「慎重さはスイスのトレードマークの1つ」前外務事務次官インタビュー
ロイ氏は2020年から外務事務次官を務め、EUとの二国間協定交渉の首席交渉官を担当した。過去には在イラン大使、在フランス大使を歴任。今秋、在ベルリン大使という要職に就く。
swissinfo.ch:ロシアの大規模なウクライナ侵攻以来、スイスは多くの批判を浴びました。日和見主義よろしく時代遅れの中立の定義を振りかざしている、と。スイスに対する世界の評判をどう見ますか。
リヴィア・ロイ:西側諸国はこの戦争に結束して反応しました。そしてスイスは、欧州において連帯パートナー国であることを証明しました。我々は制裁措置をいち早く踏襲し、ウクライナへの支援を強化し、これまでに国際協力、人道支援の一環で4億2千万フラン(約690億円)超を投じました。さらに、スイスは約8万人の難民を受け入れました。難民に関しては国に限らず、多くの民間人も支援に関わっています。
我が国が中立法規を理由に戦争物資を提供しないということは、よく理解されています。ことを複雑にしているのは、第三者による戦争物資の譲渡禁止ですね。パートナー国の中には、これに対していい顔をしない国もあります。しかし、スイスの白十字がついた武器が戦争に使われた時点で、それが直接そこに行き着いたのか、間接的経路だったのかを問う人などいません。
swissinfo.ch:そのことをあなたは相手国に説明する必要がある?
ロイ:はい、スイスの外交は以前に増して、国外に対して自国の立場を説明しなければならなくなっています。明確な定義がある中立法と、裁量の自由がより広い中立政策は異なります。
ところで、このいわゆる「最終用途証明書」は、国家は単に武器を供給しない、一旦供給された後は、その武器がどこに到達するかは関与しない、という責任表明として作られたものです。でも、この欧州での戦争によって多くのことが変わりました。
swissinfo.ch:スイスの中立性はこの戦争でどれほどのダメージを受けたのでしょうか?
ロイ:中立がそのような損害を被ったとは思いません。ロシアは今違う見方かもしれませんが、スイスは国際的には今もなお、明らかに中立国として認識されています。
swissinfo.ch:しかし、米国からの批判もあります。最近、米国とイランの間で捕虜の交換が行われ、スイスがそれに関与していたことが明らかになりました。この仲介役を務めた事実は、適切なタイミングで世に出てきたと言えるのでは?
ロイ:利益代表国としての義務から生じた現在進行形の問題についてはコメントできません。極めて一般論として言うと、スイスの仲介役としての時代は終わってはいない。これは時折言われていることですね。確かに、中国やトルコのような大国が仲裁を申し出たり、世界政治を大きく動かすきっかけを作ったりすることは増えています。しかし、これらはスイスの平和政策への関与と競合するものではありません。むしろ補完的なものです。
ですが、スイスは今でも多くの地域でこうした任務に関わっています。例えばジョージアとロシアの間の利益代表委任などですね。コロンビアやナイジェリアなど、多くの和平イニシアチブ、調停にも関わっています。我が国の仲介役としての役割は依然として求められていますが、私たちはそれを謙虚に伝えることしかできません。慎重さはまたスイスのトレードマークの1つであり、それが私たちの評価を高めています。
swissinfo.ch:スイスは今年、国連安全保障理事会の非常任理事国に就任しました。これまでの成果は?
ロイ:最初の8カ月で既に多くの事柄を達成できました。安保理では扱うべき事柄がたくさんあります。中には戦争によって(議論などが)完全に阻害されるだろうという考えもありました。しかし、懸念されていたほどにはなっていません。
現在、この戦争絡みの決定を下すことはほとんど不可能ですが、少なくとも安保理で議論することはできます。そこで重要な役割を果たすのが、コンセンサスと妥協点を見いだす経験を持つスイスです。例えばシリアでの国境を越えた人道支援に関する決議では、非常に積極的な役割を果たしました。
swissinfo.ch:しかし、まさにそのルートが機能せず、援助が行き届いていません。スイスとロシアとの関係が悪化していることが影響しているのでしょうか?“単純な取り決め”さえも合意に至っていないわけですが。
ロイ:ちょっと待ってください。これは単純な取り決めではありません。かなり複雑なのです!
swissinfo.ch:それはそうですが、これは政治的なものではなく、純粋に“人道的”なものですよね。
ロイ:はい、ですが問題は、シリアの支配者が国連をこの件の決定権者にしたくなかったということにあります。スイス・ロシアの関係とは何の関係もありません。
1月にはまだ可能だったことが、つまり決議が更新された時ですが、7月にはもう不可能になってしまった。理事会はこのような困難に直面しているのです。しかし、だからといって、可能性の模索を続けられないわけではありませんし、止めるべきでもありません。
swissinfo.ch:この3年間、EUとの2国間関係を担当してきましたね。スイスとEUの関係を、欧州外の人に説明するとしたら?
ロイ:非常に緊密な関係であることは間違いありません。私たちの間には長年にわたって共に締結してきた100以上の協定があります。また、隣国とは国境をまたいだ生活圏を共有しています。移動が増えれば増えるほど、その範囲も広がっていく。つまり、相互利益の関係なのです。
swissinfo.ch:もう少し噛み砕いた言葉で言うと?
