スイス連邦鉄道、国際夜行列車が復活?
スイス連邦鉄道が、国際夜行列車(寝台列車)の再導入を検討している。昨今の気候保護運動の中で、短距離フライトの環境に与える悪影響が取りざたされ、列車の旅に再び注目が集まっている。
スイス連邦鉄道国際旅客輸送部門の責任者アルミン・ヴェーバー氏はドイツ語圏のスイス公共放送局外部リンク(SRF)に「夜行列車の需要を感じている。路線網の再構築ができるかどうか検討している」とし「現在ルートと接続を調べているところだ」と語った。
スイス国内の夜行列車は現在、オーストリア連邦鉄道(ÖBB)が運行している。ヴェーバー氏は、路線網の拡大が実現すればÖBBと提携して行うことになるが、新しい車両の購入などで「2〜3年かかる」と述べた。
1872年に始まった最初の寝台列車パリ発ウィーン行きは、贅沢な食事をして眠りにつき、目が覚めたら異国の地―というコンセプトが受け、富裕層に人気を博した。
夜行列車はロマンチックなイメージを持たれるかもしれない(時には殺人事件の舞台外部リンクに使われることもある)。しかし利益を得ることは次第に難しくなり、格安航空会社の登場、それよりもさらに安いホテルの普及によって徐々に姿を消していった。
ÖBBの広報担当ベルンハルト・リーダーさんは「夜行列車と環境に優しい旅への人気」はあるものの、飛行機の利便性が結局は優先されてしまうと指摘する。 「格安航空会社がその路線を就航すると、夜行列車の需要はガクッと落ちる」
スイスの夜行列車網は15年前に縮小が始まり、欧州各地を結ぶ直通列車がどんどん撤退していった。かつてブリュッセル、ローマ、バルセロナ、モスクワ、コペンハーゲンへ走らせていた夜行列車も、今はもうない。
スイス連邦鉄道は2009年、自社の夜行列車サービスを終了した。2016年にはドイツ鉄道がそれに続いた。現在、スイス国内を走る国際夜行列車の路線はÖBBが引き継いでいる。
ÖBBのナイトジェットが現在、オーストリア、スイス、ドイツ、イタリアの路線をカバー。チューリヒからは毎日、ベルリン、ハンブルク、ウィーン、グラーツ行きの直通夜行列車外部リンクが出ている。
スイス交通クラブの委託で調査機関gfs.bernが国内の1200人に実施した調査によると、回答者の60%以上が、国境をまたいで走る国際夜行列車を使う気があると答えた。行きたい目的地別では、60%がドイツ、48%がイタリア、41%がオーストリア、37%がフランス、21%がスペインと答えた。
スイス公共交通連盟外部リンクのウエリ・シュトゥッケルベルガーさんはSRFの取材に対し、夜行列車の路線拡大計画を歓迎。特にローマなど南方向への路線に期待を寄せた。ただ、料金に見合う価値を与えられるかが重要だとくぎを刺した。
シュトゥッケルベルガーさんは「質の良さはその一つ。様々な料金体系を設けることも必要。私が学生だったときは、6人用コンパートメントのクシェット(安い簡易寝台)でも気にならなかった。今の人たちが求めるものはそれよりももっと高いだろう」と語った。
「問題は、航空運賃が安すぎること。非常に安価な近距離フライトが原因で、スイスーバルセロナ間の夜行列車は姿を消した。ほかの路線も例外ではない。鉄道会社はそんなに安い料金でサービスを提供することはできない」
コスト
しかし、空の旅は本当にそれほど安いのだろうか。旅行費用比較ポータルサイトOmioがドイツ語圏の日曜紙ゾンタ―クス・ツァイトゥングの委託で行った調査で、バーゼル、ジュネーブ、チューリヒからパリ、ウィーン、アムステルダム、ミラノ、ベルリンの旅費の過去6カ月における平均価格を調べた外部リンク。すると例外なく、全ルートで列車の方が安かった。ミラノ行きは特に顕著だった。
鉄道駅は一般的に空港よりも市中心部にあり、タクシーやバスを使う必要がない。列車で寝れば、ホテルを取る必要もない。
だが料金は時期と、どれだけ早く予約したかで大きく変わる。例えばバーゼルーベルリンの片道航空券の価格20フラン(約2200円)は列車よりはるかに安い。
