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私たちは新型コロナウイルスの起源を知ることができるのか?

コロナ
コウモリのコロナウイルスとヒトのコロナウイルスの間には遺伝的な距離があることから、ウイルスはセンザンコウ、ミンク、ジャコウネコなどの「中間宿主」を経由してヒトに伝わったと考えられる。 Copyright 2021 The Associated Press. All Rights Reserved.

21世紀最悪のパンデミック(世界的大流行)を引き起こしたウイルスの真実を知ることは、ほぼ実現不可能なミッションなのかもしれない。科学的調査の前に立ちはだかる障壁は、あまりにも大きすぎる。スイス国内のウイルス学者の間では、動物から人間に感染したとする説が主流になりつつあるが、中国・武漢の研究所からの流出説をもっと真剣に捉えるべきだという人もいる。

この問題を調査する動きが収束しつつある――。世界保健機構(WHO)からの委任を受け、今回のアウトブレイクを調査した科学者たちは、今年8月のネイチャー誌上の論説外部リンクでそう警告した。

ジュネーブ大学病院の新興ウイルス感染症センター所長でウイルス学者のイザベラ・エッケレ氏は「今の状況は、真実の探求よりも容疑者探しのほうが重要になっているように見える」と指摘する。

著名なスイスのウイルス学者である連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)のディディエ・トロノ氏も、科学というより政治問題化していると感じている。同氏は、本当のところ何が起きたのかを知ることは将来のパンデミックを予防・管理する上でも重要だが、それが実際できるかどうかには悲観的だ。

同氏は「真実にたどり着かない、という事態を我々は覚悟する必要があるかもしれない。科学的に困難で、政治的な影響もあるからだ。ただ現段階では、動物からヒトへと感染した可能性が高いと考えられる」と話す。

隠された真実

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の起源探しは、複雑さと論争に満ちている。中国の対応は協力的とは言えず透明性に欠け、常に情報やサンプルへのアクセスを拒否してきたと、WHOのテドロス・アダノム・ゲブレイェスス事務局長は珍しく公に中国を批判した外部リンク。同氏は、WHOは中立的な立場の研究者からなる調査チームを1月から2月にかけて武漢に派遣したが、この透明性の欠如が調査の妨げとなったと述べた。WHOの調査報告書によると、調査チームは最初の14日間が自己隔離となり、ビデオチャットで中国側の専門家たちと話すことしかできなかった。実地調査できたのは残りの2週間だけで、それも社会的距離の確保と健康状態のモニタリングのため、内容は予め決められていた。

最終的には、中国政府との協力が困難だったもかかわらず、WHOはその報告書外部リンクで新型コロナウイルスの起源調査における研究所流出説を否定した。不完全なデータに基づき「非常に確率が低い」と結論づけたのだ。

後にテドロス氏は、研究所流出説を退けたのは時期尚早だったと認めた。WHOの中国現地調査チームを率いたデンマーク人研究者ピーター・ベン・エンバレク氏も、中国当局からの圧力があったことを最近になって認めている外部リンク

これら数々の情報暴露と調査データの不十分さを受け、米国、英国、カナダ、オーストラリアを含む複数のWHOのメンバー国が、WHOの怠慢と中国の非協力的な隠ぺい姿勢を強く批判する外部リンク声明を発表。科学界もこれに同調した。バーゼル大学のウイルス進化の専門家リチャード・ネーハー教授ら世界各国の研究者17人は、客観的で透明性のある調査続行を求める記事をサイエンス誌(2021年5月号)に発表した外部リンク

その記事で筆者らは、「2つの仮説(動物から人への感染説と研究所流出説)はどちらも明確な裏付けが無いにもかかわらず、平等に考慮されていない」と論じた。ネーハー氏はswissinfo.chに対し「科学的データによる裏付けを得られるまで、我々は両方ともの仮説を真剣に考える必要がある」と語った。

可能性の問題

WHOの調査は、コロナウイルスのヒトへの感染源について4つの可能性を挙げる。元の宿主動物(キクガシラコウモリ)からヒトへの直接感染(高い可能性で起こりうる)、元の宿主動物から他の動物を仲介したヒトへの感染(最も高い可能性で起こりうる)、中国国外から輸入された冷凍食品からの感染(可能性あり)、そして研究所流出説(可能性は非常に低い)、の4つだ。

コウモリからは新型コロナウイルスに似たコロナウイルスは発見されているものの、進化的には数十年分に相当する遺伝的な隔たりがある。そのため、中間宿主となる動物を仲介した感染説がもっともあり得るシナリオと考えられる。この隔たりはミッシング・リンク、つまり別種の動物がヒトとコウモリの間を介在したことを示すものだとWHOの報告書は指摘する。センザンコウ、ミンク、ジャコウネコなど、コロナウイルスに感染可能な動物がその役割を担ったと考えられているが、まだ中間宿主は特定されていない。

ウイルス学者のエッケレ氏は起源調査が困難で時間がかかることに触れ「今後も特定されないままかもしれない」とも話す。「SARSコロナウイルスの時のように調査に何年もかかれば、中間宿主となった動物の集団が絶滅してしまうかもしれない」

2002~04年のSARS流行時には、科学者たちがジャコウネコを中間宿主として特定するまでに4カ月を要した。だが、離れた場所の洞窟に生息していた元のウイルス宿主であるキクガシラコウモリの集団を見つけるのには10年かかった。調査の複雑さや困難さを考えると、WHOが新型コロナウイルスの起源について決定的な発見を報告できなくても何ら不思議ではない、と同氏は言う。

ただし、これまでの知見からすると、ヒトと動物で共通のウイルスは非常に多く、どちらか一方からもう一方に感染する例は枚挙にいとまがない。森林伐採や牧畜など野生動物の生息域に人間が入り込む機会が増えるにつれ、このような事例も増加しつつある。一方、研究所での事故はまれだとエッケレ氏は言う。同氏によれば、自身の10年間のキャリアのうち、そのような実験中の事故は自分自身にも周囲にも起きた試しはない。

「スケープゴートを探す方がよっぽど簡単だ。そうすれば、我々のライフスタイルそのものがこのようなパンデミックにつながったかもしれないと認める必要もないのだから」

サイエンス誌記事の著者の一人、ネーハー氏は動物からの感染症によるアウトブレイクはより高い確率で起こりうることだとしつつも、研究所からの流出も過去に例があることを指摘している。

同氏は「偶然にも武漢にコロナウイルスの研究所があることを考えると、この可能性は無視できない」と指摘。否定する証拠は何もないと言う。実際、武漢ウイルス研究所(WIV)は世界に数多くある先端的なコロナウイルス研究所の1つで、ウイルスサンプルと配列のデータベースを保有しているのだ。

米情報機関の報告書によると、2019年11月に同研究所の研究員3人が体調を崩し、インフルエンザに似た症状で病院でのケアを受けた。このセオリーは、防疫設備に問題があったか安全保護体制が万全でなかったために所員がウイルスに感染し、それが武漢市中に広まった可能性を示唆する。しかし、WIVは同所員らがウイルスに感染していたかを判定するための医療記録を開示していない。

中間宿主が発見されさえすれば研究所流出説は否定される、とネーハー氏は語る。しかし、これまで家畜や野生生物を対象にウイルスを必死に探索してきたにもかかわらず、まだヒトにつながるミッシング・リンクは埋まっていないことを同氏は強調する。「中間宿主のウイルスは、未だ見つかっていない」

(英語からの翻訳・清水(稲継)理恵)

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