不安に駆られて 自家発電に走るスイスの人々
ガス・電力不足が懸念される中、スイス政府は対策に二の足を踏んでいる。業を煮やした一般家庭は自力で準備を始めている。
スイスでは人々が発電機に殺到している。国内最大のネット通販企業Digitec Galaxusの広報担当者アレックス・ヘンメルリ氏はswissinfo.chに対し「7月の売上台数はパワーステーションで同月前年比9倍、発電機で4倍以上になった」と話す。
競合他社も非常用電源装置の需要に大きな手応えを感じている。
ろうそくと薪を購入
スイスには危機に備えるという長い伝統がある。例えば地下シェルターは総人口をカバーしてまだ余るほどの収容力があるし、毎年行われる緊急サイレンのテストは移住してきたばかりの人たちを驚かせる。半世紀以上前からある「賢く備えよう、非常用備蓄」というスローガンは、世代を超えて人々に注意を促している。
メーカーや小売店でパワーステーションや発電機の駆け込み需要が高まっているのも不思議ではない。この国の電力に関するいわば最高責任者である連邦電気委員会のヴェルナー・ルギンビュール委員長は今月初め、日曜紙NZZアム・ゾンタークのインタビューでろうそくや薪を買っておくよう勧めた。
ろうそくは電池と同様、各家庭向けの公式防災用品リストに既に入っているが、発電機は違う。連邦国防省国民保護局は「非常用発電機の購入は推奨していない」としている。
ドイツは企業に要請
この夏、ドイツのジャーナリストたちがスイスを訪れた。多くの地下シェルターや万一に備えるスイスのメンタリティを取材し、報道するためだ。とはいえ個人の非常用電源に関してはドイツが先行している。
既に2015年にはドイツ連邦市民保護・防災支援庁(BKK)が防災啓発動画「停電時にすべきこと−自家発電外部リンク」を公開。個人や隣近所で非常用発電機や非常用電源装置についてよく知ろうと呼びかけている。
この動画は今も動画投稿サイトYouTubeで一定の人気を誇る。BKKの広報担当者はswissinfo.chの取材に対し、動画の基本的な内容は現在も有効だと回答。「普通の防災対策としてこのテーマに取り組み、個人の必要性だけでなく個々の状況に応じて準備するよう勧めている」とした。
またスイスと違ってドイツは民間企業に対し、節電シナリオの策定や備えを求める。
ドイツ連邦経済・気候保護省のパトリック・グライヒェン次官は7月初め、全民間企業に非常用発電機を購入するよう呼び掛けた。停電時のつなぎとして自家発電で72時間持たせるというのが目標だ。
お金で解決できない長時間のブラックアウト
数百~数千フラン(数万円~数十万円)の発電機だけでなく、スイスの富裕層の間では自家用として商用の非常用電源装置の需要が高まっている。独語圏のスイス公共放送(SRF)外部リンクによると、こうした非常用電源装置を国内の業者から借りるとレンタル料は半年で10万フラン(1400万円)にもなるという。ただこれは別荘一棟を丸ごとカバーできるような容量のものだ。
だが、この種の発電機は既に品薄で、お金があってもすぐ手に入るわけではない。SRFによると、国内外で需要が供給を上回っている。
一般家庭は一番後回しになる。準備を怠らないスイスの人々も、財布の中身がどうであろうとエネルギーの自立を今すぐ手に入れることはできない。
コンセント充電式パワーステーション
何週間も停電が続いた場合、現在購入可能な装置で切り抜けるのは難しい。特大サイズの蓄電池ともいえるパワーステーションはコンセントから充電する形式がほとんどだ。それが7月にDigitec Galaxusで発電機の3倍多く売れたというが、パワーステーションを使っても家庭内の電力消費をカバーできるのはほんの短時間だ。
一方でガソリン発電機は防火規定に問題がある。スイスでは、地下室の1部屋に保管できるガソリンは専用容器で25リットルまで外部リンク、防火キャビネットの場合は100リットルを超えてはならない。発電機を1時間使用するのに必要なガソリンは1~3リットル。どんなに入念に準備したとしても、結局ろうそくの明かりを頼ることになる。
ほとんどの専門家は冬季に1週間停電が続くというのは非現実的だと見ていた。だが政府は今月中旬まで、電力不足が起こるリスクは非常に現実的だと考えていた。
電力不足状態が即ブラックアウト外部リンクを意味するわけではない。スイス当局の危機対策計画ではまず節電を呼び掛け、それでも電力不足が続く場合は追加的措置として特定の機器を使用禁止にする。その次の段階で大企業に最大電力量を割り当て、範囲内でやりくりするよう指示する。最高レベル、つまり最後の段階で家庭用電力網の時間単位遮断を行う。
電力不足とガス不足の相互作用
連邦経済省国家援護局(BWL/OFAE)によれば、現在スイスの電力供給状況は安定している。だが、この冬の天然ガス供給不足も差し迫った問題だ。既に7月初め、シモネッタ・ソマルーガ環境相が天然ガスの供給不足が予想されると発言した。
今月中旬まで、電力と暖房の相互作用が当局や発電事業者の頭痛の種だった。ガス不足の中で暖をとろうと冬場に電気ストーブを使う人が増えると、電力状況は悪化する。それに、大勢が新たに購入したコンセント充電式パワーステーションに電気ストーブを接続する可能性は十分に考えられる。
スイス電力会社連盟(VSE/AES)の担当者は11日、「冬場のきわどい供給と比べても、これまでにない危険な状況だ。1キロワット時がものをいう−−とりわけ1キロワット時を節約することでも違ってくる」とコメントした。
それから7日後、電力会社と当局外部リンクはようやく一息つくことができた。連邦内閣は電力網の短期的な供給不足を「予備発電所外部リンク」で調整できる契約を企業と結ぼうとしている。さらに、民間企業の持つ商用非常用発電機の利用についても交渉中だ。
2022年8月12日版の記事に同月18日の最新状況を補足しました。
独語からの翻訳:井口富美子
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