日本のような学校給食がないスイスの公立小学校、親たちはどうしている?
スイスの公立小学校には、日本のような給食制度がない。そのため子供たちが昼になると家に帰って来る。スイスの働く親たちは、仕事とこのお昼の時間をどのように両立させているのだろうか。
ベルン旧市街からトラム(路面電車)で10分ほどの自治体に住むレイザー中村仁美さん(47)は、高校1年の長女(15)と小学4年の長男(10)を持つ2児の母。3年前から旧市街の韓国料理屋で火、金曜日のランチタイムに店員として働くほか、在宅で仕事をしている。教育関係の仕事をしている夫トーマスさん(50)はフルタイム勤務だ。長男には月、金曜日の週2回、学童保育の昼食サービス(ドイツ語でMittagstisch)を使っている。
長男の小学校は自宅から徒歩10分のところにあり、月、火、木曜日は午前8時20分から2時間の昼休みを挟んで午後3時半までが授業。水、金曜日は午前中だけだ。学童保育の日は、子供たちは正午になると校舎内にある別の部屋に移動し、そこで昼食を取る。献立は業者が作ったスープ、サラダ、肉やパスタなどの主食にデザート。食べ終わったら校庭や体育館で遊び、授業が始まる午後2時までに教室に戻る。
学童保育の昼食代は1食9フラン(約千円)。それ以外に保育料がかかり、世帯収入で異なるが1時間約0.7~12フランだ。学期ごとに来る請求書を見ると「まとまった出費だと思う」が、悪いことばかりではないという。仁美さんは「お昼は1~4年生と近隣の幼稚園児が一緒にご飯を食べる。年齢の違う子たちと空間を共有することは子供にとっても良い」と話す。
そのほかに、近所のスイス人のママ友とやっていることがある。それは「お昼ご飯当番」だ。
スイス人のママと交代でお昼ご飯当番
スイスでは多くの母親がパートタイムで働く。パートタイムは週40時間より少ない雇用契約のことで、例えば週2~3日だけ8時間勤務する、という働き方だ。お昼ご飯当番は、こうした母親同士でグループを作り、仕事が休みの平日に自宅でメンバーの子供たちの分も昼食を用意する。
こうした当番制はスイスのドイツ語圏では割と一般的だ。仁美さんが始めたのは、子供同士が仲の良い母親ぺトラさん(45)に誘われたのがきっかけ。パートタイムで医者として働くペトラさんが家を空ける木曜日が仁美さんの担当。昼になると長男とペトラさんの小学5年、4年、2年の子供3人が仁美さん宅に帰って来る。全員がそろったら子供たちにご飯を食べさせ、午後1時半ごろには送り出す。仁美さんが仕事でいない火曜日はペトラさんの番だ。
スイスに日本のような学校給食制度がないと知ったとき、仁美さんは「働くお母さんたちはどうしているんだろう」と不思議に思った。今では「スイスではそれが当たり前なのだから、比べても仕方ない」と笑う。2年続けているお昼ご飯当番も「(相手の一家と)まるで家族のような関係になれる」と前向きに捉えている。
スイスにはなぜ給食制度がないのか
ただ、働く日本人ママたちからは日本のような学校給食制度がないことへのため息も漏れる。ベルン州に住む40代の母親は週3回、職場から自宅にいったん戻って小学5年の息子と昼食をとるが「ランチを作りに戻るだけでもストレス」と明かす。ルツェルン州に住む別の母親は、子供の通う小学校が徒歩で片道30分近くかかるため、昼休みが2時間あっても「ご飯の時間が満足に取れず、ゆっくりさせてやれないのがかわいそう」と話す。
スイスの公立学校に学校給食制度がないのはコストの問題のほかに、文化的な背景がある。スイスの保育団体連盟「キベスイス」のナディーネ・ホッホ代表によれば、昔は子供と父親が昼になると自宅に帰ってきてご飯を食べる生活が当たり前だったこと、夫の収入だけで生計が成り立ち、女性のほとんどは専業主婦だったことなどが理由で、給食制度が発展しなかった。
学童保育の昼食サービスも、そもそもはスイス中央部の山間部で、自宅と学校が遠くて満足に昼食の時間が取れない子供たちのために出来たのが始まりだという。その後、働く母親たちが増えたことを受けて全国に広がり、こうした昼食サービスの多くが民間業者や保育ママ団体のほか、学校、自治体などによって運営されている。
カバー率は低め
ただ、昼食サービスが十分に普及しているとは言いがたい。連邦政府が2017年に出した保育に関する報告書外部リンクによると、義務教育期(4~12歳)の子供を対象にした昼食サービスは全26州で約8万1000人分に上るが、提供人数分を対象年齢の子供の人口で割ったカバー率でみると、該当データがある17州の平均は13%にとどまった。自治体ごとではチューリヒ(35%)、ローザンヌ(29%)など都市部が高いのに対し、郊外や農村部は5%以下に落ちる。
このため親たちは学童保育のほか、義務教育課程と始業前、昼、放課後の保育がセットになった全日制学校(Tagesschule)、自宅で子供を預かってくれる保育ママ(Tagesmutter/maman du jour)、ベビーシッター、ホストファミリーの家に同居して語学を学びながら子供の面倒を見るオペアなど、様々な有料のサービスを使い分けている。祖父母の助けを仰ぐ親たちも多い。
需要を満たしているのか
スイスでは子供ができると女性がパートタイムに切り替えるケースが非常に多い。連邦政府の調査によると、子供を持たないカップルでパートタイム勤務の男性は約10%、女性は約40%だが、これが25歳未満の子供がいる世帯になると、男性が10%で変動がないのに対し、女性は80%超に増える。
欧州と比較しても差は歴然だ。6~11歳の学齢期の子供を持つ母親のうち、パートタイムで働くのは欧州連合(EU)加盟28カ国平均が38.5%なのに対し、スイスは83.1%に上る(いずれも2014年時点)。
保育に関する需要と供給のミスマッチ、高額な保育料、農村部の保守的な家族観など要因は様々だが、こうした状況がスイスの母親の社会復帰を妨げているという指摘も多い。
政府もこうした現状を改善するため、2003年から保育園や学童保育、全日制学校などを新しく開設した機関に補助金を出し、保育環境の拡充を図っている。ただこの措置は19年1月末に終了する予定で、ホッホ氏は現行の保育サービスが「まだ充分とは言えず、政府には追加の財政支援措置を取って欲しい。量的な改善だけではなく、質的なサービスの拡充も必要だ」と話している。
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