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スイスはウェルスマネジメントの王座を死守できるか

金庫が並んだ部屋
地政学的な不確実性を背景に、国境を越えて流出する富の量が増えている Keystone / Gaetan Bally

今後数年、資産の預け先としてスイスより香港やシンガポールを選ぶ富裕層が増えるという予測がある。だがスイスが長年築いてきたノウハウと名声まで奪われるのかどうかは、専門家の間で見方が分かれる。 

富裕層がどこでどう資産を管理しているのか、正確なデータをつかむのは容易ではない。同時に、世界政治が激動するなかで、今後どの国に預けるのが最適か見極めるのも難しさを増している。 

世界の富裕層は何世代にも渡ってスイスに資産を預けてきた。プライベートバンクはチョコレートやチーズと並ぶスイスの代名詞だ。米国の猛烈な脱税取り締まりによりスイス銀行は秘密主義の看板を下ろすことになったが、ウェルスマネジメント業界はその荒波も乗り越えた。 

富と権力が東に移り、地域紛争の絶えない欧州。新たな地政学リスクを受け、世界の超富裕層がスイスに預けていた資産を別の国に移すのではないかという観測が再び広がっている。 

オフショア資産の受け入れ額ランキングをまとめるボストン・コンサルティング・グループ(BCG)は、2025年末までに香港がスイスから首位の座を奪うと予測する。 

シンガポールも第2位に迫ろうと猛追し、ロシアの富裕層が熱視線を送るドバイ(アラブ首長国連邦)も新たな挑戦者として名乗りを挙げる。 

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世界的に緊迫が高まった2022年、オフショア資産の流れには大変動が起きた。富裕層が総額12兆ドル(約1700兆円)を分散させたため、オフショア資産は前年比で大幅に増えたとBCGは考察する。 

スイスの銀行に陰り 

だがスイスに流れ着いたオフショア資産は微々たる額だった。ロシアのオリガルヒ(新興財閥)に制裁が科され、スイス第2の銀行クレディ・スイスの経営難への懸念が広がったためだ。その懸念は今年3月、現実のものとなった外部リンク。 

クレディ・スイスに預けられていた富裕層資産は、2022年10~12月に1100億フラン(約18兆円)、今年1~3月に600億フランが流出した。同行を買収したUBSが受け継いだ資産は、差し引きわずか280億フランだった。 

国際会計事務所KPMGの調査も、2022年はジュリアス・ベアやピクテ、ロンバール・オディエなどスイスの銀行にとって厳しい年だったことを示した。73行が得た新規の富裕層資産はわずか450億フランにとどまり、2021年の1310億フランを大幅に下回った。 

KPMGの金融サービスパートナーであるクリスティアン・ヒンターマン氏はswissinfo.chの取材に、「純資産流入が細ったのは、スイスの銀行業界に起こった破壊的な変化と、地政学上の不確実性が原因とみられる」と語った。「各行が健全経営を維持しており、世界的には有利な立場にいるため、もっと多くの資産が流入するとみていた」 

こうした傾向は今後も続くのか?それとも単なる一時的な現象なのか?KPMGは、最終的にはスイスのプライベートバンクが持つ安定性と専門性がモノを言うと予言する。一方でBCGは、他のオフショアセンターがスイスの優位性を蝕んでいくとの見方だ。 

高度な専門知識 

BCGの根拠の1つは、中国をはじめとするアジア諸国で富の創造が加速し、その大部分は同じ地域内にとどまるという点だ。BCGは、世界の最富裕層の資産が2022年の460兆ドルから2027年には600兆ドルに膨らむと予測する。アジア・中東における新たな富の増加率は欧米諸国を優に上回るとの見立てだ。 

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深く根付いた専門知識と安全な避難先としての名声のおかげで、スイスは今後もウェルスマネジメントの有力なプレーヤーであり続けるものの、対ロシア制裁とクレディ・スイスの崩壊によりスイスの魅力は低下した――BCGはこう分析する。 

MJ&Cieファミリーオフィス(本店・フランス)の創業者兼最高経営責任者(CEO)、フランソワ・モラ・デュ・ジュルダン氏は、BCGとは異なる考えを持つ。欧州ファミリーオフィス・ネットワークの会長を務める同氏は、swissinfo.chの取材に「地政学的な混乱は長期的にはスイスに悪影響を与えることはなく、おそらく世界のウェルスマネジメント業界におけるスイスの地位を強化するだけだろう」と語った。 

「政治的に不安定な国で成功した起業家にとって、最優先事項は自分の富を確実に保全することだ。ウェルスマネジメントにおいてスイスほど高度な専門知識を備え、政治的安定と規制の確実性を保証できる法域は他にない」 

スイスプライベートバンク協会(ASPB)は、全世界のオフショア資産の4分の1がスイスの金庫に保管されているとはじく。香港が近くスイスから首位の座を奪うというBCGの試算に真っ向勝負する数字だ。 

同協会によると、スイスのプライベートバンクが2020年に国外の個人・家族に代わって運用した資産は2兆2000億フラン、資産運用銀行が国外の機関投資家に代わって運用した資産は1兆4000億フランにのぼる。足元の運用額もほとんど変わっていないという。 

切磋琢磨 

香港証券先物委員会によると、2021年に香港のプライベートバンクが管理した総資産1兆3600億ドル(約190兆円)のうち半分強がオフショア顧客の資産で、16%は中国本土のものだった。さらに1兆3000億ドルの海外ファンド資産が香港の資産運用会社で運用された。 

香港とシンガポールも追い風に吹かれているだけではなく、新しい富を獲得するための努力を惜しまない。シンガポールはスイスのウェルスマネジメント事業を模倣し、香港はかつての英国統治時代に築いた遺産を引き継いでいる。 

さらに、裕福な家族の資産を管理するファミリーオフィスの奨励策も打ち出している。 

英不動産大手ナイト・フランクのウェルス・リポート2023外部リンクによると、シンガポールでは「中国人富裕層の資産流入により、ファミリーオフィスの数はコロナ禍が始まった2020年初に比べ3倍近くに膨れ上がった」

だがモラ・デュ・ジュルダン氏は、シンガポールにはスイスほどのノウハウはなく、中国本土からの監視の目が厳しくなる香港は政治的安定に疑問符が付くとみる。 

スイスは米国によって銀行秘密が解体されて以降も、富裕層資産を獲得し続けるべく新たな管理手法の模索に余念がない。モラ・デュ・ジュルダン氏は、スイスの銀行は顧客の資産を維持・拡大するため、より革新的なアプローチを取ることを余儀なくされてきたと指摘した。 

「30年前、スイスのウェルスマネジメントモデルは脱税目的の未申告マネーを預かることで成り立っていた。近年は真の付加価値を持ったサービスを顧客に提供し、富を引き寄せる透明性と競争力を高めようと大きな変化を遂げている」 

編集:Virginie Mangin、英語からの翻訳:ムートゥ朋子

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