スイス・ベルンの自転車シェアリングで思わぬトラブル―公共スペース利用のあり方とは
スイスの首都ベルンでは近年、自転車の利用者が劇的に増えている。市もこの動きを積極的に後押しするが、全員が同じ思いを共有しているわけではない。その深淵を探ると、「公共スペース」の使い方に関する認識のずれが垣間見える。
最近の試算外部リンクによれば、世界一高い初乗り料金(3.33ユーロ=約430円)に苦しむベルン市民。そんな市民のためにこの6月、新たな交通手段がお目見えした。
ほぼ一晩のうちに、自転車シェアリングサービス「パブリバイク外部リンク(PubliBike)」のステーション70カ所が、まるで鉄の茂みが生えるかのごとく、ベルン市内のあちこちに登場した。シックでコンパクトなフレーム、そしてマットブラックの自転車十数台がステーションに並ぶ。半分は電動自転車で、残りは普通の、つまり人力で動くタイプだ。
これは序章に過ぎない。市交通局のミハエル・リエビさんによれば、2020年には最大2400台を擁するネットワークに拡充する計画だ。ベルンはスイスで5番目に大きい都市で、公共交通機関なら300メートルも行けば次の停留所に着く。そのベルンが、国内最大の自転車シェアリングシステムを大きく発展させようとしている。
それは必要なことなのか?リエビさんの上司に当たり、2012年に市の交通政策を引き継いだスイス社会民主党のベルン市参事会員ウルスラ・ウィース外部リンクさんは言う。ウィースさんにとって、これは公共スペースの「生活の質」を向上させる壮大な計画の一部であり、ベルンの未来像に向けマニフェストで描いたゴールなのだという。
「公共スペースは今日、20年前もそうだが、活気に満ち、社会的でエコな都市に不可欠な要素」とウィースさんは言う。「民主的な社会では、私たち全員が公共スペースに対する権利を持つ(…)人口密度の高い都市部に住む人が増えるほど、この公共スペースの質の重要性は高まる」
ベルンの住民は今夏、市内のあちこちで公共スペースが改修されたことに気づいただろう。例えば以前は何もなかった場所に、高齢者に優しいいすとテーブルサッカーの台が設けられた。ウィースさんのマニフェストにあるように「くつろげる」場を作ろうという試みだ。決まった時間に車の出入りを禁止した道路もある。
その中でも、自転車は重要な要素を占める。ウィースさんは、三つの「マルチモーダル(複数の手段による、という意味)」交通理論(短距離は歩き、中距離は自転車、残りは公共交通機関)の一環として、全交通量に占める自転車移動の割合を2030年までに15%から20%に増やしたいと話す。ベルンでは2014~17年、自転車利用が35%増え、鉄道駅周辺は駐輪の自転車であふれるほどになった。つまり自転車推進政策が好調だということだ。
憲法改正
リエビさんはベルン市の自転車推進政策に関し、欧州北部の都市、特にドイツとオランダ、また40%以上が自転車通勤している自転車のメッカ、コペンハーゲンからインスピレーションを得ていると話す。
しかし、単に「インフラを構築して人に使ってもらう」のではない。自転車の利用者、特に使い始めて間もない人に、安全だと感じてもらわなければならない。例えば、車と自転車のレーンを明確に区別することなどがそうだ。子供のうちから自転車に慣れ親しんでもらい、時間をかけて自転車文化を育てていくことも大事だという。
これは、スイス各地に姉妹支部を持つ自転車推進団体「プロ・ベロ・ベルン」にとっても大きな使命だ。同団体は、あらゆる年齢層と社会的なバックグラウンドを持つ人向けに自転車入門コースを提供するほか、自転車販売会を開催したり、自転車利用者の環境改善に向け政府や自治体に働きかけたりしている。
ベルン事務局の責任者レベッカ・ミュラーさんはこの動きを歓迎する。ミュラーさんは、自転車をめぐるここ最近の「ルネッサンス」がいくつかの要因が重なり合った結果だと説明する。例えば市民と政策決定者の間で健康に対する意識が高まっていること、汚染と持続可能性など環境への関心―。そうしたことから自転車に再び脚光が集まっている。
しかし、更なる対策が必要だとミュラーさんはいう。喫緊の課題は、23日の国民投票で是非が問われる「自転車専用道の設置をスイス連邦憲法に盛り込む案」を可決させることだ。この提案は、2015年にプロ・ベロなどが立ち上げた「自転車イニシアチブ外部リンク(国民発議)」に対して政府が出した対案で、「歩行者専用道および遊歩道に関する憲法条項」に自転車専用レーンを加えるよう求めている。(詳細は下記の色つきの囲みを参照)。
