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大きなのっぽの古時計

ヨーロッパの町では15分毎に鐘の音が鳴り響く。写真はチューリヒ市内にある聖ペーター教会。文字盤はヨーロッパ有数の大きさ Keystone

アメリカ歌曲「古時計」で歌われる「おじいさんの時計」より、もっともっと大きく、もっともっと古い時計を製造、修理する会社がルツェルン州のトリィーンゲン村にある。スイス国内の7割以上の教会を顧客とし、ヨーロッパ諸国にも技師者が飛び回る「ムッフ」だ。

技師兼セールスアドバイザーのオスカー・ネフリンさん ( 53歳 ) が会社の入り口のドアを開けると、黒い鉄の丸い大きな振り子が垂れ下がり、左右にゆっくりと振れていた。

コツ、コツ、カラ、カラ、カラ

 振り子の先を見上げると、視線は上階に置かれている機械に行き着く。以前、教会の塔に設置されていた時計だ。オーストリアの教会のもので1668年の製造だという。その隣にあるのはこれより小型だが、1560年の代物という。そのほかいくつもの大時計が陳列されている。ぜんまいの役割を果たす木製の巨大糸巻きと、いくつかの歯車でできている時計の構造がよく分かるのは、見慣れた時計とは違って機械部分がケースに入っていないからだ。これらの時計のケースは教会の塔なのだ。機械が時計の心臓部で、塔にある大きな文字盤の針を動かし、定時になると教会の塔の上につるされた鐘を鳴らす。

 コツ、コツ、コツという音がホール全体に響きわたるが、その音色は心地よく瞑想的ともいえる。時々、歯車がカラカラ、カラカラと回るのは、鐘を鳴らす時間が来たため。しかし、ここにある時計はすべて、鐘とはつながっていない。
 
 なるべく仕組みの異なった時計を展示しているというネフリンさんの興味は、歯車が逆回りしないための仕掛けだ。「これは、水平式。これは、グラハム式」とその違いを説明してくれる。水平式はゆったりした動き、グラハム式はちょっとユーモラスな動きで、それぞれ歯車の動き方が違う。

ベルンからバチカンまで

 「ムッフ( Muff AG )」はこれまで、文字盤の直径がヨーロッパ第2のチューリヒにある聖ペーター教会の塔の修理や、ベルン、ザンクトガレン、ローザンヌの各大聖堂の修理、バチカン衛兵のチャペル内にある鐘の修理などを手がけている。スイス国内に抱える顧客数は教会、城、学校などの約1700件。国外には、現在教会修理が盛んなルーマニアまで行く。

 「今回のバチカンの仕事は、鐘を鳴らす仕組みをコンピューター制御にして1万フラン ( 約100万円 ) 程度。大きな仕事ではありませんでしたが、次の仕事につながればよいと思っています。テレビ中継を観て分かったのですが、先代のヨハネス・パウロ2世の葬儀で鳴らされた鐘は、今後3、4年で修理する必要があると思います」
 スイスの企業が地元イタリアのライバルと張り合うには、創立1918年以来、ひびの入った鐘の修理、60年ほどで素材が硬くなって使えなくなる鐘の舌の取替え作業、時計の機械部分の修理といったアナログ的な部分からコンピューターのプログラムまで、すべて自前の技術で対応していることが大きな売りとなるという。

 ムッフの仕事の8割は塔全般に及ぶ修理だ。高い塔から修理する鐘や鐘の土台などを取り払い修理工場へ運び込み、再び設置するのは危険で大掛かりな仕事だ。一方、修理工場では、徹底的なさび落としなど細かい作業が求められる。しかも、現在の姿を損なわないようにしなければならない。教会も人手不足で、時計の管理は簡素化したいと考えているが「ザイルが巻かれる時計の大きな糸巻きの部分をそっくりそのままモーターに取り替えてしまうといった改造はもってのほか」。むしろ、腕時計ならねじを回す作業にあたる時計から垂れ下がるザイルを引く労力を電動化することを強く奨励する。

教会時計の正確さ

 教会でのミサの始まりを知らせる鐘の音は、鐘を大きく揺らして鳴らす。鐘を揺らしてから鐘の舌が鐘に触れるまでの時間を正確に測定し、舌が鐘に当るのではなく「キッス」するように舌の長さを調節することも重要。舌が強く当ると鐘の損傷が早まる上、美しい音も出ない。

 一方、定時を知らしめる鐘の音は、鐘の外側からハンマーが打つ。
「時計がちょっとでも遅れたり早くなったりすると、教会からすぐ苦情の電話が来ます。完璧さが要求されるのは、スイスらしいですね」
 とネフリンさんは言うが、ヨーロッパの町では定時に鳴る教会の鐘は少しずつ、ずれて聞こえてくる。この誤差は、機械式かエレクトロニックス式かの違いという。コンピューター制御の時計は、時間ちょうどに鳴り終わるように設定されており、機械式は、時間前に鳴り始め、時間ちょっとすぎに鳴り終わるように設定されているのだという。しかも、カトリック教会とプロテスタント教会との申し合わせで、どちらが先に鳴らすかを半年ごとに決めている。教会ごとの設定の違いもあるという。

 「個人的には、2、3分違ってもよいのではないかと思います。なぜ、塔の上にある時計が人間の時間を支配しなければならないのでしょう。しかも、鐘の音には余韻もあります。しかし、鐘のハンマーが打ち終わったら、すぐに音を止めてくれるようにという要求もあったりします」
 
 大時計技師になるため、ネフリンさんは専門学校で学んだ。しかし、30年前にこうした職業教育制度は廃止され、いまでは職場での現場実習を通して習うしかない。
「若い世代への引継ぎには困っていません。若い人でも手で触って分かる機械の仕事をしたいと思う人は多いものです。町の中心的存在である教会の修理をしたという誇りを持てるのも魅力です」
 と語るネフリンさんも、100年以上も動かなかった時計に息を吹き返させることに喜びを感じるという。
 
swissinfo、トリィーンゲン ( ルツェルン州 ) にて 佐藤夕美 ( さとう ゆうみ )

1918年創立。従業員30人。本社はルツェルン州トリィーンゲン ( Triengen ) にある。
1918年、教会の鐘の電動化に成功して以来、教会などに設置される大型時計と鐘に関係する技術で多くの特許を持つ。スイス国内のシェア75%。オーストリア、ドイツ、ルーマニア、インドなどに進出する。
主な顧客 トリノ大聖堂、ベルン大聖堂、ワシントン ( ホワイトハウスの向かい側にある)メソジスト教会、チューリヒ聖ペーター教会、ウィーン、シュテファン大聖堂、バチカンなど。
ムッフに教会の時計塔の建設を任せるとすると、4つの鐘と時計、それに付属する直径2メートルの文字盤4枚で約4500万円になる。
会社訪問は1グループ10人以内で受け付けている。所要時間2時間半。予約はホームページか電話 ( +41 41 933 15 20 ) で。

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