スイス老齢年金の子供手当4千万フラン分が国外へ
未成年の子供を持つ退職者にスイスの老齢・遺族年金(AHV/AVS)から支払われる「子供年金」の約3分の1は国外に渡っている。主な行き先はフランス、ドイツ、イタリアだが、金額順の並びはフランス、イタリア、タイだ。
タイは年金生活者の楽園だ。これは、スイスの老齢・遺族年金が支給する子供年金の統計からも見て取れる。2019年にスイス補償局がタイに送金した子供年金は総額約390万フラン(約4億5600万円)で、2010年から160%増加した。その結果、現在タイは送金総額でドイツ、スペインを抜き、フランス、イタリアに次いで3位となっている。
日本の国民年金にあたるスイスの遺族・老齢年金(AHV/AVS)は、子供年金(独語でKinderrente)について以下のように定義している。
以下の条件を満たす人は、老齢年金に加え子供年金が支給される。
・18歳以下の子供がいる
・学生の子供がいる(ただし25歳以下)
この権利は、里子にも適用される(金銭の授受が発生していない場合に限る)。また配偶者の子供を除き、障害者年金・老齢年金の受給資格が発生してから得た里子は対象外とする。
なお、子供年金の受給権は子供ではなく障害者年金あるいは老齢・遺族年金の受給者かつ子供を持つ父母にある。その額は満額時年金の4割で、全期間保険料を納めていた場合、平均年収に応じて子供1人当たり474フランから948フランが支給される。
障害者年金の受給者には子供が18歳になるまで、あるいは教育を終えるまで(ただし25歳まで)追加の年金が支給されるが、これは政治上の争点にはなっていない。一方、老齢・遺族年金受給者の場合は事情が異なり、政界ではこのいわゆる「パパ年金」を廃止する試みが相次いだが、いずれも失敗に終わった。もちろん「ママ年金」も存在するが、生物学上の理由からその数は明らかに少ない。
高齢で父親になる男性が増加するに従い子供年金の支給件数も年々増えている。2010年からの上昇率は44%、金額にして52%にもなっている。この数字に含まれるのは老齢年金受給者が受け取る子供年金だけで、障害年金受給者分は含まれない。
それにしても、年金給付件数ではタイの3倍近くに上るドイツが、金額ではタイの下に来るのはなぜか。swissinfo.chに統計資料を提供してくれた連邦内務省社会保険局(BSV)データ分析課アン・バウアー課長代理は「理由は年金額の違い」と話す。
子供年金も老齢年金同様、平均年収と加入年数から給付額が算出され、最高加入年数(44年)に達しない場合は不足期間に応じて減額される。
イタリア、ドイツ、スペイン、ポルトガルの場合、老齢・遺族年金に加え子供年金の受給権がある人のほとんどはスイスで出稼ぎをした後、母国に帰った人たちだ。44年の最高加入年数に達せず、支給額が低くなる傾向にある。一方、タイに移住するのはほぼ全員がスイス人で、大半は保険料を全期間支払っていることから年金額も高めだ。
ポルトガルの場合、出稼ぎに来て定年後は帰国するケースが増えているのか増加率ではタイを上回っているが、絶対数では件数・金額共にタイに大きく引き離されている。
昨年春、スイス国民議会(下院)は老齢・遺族年金の子供年金を40%から30%に引き下げる案を可決。「子供年金」という名称は誤解を招きやすいため「子供扶養年金」に変えるべきだという案も出たが、両案とも全州議会(上院)で否決された。上院が配慮したのは老齢年金受給者ではなく、むしろ障害者年金受給者の方だった。
この背景には、障害者年金受給者全体の半数以上が補足給付(年金だけでは生活ができない層に支給される)に頼る実情がある。子供年金の給付が減ればその分補足給付が増えることになり、その負担は主に州が負うことになる。
(独語からの翻訳・フュレマン直美)
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