パブリバイクやバーゼル、チューリヒ、ローザンヌなどの多様な自転車シェアリングスキームについて、ミュラーさんらの見方は楽観的だが慎重さもにじむ。このような取り組みが車移動(5キロメートル未満)の50%のうち幾分かでも自転車にシフトさせることができたら、それは進歩だという。
ブレーキ
しかし全員が幸せというわけではない。最近のスイスインフォの意識調査では、自転車シェアリングのスキームについて「スペースとお金の無駄」ではなく「前向きなイノベーション」と支持した有権者が5分の4を占めた一方で、懸念も出た。
そうした懸念の中には、商業利用に対する不安、さらに民間企業の手によって少ない公共スペースが「荒廃」する(ドイツ語圏の日刊紙NZZがそう書いている)という意見も出た。例えばチューリヒでは、シンガポール発の自転車シェアリングサービス「oBike外部リンク」が提供する車体の質が悪く、さらに利用者の個人情報収集が目的なのではないかといぶかる声もある。
なお悪いことに、ベルンではパブリバイクが始動してわずか数週間で、アプリベースの電子ロック・追跡システムがハッキングされ(しかも極めて簡単に)、自転車のほぼ半数が週末には「行方不明」になってしまった。数日間の捜索活動を経て、すべての自転車はセキュリティ改善のため回収された。市内の自転車用ドッキングステーションは一時、空の状態になったが、パブリバイクは14日に自転車が再び使えるようになったと発表した。
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パブリバイクとウィースさんは、ベルンでのハッキング問題の後、この蛮行と敬意のかけらもない行為を強く非難した。しかし、これは単なる「破壊行為」だったのか、それとも自転車シェアリングに対する異議、公共スペースの使い方を押し付けがましく決める政治への反感が表に出てきたものなのだろうか?(スイスの田舎は保守的だが、都市部は左派傾向が強い)
都市社会学者のバーバラ・エメンガーさんはブント外部リンク紙に対し「この現象は、公共財や空間とは何か、それをどう扱うのかを考える材料になる」と述べた。このような理不尽な蛮行に倫理を説くのは不十分で、大切なのは公共スペースの利用について、あらゆる社会階級の市民が関わりを持つことだという。
実際、公共スペースや自転車をめぐる政策は、非常に政治的なトピックだ。地元紙ベルナー・ツァイトゥングも今年6月、市土木・交通・緑地局長を務めるウィースさんの政策に対し「ウルスラ・ウィースのパワープレー」という見出しの記事外部リンクを出した。
同紙はウィースさんが立て続けに公共スペースにベンチを設けるなどしてきたことに触れ「公共スペースの使うときにも当然、力と心理学のメカニズムが働く。人がある空間を占有し、何かをすると、その空間を我が物だと感じるようになる。また、その環境を作り出した政府や行政にも一体感を抱く」とした。
自転車レーン設置を憲法に盛り込む案に反対している政党は保守系右派・国民党だけだと言われている(ベルン周辺ではなぜか支持者が少ない)。同党は同案が無意味であること、スイスではすでに多くの人が自転車を使っているということ、また連邦政府が自身の権限を逸脱しているという理由から支持していない。
これが本当であるかどうかは程度の問題であり、おそらく有権者自身が純粋に自分の頭で考えるより、政治的な直感で是非が決まるだろう。そして国民党は、政府と他の政党が支持するこの提案に反対票を投じるよう訴えかけても、一筋縄ではいかないだろう。しかし、明確な真実がひとつある。自転車利用は今後も拡大するが、自転車に乗れと強要されるのを嫌がる人もいるということだ。
「自転車専用道を連邦憲法に盛り込む案」
スイスの有権者は2018年9月23日、連邦憲法に自転車専用道の設置を盛り込む案の是非を判断する。連邦憲法には40年前に、歩道とハイキングコースの設置が明記された。
これは2015年に自転車推進団体「プロ・ベロ・スイス」などが立ち上げた「自転車イニシアチブ(国民発議)」に対する政府の対案。プロ・ベロのイニシアチブは、国内の自転車インフラを構築・運営する役割を連邦政府に義務付けるよう求めていた。
これに対し政府の対案では、政府の役割を「義務」ではなく「努力規定」と位置づけた。政府はインフラ構築に関し、各州の取り組みの調整役を担うとした。
プロ・ベロのほか各政党が政府の対案を支持(国民党は反対)。プロ・ベロは「自転車イニシアチブ」を撤回し、23日の国民投票には政府の対案だけが是非を問われることになった。
国民投票で可決されるためには、有権者の過半数と全26州の過半数の賛成が必要。
(英語からの翻訳・宇田薫)
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