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スイスがいまだ砂糖税導入を拒む理由

砂糖
スイスは今後も砂糖税を導入しない方針だ © Keystone / Christian Beutler

肥満など国民の健康問題を抑制するため、砂糖税を導入する先進国が増えている。だがスイスは利益団体の強力なロビー活動に阻まれ、実現に至っていない。

スイス連邦議会の国民議会(下院)は2月、砂糖の消費量を減らすための提案2件を否決した。ジュネーブ州とフリブール州が提起したイニシアチブ(下段参照)で、フリブール州は▽栄養成分表に砂糖の含有量を表示▽読みやすく即座に理解できる糖度表示の義務化−−を、ジュネーブ州は加工飲料・食品に加える砂糖の量を制限するよう求めていた。

スイス連邦憲法外部リンクは、国内の26州は連邦議会に対しイニシアチブを提出する権利を持つと定める。各州はこのイニシアチブを使って、議会の委員会に対し、本会議に提出する法案作成などを提案できる。

2件のイニシアチブが却下されたのは、これらの問題は既存の関連法改正で解決できるほか、そもそも国が介入すべきではないというのが理由だ。全州議会(上院)でも2021年に否決されている。

砂糖税導入の提案を議会が退けたのはこれが初めてではない。公衆衛生の観点から砂糖への規制を求める訴えは2017年以来、連邦内閣と連邦議会でいずれも否決されてきた。州レベルではヴォー、ヌーシャテル、そしてジュラ州が同様の案を却下している。

2017年、ヌーシャテル州は製造工程で添加される砂糖に課税することを求めたイニシアチブ外部リンクを連邦議会に提出したが、18年に上院が否決。翌19年に下院でも否決された。

砂糖税は清涼飲料などに対し、砂糖の含有量などに応じて課税するもの。砂糖の消費を抑制することで肥満や糖尿病、そしてスイスの死因の上位を占める心血管系疾患のリスク低下が見込めるため、世界保健機関(WHO)が各国に砂糖税の導入を呼びかけている。

2024年までに砂糖含有量を10%削減

2件のイニシアチブを審議したのは国民議会の科学・教育・文化委員会だ。砂糖税に反対する委員会メンバーはどのような意見だったのか。

右派・急進民主党(FDP/PLR)のフィリップ・ナンタルモ議員(ヴァレー州)は2015年に連邦内務省食品安全・獣医局(BLV/OSAV)が提起した「ミラノ宣言」に言及した。2018年末までにヨーグルト、朝食用シリアルに含まれる砂糖の量を段階的に削減することを目指したもので、小売大手のコープやミグロ、食品大手のネスレなど10社が署名した。同氏は「ミラノ宣言のおかげで朝食用食品の砂糖含有量は既に削減できている」と主張する。

フィリップ・ナンタルモ議員
フィリップ・ナンタルモ議員 Keystone / Anthony Anex

現時点でこの宣言に署名したスイスの企業は24社に上る。今年2月には宣言の対象が拡大され、清涼飲料と乳酸飲料、カッテージチーズが品目に加わった。署名した企業は2024年末までにこれらの製品の砂糖含有量の10%削減を目指す。

同じく急進民主党のシモーネ・ド・モンモラン議員(ジュネーブ州)は「つまり、スイスでは全ての業者(生産から販売まで)が集まり、各自が自主的な目標を掲げながら足並みのそろった戦略を実施することに成功した」と語る。

「(宣言に署名した)全企業がこれらの目標を追求し、成功している。この共同成果を得ることが出来たのは、これらの目標のおかげだ。税制を導入していたら、このような協力関係は絶対に不可能だっただろう」

コカコーラが議員を招いて説明会

ド・モンモラン氏は、砂糖含有量は2016年以降、朝食用シリアルで25%減、ヨーグルトでは9%減と具体的な成果が出ていると強調する。

対象拡大を受けて宣言に署名したコカ・コーラ・スイスは取材に対し、ミラノ宣言に加わったことに満足しているとし、以前から対策を取っていたことも強調した。広報担当のナターシャ・ソメール・フェルドブルッケ氏は「2005年以来、我が社では全ての食料製品の砂糖含有量を10%以上削減してきた」と話す。

同氏はまた「新たな目標を達成に向け、コカ・コーラ・スイスは更なるイノベーションを導入する」と話す。そしてこのイノベーションの内容を説明するため、同社は3月15日、連邦議会議員を招いた食事会兼説明会を首都ベルンで開いた。

議会でのロビー活動

このマーケティング戦略に不快感を示すのが砂糖税を支持する左派政党だ。緑の党(GPS/Les Vert-es)のレオノール・ポルシェ議員(ヴォー州)は「砂糖に関するロビー活動は大きな力を持つ。コカ・コーラに加え、食品業界と小売大手が結託している。砂糖税を導入すれば、彼らの事業活動に間違いなく影響が出るからだ」と訴える。

