現在、15社がコーヒーの備蓄を義務付けられている
Stefan-meyer.ch - Switzerland
スイスは食料や医薬品などの非常用物資を大量に備蓄している。珍しいのは、その役割が民間企業に課せられている点だ。もともと戦争や災害時を想定して備蓄していたが、最近ではそれも変わりつつある。この仕組みはどのようにしてできたのだろうか。
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2019/04/30 12:00
連邦政府は4月中旬、非常用のコーヒーの備蓄を取りやめる計画を発表 。このニュースは世界各国で報じられた。連邦国民経済供給局外部リンク は「もはや生命の維持に不可欠な物資ではない」と判断した。コーヒーに含まれるカロリーが低く、人類が生存するのに必要なエネルギー摂取量に寄与しないからだという。
計画が可決されれば、現在備蓄されている生・焙煎済みコーヒー豆計1万6500トンが市販に回される。
非常用の備蓄物資って?
石けん、ねじ、潤滑剤、ココア、さらにはタバコまでー。スイスは以前、ありとあらゆる物資を備蓄していた。しかし、政府の方針は脅威に適応するため時代とともに変化。備蓄物資について定めた国の経済供給法外部リンク (NESA)で、最近の2016年改正法では、砂糖、油脂、穀物などの主食、エネルギー源(ガソリン・重油)、医薬品(抗生物質・ワクチン)に焦点を当てる。これらはすべて、非常時に3〜6カ月間の需要を満たす量でなければならない。
備蓄の管理は誰がしている?
スイスの備蓄システムが国外で大きな関心を集めたのは、主な管理責任は国ではなく民間にあるという特殊性が理由だろう。例えば、ガソリンの輸入者は、一部を非常用に備蓄するよう法律で義務付けられている。これは備蓄の1カ所集中を防ぐためだ。
民間に備蓄義務を課す代わりに、国は食料備蓄監督機関Reservesuisse外部リンク (本部・ベルン)の基金から、運営費として財源を拠出する。最も規模の小さい備蓄にかかる運営コストは住民1人当たり年間14フラン(約1540円)だ。
最初に非常用備蓄が必要になったのはいつ?
海に接しておらず、資源の多くを輸入に頼る小国スイスは、はるか中世時代から、非常時の食料供給を確保するため対策を講じてきた。それが連邦憲法に明記されたのは第一次世界大戦のときだ。
第一次世界大戦中、スイスは準備不足がたたり、国内で混乱が生じた。このため国は、食料供給部局を作り、体制を整えた。
第二次世界大戦中はこれがある程度功を奏した。空き土地を活用して食料生産を増やす計画(1940年導入)など、あらゆる経済的手段を使った。1955年には、民間に非常時の備蓄を義務付ける連邦法が制定された。
2019年、これらの備蓄は何のために存在している?
欧州において戦争の脅威はほぼなくなった。現在の想定は、市場の混乱、ビジネス拠点としての安定性の維持にシフトしている。コスト上の理由から、企業は在庫を減らす傾向にある。しかし、原産国で技術、物流、作物不調などの問題が生じれば、スイスの食料備蓄が脅かされかねない。
例えば昨年秋、スイスを流れるライン川がほぼ干上がり、商用船舶の通行が困難になったため、鉱油、肥料、動物飼料の備蓄を始める必要が生じた。2017年には世界的な抗生物質不足により、スイスは備蓄品を利用している。
市民も関わっている?
