マイナス金利政策は金融業界にとって悩みの種だ。それが長引くほど、銀行家からの非難の声は大きくなる。スイスのプライベートバンキングやアセットマネジメントのロビー団体は中央銀行の総裁と財務相を招待し不満をぶつけた。
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2015年1月のマイナス金利政策の導入以降、スイス国立銀行(中央銀行)は現金を金庫に眠らせる国内銀行に30億フラン(約3400億円)以上を課してきた。
超法規的な政策金利はこの数年、伝統的な投資に対し大きな損害を与えてきた。銀行や保険会社、資産管理会社や年金基金などが保有する国債がその代表だ。
金融業界は今月11日、チューリヒで開催されたプライベートバンキング大会で不満を爆発させた。スイス・プライベートバンカー協会(SPBA)のイヴ・ミラボー会長は、スイス中銀への当座預金に課されたマイナス金利に関する特別ルールはウェルスマネージャーたちを差別していると批判した。
ミラボー氏は「マイナス金利を批判する声はどんどん大きくなり、かつ広がりをみせている。我々はもはや孤独ではない」と強調。今後の経済条件で「中銀が(政策金利に対する)手綱を緩める」ことに期待を寄せた。
その経済条件は海外、特に欧州中央銀行(ECB)に大きく影響を受ける。スイス中銀のトーマス・ジョルダン総裁は、「欧州連合(EU)内にいくつか景気の低迷した国があり、ECBが通貨ユーロを大量供給しユーロ圏の政策金利をマイナス圏に抑えていることが、スイスの金融政策の手足を縛っている」と述べた。
スイス中銀はユーロに対するフラン相場のユーロの上限撤廃を迫られ、政策金利はマイナス圏に押しやられた。総裁は「(マイナス金利という)対価を支払ってでもフランが欲しいと人々が考える状況にある。そうした状況が変わらなければ金融政策に変更はない」と語った。
自縄自縛
だがジョルダン総裁の「手足を縛られている」という議論に誰もが納得するわけではない。スイス銀行家協会(SBA)のヘルベルト・シャイト会長はスイスの銀行は2016年だけで15億フランを中銀に課された、と不満を漏らした。会長は「このお金は例えばITシステムへの投資などもっと役に立つことに使えたはずだ」と述べた。
シャイト会長は低い金利が人々に投資ではなく貯蓄を促している、と指摘。「自縄自縛に陥っている」と、スイス国外に悪因を押し付けるジョルダン総裁の主張に冷ややかな視線を送った。
プライベートバンキング大会の主催者は独エコノミストのハンス・ヴェルナー・シン氏を招き、マイナス金利政策は筋が悪いと再三指摘させた。シン氏はスイスやドイツ、オーストリアといったマイナス金利政策を採った国々で消費者物価が急激に上昇し苦しんでいる、と警告。これらの国々では、金利が今後上昇し始めると不動産の債務不履行に陥る可能性が非常に高いという。
スイスのウエリ・マウラー財務相は、「政府の方針は欧州や全世界に拠点を置くスイスの銀行の立ち位置を向上させることを狙ったものだ」と説明した。政府の意思は規制や監督にかかる費用を削減し、長期にわたる脱税問題を解決することで、スイスの金融業界が将来もEUにアクセスできることを保証することにある、と会場の金融関係者に訴えた。
欧州中央銀行バッシング
ジョルダン総裁だけが金融政策に対する批判の矛先に立たされているわけではない。欧州中央銀行(ECB)のマリオ・ドラギ総裁は10日、オランダ議会で同国の政治家につるし上げられた。
2時間の会議中、ECBの透明性に関わる記録や月に600億ユーロ(約7兆5千億円)を主に国債に投じていることへの質疑は時に熱気を帯びた。オランダの下院議員は、ECBの政策が不動産価格を危険な領域に高め、年金や保険基金の投資利益を損ねていると非難した。
ドラギ総裁は防戦一方となり、量的緩和政策は450万人分の雇用を創出したと反論。ECBが破滅寸前だったユーロ圏の景気のテコ入れに特化していることに対し、最終的には年金基金も感謝するだろう、と述べた。
(英語からの翻訳・ムートゥ朋子)
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