しているものではありません。
英語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:宇田薫
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