ロイ:人がもちろん中心です。国境を越えた貿易輸送は、EU・スイス双方にとって経済的に非常に重要です。これは、越境労働者の多さにも表れています。パンデミック時、国境が封鎖されたときのことを思い出してみてください。私たちがいかに近しい関係にあったか、あのとき皆が実感したのです。
swissinfo.ch:しかし、この緊密な関係にここ最近、向かい風が吹いています。EUとの交渉はどうなっていますか。
ロイ:2021年5月の制度的枠組み協定の交渉終了後、私たちはすぐに新しいアプローチを提案しました。
それは、ビラテラルI・II(いずれも過去の2国間協定のこと)が既にそうであったように、再びパッケージに関するものですね。新たなパッケージ・アプローチでは、電力、食品安全、保健の分野で新たな協定を組み、成功している二国間関係の安定と発展を目指しています。
また、(EUの研究開発支援プログラムである)ホライズン研究計画の二の舞にならないよう、EUプログラムへの参加も確保したい。その一方で、EUが喫緊の対応を求める制度課題に取り組む用意も、こちらにはあります。
連邦内閣は2022年2月にこのパッケージアプローチを採択し、それ以来、10回に及ぶ予備交渉が行われました。現時点で考えれば、協議は再開され、信頼は回復したと言えます。現在の我々の協議の基本はパッケージであり、単なる1つの制度的な焦点で、というものではもはやありません。その意味で、2年前、3年前と比べれば、明らかに前進しています。
swissinfo.ch:交渉開始の時期は決まっているのですか?
ロイ:EUの選挙が来夏に控えているため、今の欧州委員会から始めることを目標にしています。一方で、交渉の終了時期を絶対に決めるべきではありません。そうなれば自分を不利な立場に追い込むだけです。
swissinfo.ch:EUのスイスに対する当て擦り的な行為、あるいはそれに近いようなものが、国内ではたびたび議論に上ります。背景にあるEUの魂胆とは?スイスはEUにとってそこまで優先順位の高い国ではないのでしょうか?
ロイ:スイス(の存在価値)がすぐに忘れ去られるとは思いません。スイスはEUにとって4番目に重要な貿易相手国なのだから、何もないわけではない。
スイスがホライズン(研究とイノベーションのためのEUの資金助成プロジェクト)から除外されたのは、明らかに政治的決定です。EUは、スイスが他の、実際には関連性のない問題で一歩前に進むよう、その材料としてこれを抑えたのです。当て擦りという単語はあながち間違いではない。
しかし、ここから見えてくるのは、欧州委員会はより断固とした行動を取り、EU諸国は団結を強めているということ。26カ国の加盟国を考慮した場合、スイスが必ずしも優先順位のトップにくるとは限りません。
swissinfo.ch:あなたは秋に異動が決まっています。次のベルリンがおそらく最後の赴任地になるでしょうが…。
ロイ:その予定です。でも、私たちの職業は何が起こるかわからないものです(笑)。
swissinfo.ch:南部の静かな赴任地がよかったのでは?
ロイ:南部には静かなポストなどありません。北部よりもはるかに困難なポストもあります。例えば、サヘル(地域)に派遣されたスイス大使がいい例です。世界は概して不安定さが増しています。それは別として、私はどちらにしろ閑職に就きたいとは思いません。私には合いません。
政府で働いたこの3年間も静かなものではありませんでした。しかし、(EUとの)予備交渉が終わった今、欧州問題のバトンを次に受け継ぐいい機会だと思っています。そして、最後の赴任地として、再び我が国の国外ネットワークにおける外交職を引き継げることを楽しみにしています。
swissinfo.ch:どのようなテーマに取り組む予定ですか?
ロイ:欧州情勢はもちろん、それに付随する制裁、戦争物資などの問題は全て、今後も関わっていくことになるでしょう。エネルギー協力も引き続き重要です。
最大の隣国であるEUとのあらゆる2国間協定も同様です。私たちは国境を越えた生活空間について話してきましたが、これは重要な分野といえるでしょう。国境をまたいで多くのつながりがあります。第5のスイス(在外スイス人のこと)はその代表例です。そして、私は母国語(ドイツ語)でコミュニケーションできる国に初めて赴任できるのも嬉しいですね。
swissinfo.ch:最後に、ナポレオン・ボナパルトの言葉を引用します。「もし、私があなたの領主に、彼の意に反した何かを要求したとしよう。私は2万人の兵を差し向けると脅し、彼は従わざるを得なくなる。一方、これが個々の州となった場合はどうか。決定は州から州へと押し付けられ、私に対して自分にその権限はないと言い、さあ、我らの山を食べよと答える。さらには州代表者会議が開かれねばならぬと言い、その間に嵐は過ぎ去り、あなた方は救われる。ここにスイスの真の政策がある」。この言葉をどう思いますか?
ロイ:とても素晴らしい(笑)。
swissinfo.ch:そこに真実の核心があるのではないでしょうか?
ロイ:ナポレオンはスイスを大きく変えました。間違いなく、スイス人にとってマイナスの面ばかりではありません。しかし、この彼の言葉は少し言い過ぎかもしれませんね。国はうまく機能していますし、市民は政治を身近に感じ、発言権もあります。
swissinfo.ch:国民が外的な危険から目を背けているだけだ、と言う点で批判もされます。
ロイ:そう考える人もいるでしょう。実際、私たちの政治システムは少しゆっくりなのかもしれない。しかし、それこそが我が国の成功の秘訣なのでしょう。
独語からの翻訳・宇田薫
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