スイスの合法大麻ブームに暗雲?
チューリヒで合法大麻の販売店を営むヴェルナー・ブッシュさん(59)は、スイスで初めて合法大麻「カンナビスCBD」の室内栽培を始めた人物だ。1年前、ブッシュさんはスイスインフォのインタビューで、精神作用物質を多く含まない合法大麻がブームだと語った。だが、現状はあまりよくないという。
記者がブッシュさんの室内栽培場を最後に訪ねたときには、麻薬取締局の私服警察官による立ち入り検査が行われていた。室内大麻栽培場が違法でないかを調べるためだった。改めてブッシュさんを訪れると、10人の若者が長いテーブルに付いていた。ゴム手袋をはめ、細心の注意を払って大麻の枝から花を取り分けていた。
乾燥室にいたブッシュさんは、室内が散らかっていることをわびた。床は大麻草とほこりだらけだ。ブッシュさんは「今作業の真っ只中ですよ」と言い、最近の収穫物を見せてくれた。
室内栽培場は、チューリヒ空港近郊のリュムラング(Rümlang)にある工業用建物の地下室を使っている。栽培している大麻草の数は前年に比べ、2700本から6千本と倍に増えた。
ということは、合法大麻「カンナビスライト」や「カンナビスCBD」の売れ行きが好調だということ?ブッシュさんは「全然。マーケットはすっかり変わってしまった」と話す。
生産者は5人から630人に
カンナビスライトは約2年前から市場に出回っている。合法大麻は精神作用物質THC(テトラヒドロカンナビノール)が1%未満のものを指す。ヘンプライトなどと呼ばれる合法大麻の販売店舗は増加の一途をたどる。自動販売機でも、合法大麻たばこを購入できる。
CBD(カンナビジオール)はTHCのような「ハイになる」作用を持つ物質に分類されないため、麻薬取締法の対象には含まれない。つまり禁止薬物ではない。この物質は炎症の治療、鎮痛、沈静などの効果があるとされる。しかし、連邦内務省保健局は「CBDの医学的効果についてはまだ十分に研究が進んでいない」と忠告する。
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連邦税関事務局(EZV)の統計を見ると、カンナビスCBDの国内取引量が分かる。2017年初め、生産者登録はわずか5人だったが、今年初めは490人だった。現在は630人に上る。ただ、このブームは生産者にとっては痛手だ。価格が下落するからだ。
カンナビスCBDの過剰生産
「当初、1キログラム当たり6千フランで販売されていたが、その後4千フランに下落した。現在では1キロ当たり1700フランもらえればいい方」とブッシュさんは話す。今スイスでは大麻が過剰供給に陥っているという。多くの生産者が場所の賃料、照明と電気代、換気、肥料などのコストをどうまかなうか、頭を悩ませている。
既に半ば諦めの境地に達した生産者もいれば、安い刈り入れ機を導入してコストを削減した生産者もいる。ブッシュさんの栽培場では「大麻草を傷つけず、最高の品質を保証する」ため、いまだに手作業を続けている。ブッシュさんはこのビジネスに参入する前は、電気技師として40年間働いていた。
栽培場を拡大したにもかかわらず、生産量はひと月約20キロと変わらない。ブッシュさんは生産量を上げても意味がないと話す。「市場は飽和状態なので量を増やしても売れない。それよりは質の向上を目指している」
イタリアとフランスに拡大
飽和した国内市場ではなく、国外に目を向けた生産者もいる。カンナビスCBDは、イタリア、フランス、オーストリアに輸出されている。これにより多くの生産者が首の皮をつないだとブッシュさんは明かす。
欧州では、THCの規制含有量は最大0.2%とスイスよりも厳しい。スイス産カンナビスCBDの需要が大きいのはこのためだと、あるスイス人生産者が地域紙ルツェルナー・ツァイトゥングに語った。こうした理由から生産者が国外、特に隣国のイタリアに触手を伸ばすようになったという。
イタリアでは現在、10都市のうち8都市に大麻の販売店があり、全国では約1千軒を数える。フランスでも合法大麻がブームになっているとル・モンド紙が伝えている。こうした店舗の仕入先のほとんどはスイスだ。
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合法大麻の国外輸出に関する正確な統計は、税関事務局にもない。同局の広報担当ダビッド・マルキさんは「CBD製品はほかの物品と合算されるため、個別に輸出量を出すことができない」と話す。
情熱があるから
ブッシュさんは国外取引には懐疑的だ。「挿し木の輸出を始めた生産者もいる。つまり(製品ではなく)ノウハウを国外に売るというわけだ」。だが数年経てば、イタリアやフランスで独自に大麻の栽培ができるようになり「そうなれば私たちはお役御免になってしまう」とブッシュさんは批判する。
ブッシュさんは今も市場に積極的に参入している。五つの店舗を運営するほか、個人取引、オンライン販売と幅広く事業を展開している。カンナビスCBDの小売価格は1グラム当たり10~13フランと下落したが、卸売価格の下落の方が顕著だという。
購買層は変わらず、新しい顧客はほぼ入ってこない。ブッシュさんによると、前年の売上高は70万フランでほとんど変動がなかった。それでもなぜこのビジネスを続けるのか?ブッシュさんは「単に情熱ですよ」と話す。
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外部リンク ブッシュさんによれば、カンナビスCBDのブームで利益を上げているのは、極めて一握りの大手生産者と国だ。CBDはたばこの「代用品」と見なされたばこ税が適用される。スイスではこの税収が25%を占める。2017年、この「CBDたばこ」の税収は1300万フランに上った。
CBDの未来はどうなる?
CBD製品の今後はどうなるのか。ブッシュさんは「カンナビスCBDのビジネスには将来性がない」と極めて悲観的だ。ただ、CBDをめぐる議論は、THC含有製品解禁の突破口になりえるため、非常に重要な影響を持っているという。スイス連邦政府は最近、嗜好品、あるいは医療目的での大麻使用を認める法案を策定し、自治体や関係機関に意見を求める手続きを始めた。
ブッシュさんは大麻の利益団体のメンバーで、連邦議会などでロビー活動を行っている。しかし高望みはしていない。大麻使用が正式に認められれば生産者にも非常に厳しい制限が課せられ、結果としてビジネスに大きな負担がかかることが予想されるからだ。
ブッシュさんは、スイス国内の大麻生産者はこれ以上、国外の安価なサプライヤーに対抗するべきではないと強調する。「現在では既に、カナダの生産者がスイスで合法大麻を販売している」
ブッシュさんは別れを告げようとする記者に、来年もう一度ここに来るように言った。ただ、こう付け加えた。「来年まで、このビジネスが続いているかは分からないけれど」
大麻に関する新たな国民投票?
大麻の合法化を目指す団体「Legalize it!外部リンク」は、スイス国内での大麻使用を合法化するイニシアチブ(国民発議)の立ち上げを進めている。2017年、薬物中毒問題などを調べる財団法人「Sucht Schweiz外部リンク」が行った調査によると、3人に2人が若者の乱用防止対策をきちんと取る場合に限り、大麻の合法化を支持すると答えた。
連邦議会でも完全な禁止から規制へと緩和する動きがある。2017年5月、緑の党が大麻の包括的な規制法を作るイニシアチブを提起。このイニシアチブでは「栽培、取引、使用、未成年者の保護と課税を法律で規制するべきだ」と訴えている。
ただこうした動きはこれまで、すべて失敗に終わっている。2008年、大麻使用を罪に問わないイニシアチブ「合理的な大麻政策のために」が国民投票にかけられたが、63%の反対で否決された。
(独語からの翻訳・宇田薫)
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