社会民主党(SP/PS)のヴァレリー・ピレー・カラール議員(フリブール州)は、このロビー活動の力がイニシアチブを審議した科学・教育・文化委員会にも及んでいると指摘。同委員会副委員長のド・モンモラン氏を名指しで批判した。ド・モンモラン氏は、国内唯一の製糖会社「スイス砂糖(Schweizer Zucker AG /Sucre Suisse SA)」の相談役でもあるからだ。

ヴァレリー・ピレー・カラール議員
ヴァレリー・ピレー・カラール議員 Keystone / Alessandro Della Valle

これに対し、ド・モンモラン氏はこう反論する。「連邦議会における忌避に関するルールは非常に明確で、私はそれを完全に遵守している。住宅賃借人組合(Asloca)に所属する議員に、賃貸契約の権利に関する議論に参加しないよう要求することは、誰も考えない」

「彼ら(支持派メンバー)は春季会期2週目の議論の際、この問題に繰り返し干渉してきた。私は彼らとは反対に、砂糖議論の間は発言を控えるという個人的な選択をした。そうしなければいけない理由は、何もなかったにもかかわらずだ」

だが砂糖税支持派は、この産業界の強力なロビー活動を前になすすべがないと感じている。ヴォー州の糖尿病患者の会「ディアベトヴォ―(diabètevaud)」のレオニー・シネ事務局長は「患者・消費者を守る団体や医療従事者が、より効果的な予防措置を呼びかける手段はごく限られている」と話す。

行動を起こす世界各国 待機するスイス

WHOによれば、昨年12月時点で英国、南アフリカ、メキシコ、ポルトガルなど85カ国以上が砂糖税、あるいは同種の税を導入済みだ。

左派・社会民主党のローレンス・フェールマン・リール議員(ジュネーブ州)は「残念ながらスイスは試験的な導入さえ視野に入れていない。ミラノ宣言に固執している」と嘆く。「飲料の砂糖含有量を10%減らしても、何も変わらない。私たちはだまされている」

同党のピレー・カラール氏も「この問題を公衆衛生の観点から捉えることが出来ないでいるのは残念なことだ。他の国々はこの問題に真剣に取り組んでいる。(他の国々が)行動を起こすのは、それだけ問題が深刻だからだ」と主張する。

「スイスのファンタ1デシリットル中に含まれる砂糖の量は英国の2倍だ」と同氏は指摘する。WHOは1日の砂糖消費量を小さじ6杯分程度に抑えるよう推奨するが、「我が国の1人当たりの消費量はその4倍にもなる」

英国は2016年、2年後の18年から過剰な甘味飲料に砂糖税をかけると表明した。フェールマン・リール議員は、実施まで2年間の猶予期間を持たせた英国の手法には大きな効果があったといい、「そのおかげで各企業は、課税額を減らすために飲料製品の砂糖含有量を削減する措置を取ることが出来た」と話す。「ポルトガルでも政府が加糖飲料に対する砂糖税を導入したことで、早い段階で消費量の大幅な減少がみられた」

ポルシェ氏は、幼い子供たちの肥満が問題になっていたチリの例を挙げ「政府は(問題となる)商品を特定するための措置を取った。結果は素晴らしく、加糖飲料の消費量は25%も減少した」と話す。

コロンビアも最近、課税制度を導入した。同国では今年から超加工食品(加工の度合いが最も高い食べ物)が課税対象になった。

日本でもかつて砂糖はぜいたく品と見なされ、砂糖税が存在した。産経新聞外部リンクによると、砂糖税が導入されたのは1901年(明治34年)のこと。だが1989年(平成元年)の消費税導入に伴い廃止された。

個人の責任をアピール

スイスで砂糖税導入が進まないのは、砂糖をどれくらい摂取するかは個人の責任、という見方があるからだ。砂糖税反対派のナンタルモ氏は「自分で食べるものは自分で選ぶべきだ」と話す。「子供の教育は、まずは両親の責任だ。学校も役割を担うが、教育は州の管轄であって連邦政府ではない」

だが、砂糖税支持派の意見は異なる。ポルシェ氏は「80%の加工食品に添加糖が含まれている。我々は明らかに糖尿病を誘発しやすい社会環境にある。そして砂糖に関しては、全ての人が平等ではない」と警告する。「肥満や2型糖尿病を警戒しなければならない子供が増えている。つまり、全てを個人の責任問題として片付けることはできないのだ」

ピレー・カラール氏は「本当におかしなことだ」と言う。「砂糖のことになると、とたんにデリケートになる。テンサイ生産業者と議論をしたことがあるが、私は彼らに何も恐れる必要はないと繰り返した。税制の導入によって生産量が損なわれるわけではない、と」

フェールマン・リール氏は「残念ながら、この問題に関心を寄せるのは決まって(左派の)社会民主党と緑の党だ。だが、公衆衛生は右派・左派が争う問題であるべきではない」と締めくくった。

編集:Samuel Jaberg、仏語からの翻訳:中島由貴子、追記:宇田薫

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