スイスは災害時に備え、各家庭に7日分の飲み物や食べ物を備蓄するよう呼び掛けている。ラジオ、ろうそく、マッチ、トイレットペーパーなどの日用品も含まれる。
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しかし、昨年政府が実施した調査によると、スイスの人口の3分の1が十分な非常用物資を蓄えていなかった。スイス人が食料不足を恐れていないことも調査で分かった。
非常用物資を備蓄する理由について、スイス人は災害に備えてというよりも、単に店で安売りしていたからまとめ買いした、予期せぬ来客に備えるため、あるいは毎日買い物に行きたくないから、という理由だった。
(英語からの翻訳・宇田薫)
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同書に掲載された12件のルポルタージュには、資産の保管部屋や水力発電所、ハイテクな実験室、病院、トンネル、秘密の洞窟に加え、閣僚のために作られた「トップシークレット」の地下施設など、興味深い内容が収められている。さらに面白いのは、地下施設の建設から垣間見えるスイスの特異な世界観があぶり出されている点だ。
国内最大の地下施設
スイスの地下世界は素晴らしく、また風変りでもある。同書によれば、国内には個人用の核シェルターが36万戸、大規模なものは2300戸あり、非常事態には全住民を収容してもまだ余裕がある。都市全体が地下にそっくりそのまま避難できるというわけだ。これらの大規模な防護施設は今も残り、中に入ることもできる。
多くの観光客が訪れる古都ルツェルンの地下には、世界最大級の住民用避難施設ゾネンベルグがある。1976年に稼働したこの施設は、第三次世界大戦に備えて6年かけて建設された。収容可能人数は2万人。アウフデアマウアー氏は「この核シェルターを爆破したら、ルツェルンの半分が吹っ飛ぶ」と熱弁をふるう。同氏はまた「スイスは地下に向かって開拓している」と説明する。
スイスは世界を信用していないのか
アウフデアマウアー氏は、この国の隠れた特異性をあぶりだす優れた観察者であり、またその特異性に一定の尊敬を抱いている。スイスの世界観や国民意識は巨大な地下建築と密接に関係し、同書ではこうしたスイスの精神をつまびらかにしている。スイスの地下世界は「地上の世界」に対する同国の心理的反応ともとれるというわけだ。
アウフデアマウアー氏は同書で、文字通り地下深くに目を向けるだけでなく、地下施設と密接に絡み合った国の精神の歴史を深く掘り下げた。スイスはこれほど未来を信用しないのか。大規模な地下施設を目にすればそんな疑問が浮かんでくる。同氏は著書の中で「たとえそうであっても、私はずっと、この地下世界に足を踏み入れたかった。これこそ典型的なスイスの姿であり、隠れた特異性だからだ」と語る。
岩の中の政府官邸
同書では1章を割いて、ウーリ州の小さな村アムシュテーグに建設された、閣僚用の核シェルターを紹介している。
岩盤をくりぬいて作られた設備は驚くようなものだ。もともと第二次世界大戦中、閣僚が「石造りの中枢」に避難できるようにと建設された。同書では「広さは3千平方メートルで、2階建て構造に居住区とオフィススペースがあり、山中に政府官邸も備えられている」と紹介されている。必要な機能と快適さを完備したこの核シェルターでは、寝室を3つのランクに分けている。個室は閣僚用、2人部屋は政府職員、大部屋はその他のスタッフ用、という風にだ。
この地下施設は2002年に「ただ同然で」売却された。同書によると、新しい所有者は核シェルターを金庫に変え、海外の顧客向けに「金、銀、プラチナ、レアアース、現金、芸術作品、ダイヤモンドや貴金属」を保管。「厄介な財政当局の査察が入る心配がない」のを売り文句にしているのだという。
死者1万人
アウフデアマウアー氏は歴史的な批評に加え、スイスの特異性を細部まで見つめる目を持つ優れた語り手であるだけでなく、ジャーナリストでもある。同氏は「バンカー建設に当たり、1万人が死亡したのは間違いない。少なくとも5万人が生命を脅かされた」と指摘し、「戦時中のような(死者の)数だ。私たちのためにこの『戦い』に生死をかけたのは外国人であり、ここを追悼と感謝の地としてもよいくらいだ」と語る。
(ヨスト・アウフデアマウアー著「Die Schweiz unter Tag(地下のスイス)」、図解付き全144ページ、発行元Echtzeit-Verlag)
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