湖に浮かぶ水上太陽光発電、スイスアルプスで初の試み
スイスのアルプスで、高山地帯では世界初の水上太陽光発電所が稼働を開始した。業界の専門家は、この技術が世界の太陽光発電産業の1つの柱になりえると期待を寄せる。swissinfo.chがプロジェクトの全容に迫った。
プロジェクトを立ち上げたのは、エンジニアのギョーム・フックス氏だ。「このアイディアはコーヒーを飲んでいるときに生まれた。どうやったら水力発電所の貯水池をエネルギー面でもっと有効活用できるか、皆で考えていたところだった。まだ2013年のことだ。すでに最初の水上太陽光発電所はあったが、高山地帯では前例がなかった」と話す。
フックス氏とは、ヴァレー(ヴァリス)州にある小さな自治体ブール・サン・ピエールで落ち合った。この自治体はスイスとイタリアを結ぶグラン・サン・ベルナール峠へ続く道路沿いにある。フランスとスイスの二重国籍を持つフックス氏は、自動車業界で経験を積んだ後、再生可能エネルギーの分野に転職した。
「できるだけ持続可能な業界で働きたいと思っていた」と言うフックス氏は、現在スイス・フランス語圏では最大の電力供給会社ロマンド・エネルジー外部リンクに勤める。
我々は車で数キロメートル南下し、山々がほのかに秋色に染まる渓谷に向かった。数分後、標高1810メートルにある水力発電用の貯水池、トゥールズ湖に到着。フックス氏はここで高山地帯における初の水上太陽発電プラントを立ち上げた。
「ここ高山地帯の気象条件は非常に過酷だ」とフックス氏は説明する。風、氷、雪の影響を受け、気温も冬季のマイナス25度から夏期の30度まで変動する。「幸い私の同僚は、問題を傍観するだけの人たちではなかった。苦境を打開する気概に満ちていた」と若干の皮肉を込めて言う。
発電量が5割アップ
トゥールズ湖に浮かぶ水上太陽光発電プラントは、アルミニウムとポリエチレン製の水上架台(パネルを設置する浮体構造物)36基に設置された1400枚のソーラーパネルから成る。架台は水底に固定されている。年間発電量は80万キロワット時(kWh)超で、約220世帯分の電力需要に相当する。
こういった水上プラントの初期投資は235万フラン(約2億7千万円)と陸上プラントよりもかなり高額だが、高山地帯での水上太陽光発電はメリットが多いとフックス氏は言う。
「ソーラーパネルは低気温の方が効果が高く、積雪からの光の反射も利用できる」
ギョーム・フックス、ロマンド・エネルジー
同氏は「空気の薄い高山地帯では紫外線が強い。ソーラーパネルは低気温の方が効果が高く、積雪からの光の反射も利用できる」と説明する。
両面に太陽電池を搭載したパネルを使用しているため、水面で反射した光も利用でき、発電量が増える。同氏は「陸地にある同規模のプラントと比べ、ここの発電量は約5割多い」と強調する。
耐雪・耐氷性
昨年12月にヴァレー州のアルプスで稼働を開始したこのプラントは、最初の冬を無事に乗り越えたという。厚さ60センチに達することもある湖上の氷の問題は、水面が凍ると構造物を持ち上げる浮揚装置で解決した。3月末に貯水池が完全に空になると、プラントは平らな湖底に沈む。
設備は50センチの積雪にも耐えられる。大量の雪が降っても、太陽光が当たればすぐにパネルから雪が滑り落ちる仕組みだ。フックス氏は「太陽電池の裏側でも発電を行っているため、その熱で雪が滑り落ちる構造になっている。何回かテストを行った結果、パネルを37度傾ければ太陽電池の効率を落とさずに除雪できるという結論に達した」と説明する。
太陽エネルギーの未来は水上にある?
フロート式の水上太陽光発電所は、2007年に日本で初めて建設され、その後フランス、イタリア、韓国、スペイン、米国などで同様のプロジェクトが始まった。現在、世界の100カ所以上で水上太陽光発電所が稼働し、2014年以降は設置規模も大幅に拡大している。
フロート式ソーラーパネルは、工業用貯水池や廃坑になった露天掘りの鉱山湖、そして海の入り江など、あらゆる水路に沿って設置することができる。世界最大の水上太陽光発電所は中国の安徽(あんき)省にあり、南仏のピオレンには欧州最大となる4万7千枚のソーラーパネルを備えたプラントがある。
太陽エネルギーの未来は、水がパネルを冷却して発電効率を高める水上太陽光発電にあると一部の業界専門家は確信している。何より、陸地を必要としないため、農業や建設業と土地利用の競合を減らすことができる。シンガポール太陽エネルギー研究所(SERIS)と世界銀行外部リンクがまとめた報告書外部リンクによると、水上の太陽エネルギーは、世界のさまざまな地域で拡大する可能性を秘めているという。
スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)低温科学研究所のアネレン・カール氏は、水力発電と太陽光発電を組み合わせたハイブリッドシステムの導入により、年間を通じた発電量の浮き沈みを補うことが可能になると言う。エネルギー需要が高まる冬期には、とりわけ高山地帯の太陽光発電所からの電力が水力発電の減少分をカバーできる見込みがある。
グラウビュンデン州のアルビーニャ・ダムは、部分的にソーラーパネルで覆われたスイスで最初のダムだ。グラールス州のムットゥゼー・ダムの壁面には、アルプスで最初の大規模なソーラーパネルが設置された(面積1万平方メートル上にパネル6千枚設置)。
水上プラントの拡大を予定
フックス氏とロマンド・エネルジーは、このパイロットプロジェクトの最適化を今後の課題に据える。これまでに得られた結果が試験段階でも確認されれば、アルプス初の水上太陽光発電プラントをトゥールズ湖の水面の約3分の1を覆う規模に拡張する予定だ。そうすれば8千世帯分の電力需要に相当する年間約2200万kWhを供給できるようになる。
フックス氏は、将来的にはスイスや海外の他の湖にもこの技術を広げていきたい考えだが、導入には一定の条件を満たす必要があると指摘する。「湖はインフラの面でアクセスしやすい場所にあり、かつ保護区内にあってはいけない。もちろん、潜在的に太陽光発電が可能な地域であることも条件だ。我々の調査では、スイスにはこのような水上プラントを設置できる高山湖が約10カ所ある」
では環境保護や自然保護の面に関しては?プロジェクトが行われているトゥールズ湖は、既にエネルギー生産に使われているため、世界自然保護基金(WWF)の現地支部も容認している。また貯水池は毎年空になり、いずれにせよ動植物が発展できる環境ではない。
だが環境団体は別の解決策を提唱する。プロ・ナチュラのミヒャエル・カサノヴァ氏はドイツ語圏の日刊紙NZZに対し、こういった施設が植物プランクトンに与える影響についていずれ調査が行われる見込みだが、人工湖の大部分を覆う前に都市部の屋根、壁面、駐車場といったインフラにソーラーパネルを設置すべきだと語った。
(独語からの翻訳・シュミット一恵)
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