スイスインフォはチューリヒ発ウィーン行き(片道)で、夜行列車と飛行機(3カ月前に予約)の運賃を比べた。
列車は午後9時40分にチューリヒを出発し、午前7時55分にウィーンに到着する。チケットは寝台かそれともクシェット外部リンクか、何人用のコンパートメントかで料金が異なる。例えば6人用コンパートメントで共同洗面所だと34フラン、6人用コンパートメントで朝食付き・共同洗面所は69フラン、1人用のデラックス寝台(朝食、洗面用品、タオル、トイレ・シャワー・洗面所付き)は219フラン。すべて返金不可の場合だ。夜行列車は事前に予約で埋まってしまうことが多いのも、忘れてはいけない。
同じ日のチューリヒ発ウィーン行きフライトの最安値は127フランだった。
距離
時間はどうだろう。環境・交通・エネルギー政策に詳しいジャーナリストで作家のハンスペーター・グッゲンビュールさんは「空港へのアクセス、チェックイン、そして市内中心部へのアクセスを考慮すると、300〜500キロメートルでは電車は飛行機と同じくらいか、もっと速く目的地に到着できる。500キロを超えると飛行機の方が速い」と指摘する。
グッゲンビュールさんは5月、スイスの非営利インターネット新聞Infosperberに「飛行機から列車の旅に切り替えた場合の影響外部リンク」と題した記事を掲載。この中で、より長距離の列車旅行が持つポテンシャルは「大きく、適切な価値を持つ」と指摘した。
グッゲンビュールさんによると、チューリヒ発の直行便を利用する乗客の行き先は75%が欧州諸国だった。ドイツ、スペイン、英国(特にロンドン)、イタリア、フランス、オーストリアは全体の57%だった。ジュネーブとバーゼル発でも状況はあまり変わらないという。
「スイスを離着陸するすべてのフライト利用者の約半数は、直通列車で1日、もしくは1泊で目的地に到着できる。スイスの航空交通統計によると、年間約3千万人の旅客が列車の旅に乗り換えてもいい計算になる」
Flygskam
他国も夜行列車に乗り気だ。英国では、ロンドンとグラスゴーを結ぶ寝台夜行列車「カレドニアンスリーパー外部リンク」に新型車両が登場。スウェーデン政府は最近、「環境に優しい化石燃料フリーの福祉国家になるという目的を達成する」ため、欧州各地を結ぶ夜行列車に財政投資すると発表外部リンクした。
スウェーデンは、気候変動活動家のグレタ・トゥーンベリさんだけでなく、流行語「flygskam」(フライトは恥)を生み出した国でもある。スイス拠点の世界経済フォーラム(WEF)は、空の旅は環境に悪いという同運動によって、スウェーデン国内の空港利用者が8%減少したと公表した。
スイス公共交通連盟のウエリ・シュトゥッケルベルガーさんは「気候変動の議論の中で、国際列車の旅はますます重要になっている。近距離フライトの魅力は薄れていると感じる。経済的な理由に加え、世間から冷たい目で見られているからだ」と指摘する。
バーゼル大学は今年初め、二酸化炭素(CO2)排出量を削減する方法として、とある提案を議論した。それは、学生が近場へ研修旅行に出かける際に、飛行機ではなく電車を使うべきーというものだった。
ハンスペーター・グッゲンビュールさんは、一部例外はあるにせよ、飛行機や車から列車の移動に切り替えた人は「ほとんどの場合、より環境に優しい移動方法になる」と言う。
欧州圏内では他にも複数の夜行列車が走るが、鉄道の旅の持つ潜在能力を最大限に引き出すためには、飛行機の燃料に二酸化炭素税をかけるか、航空券に税金をかけるかして、空の旅をもっと割高にしなければならないという。さらに国境を超える鉄道の旅も、鉄道網を新規に拡大するか、既存の鉄道網を効果的に使うなどして改善していく必要があるという。
「夜行列車の復活―それが重要かつ効果的だ。航空運賃が高くなれば、利益も出るようになる」とグッゲンビュールさんは話す。「欧州の夜の鉄道旅行は、まだまだ大きな可能性を秘めている」
(英語からの翻訳・宇田薫)
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