20日、スイス・ジュネーブで始まった世界保健機関(WHO)の総会で、イタリアから出された決議案外部リンクが注目を集めている。それは高額な薬価設定や医薬品市場の透明性を高めるよう求めた内容だ。日本でも高額な白血病の新薬が話題になったが、この決議案は旧来の医薬品業界に風穴を開けるのか。
このコンテンツが公開されたのは、
決議案は今年2月、イタリアのジュリア・グリッロ保健相が提案。WHOと各国政府に対し、医薬品価格、研究開発費、臨床試験データ、特許情報の4つの分野で透明性を高めるよう求めたものだ。
この決議案の提出が通常より遅れ、事前会合では各国政府の意見の相違外部リンクが如実に現れた。決議案には多くの非政府組織(NGO)が賛成するが、製薬業界には懸念材料となっている。
決議案が注目を集めたもう1つの理由は、幾重ものベールに包まれた「薬価設定の秘密」に切り込んだからだ。どこの政府が特別な取引から利益を得て、また企業が高額な薬価によってどれくらいの収入を得ているのかという、企業にとっては触れられたくない疑問が頭をよぎる。
スイスはWHOの加盟国で、ロシュやノバルティスなど大手製薬会社の本拠地でもあるため、こうした議論は他人事ではない。
なぜ今なのか?
医薬品へのアクセスは長い間、発展途上国のワクチン・基礎医薬品の問題と見なされてきた。しかし、慢性疾患や高価な治療法の広がりによって、先進国でも医療費負担の増大を危惧する議論が起こっている。
今回の決議案を支持する人たちは、適正な薬価外部リンクには透明性が不可欠であり、それが結果的に手ごろな価格をもたらすと主張する。
透明性については、長い間国際レベルで話し合われてきた。スイスのグローバルヘルス大使ノラ・クロニク氏はスイスインフォに対し「医薬品アクセスを向上させる方法の1つとして、透明性を考慮する。これが今回新しいポイントだ。これは、希少疾患やがんなどの高額な治療費に直面する加盟国にとってますます重要になっている」と話す。
スイスでは、1人当たりの医療費はわずか3年間で13%増加。2017年には814フラン(約8万9千円)に達した。連邦内務省保健局は今月初めの記者会見で、その大部分はがん、高価な併用療法によるものだと述べた。昨年申請のあった約90件のほぼ半分が、1人当たり年間10万フランを超える治療のためだったという。
こうした事情から連邦内閣は昨年末、医療費の抑制プログラム外部リンクを提案した。
議論の行く末
クロニク氏は、国際レベルでの価格の透明性を強く支持する。
スイスは他の9カ国、個々の製造業者との交渉に基づき薬価を設定外部リンクしている。しかし通常外部リンクは、多くの国が特定の薬について企業から特別な割引を受ける。クロニク氏は「これが意味するのは、比較に使う価格が間違っているということ。透明なのは私たちだけ。そういう意味で私たちは敗者だ」と語る。
一方製薬業界は、透明性は予期せぬ影響をもたらすとして強く反発する。ロシュとノバルティスは産業側の見方を代弁する主体として、国際製薬団体連合会外部リンク(IPFMA)の名を挙げた。
IFPMAのトーマス・クエニ事務局長は「部外秘の割引やその他の商業価格設定を開示するよう要求することは、患者の利益にならない。むしろ企業に新たな負担を負わせ、途上国に有益となる差別価格設定を阻害し、市場競争を揺るがす」と強調する。
決議案の他の要素については、さらに大きな議論がある。クロニク氏は「透明性は信頼構築の上で重要な要素だが、逆効果を生みかねないケースもいくつかある。透明性がアクセスを向上させるのか、それとも妨げになるのかを問わなければならない」と指摘する。
クエニ氏は、研究開発費の透明性によって、革新的な治療法の導入が敬遠され、患者が喫緊に必要とする新薬へのアクセスが遅れるリスクがあるという。
クロニク氏は、研究開発費の透明化が、イノベーションにどれほどの影響をもたらすかについては不明という。また、スイスが薬価交渉をする上で研究開発費は要因にはならないと指摘する。
ただNGO「パブリック・アイ」のパトリック・ドリッシュ氏は違った見方だ。「投資額を知らないで、スイスに限らず当局がどうやって価格を設定することができるというのか。研究開発費はいくらだったのか。これはいまだに企業秘密だ。薬価を設定する連邦内務省保健局でさえ、研究開発費がいくらなのか知らない。これで公正な価格をどうやって決めるというのか」と批判する。
イタリアの決議案は22日に審議される見込み。ただ結果はどうあれ、問題の解決にはまだ長い時間がかかりそうだ。
おすすめの記事
おすすめの記事
WHO総会、製薬会社の「薬価の秘密」開示は踏み込めず
このコンテンツが公開されたのは、
ジュネーブで開かれていた世界保健機関(WHO)の年次総会で、3週間の激しい交渉の末、加盟国が医薬品価格の透明性改善を目指す決議を採択した。ただ当初の目的の1つだった、製薬会社に費用の詳細を開示させることは実現できなかった。
もっと読む WHO総会、製薬会社の「薬価の秘密」開示は踏み込めず
(英語からの翻訳編集・宇田薫)
続きを読む
おすすめの記事
新型コロナウイルスのワクチン開発 製薬大手が消極的な理由
このコンテンツが公開されたのは、
新型コロナウイルス(COVID-19)を撲滅するには、製薬企業の取り組みがカギを握る。しかしスイス企業を含む製薬大手は新興感染症よりも、がんなど儲けが高い分野に投資を集中させている。こうした企業判断が感染症との戦いを一層厳しくしている。
もっと読む 新型コロナウイルスのワクチン開発 製薬大手が消極的な理由
おすすめの記事
WHO総会、製薬会社の「薬価の秘密」開示は踏み込めず
このコンテンツが公開されたのは、
ジュネーブで開かれていた世界保健機関(WHO)の年次総会で、3週間の激しい交渉の末、加盟国が医薬品価格の透明性改善を目指す決議を採択した。ただ当初の目的の1つだった、製薬会社に費用の詳細を開示させることは実現できなかった。
もっと読む WHO総会、製薬会社の「薬価の秘密」開示は踏み込めず
おすすめの記事
予防接種を受けさせないスイスの親たち
このコンテンツが公開されたのは、
スイスでは自分の子供に意図的に予防接種を受けさせない親がいる。だがこういった姿勢は、感染症根絶の妨げにもなっている。なぜ予防接種を拒むのだろう?
もっと読む 予防接種を受けさせないスイスの親たち
おすすめの記事
なぜ裕福な国スイスでワクチンが不足しているのか?
このコンテンツが公開されたのは、
スイスでは今、16種類の主要ワクチンが在庫不足に陥っており、医師たちは対応に迫られている。世界で最も裕福な国の一つに数えられるスイスが陥ったワクチン在庫不足の原因、そしてこれまでの国の対策について探った。
もっと読む なぜ裕福な国スイスでワクチンが不足しているのか?
おすすめの記事
研究も子育ても バーゼルで両立に挑む日本人女性
このコンテンツが公開されたのは、
化学・医薬分野で世界の先端を行くスイスでは、約7万人が研究者として働く。その3割超は女性研究者で世界のトップ研究者が集まるスイスに活躍の場を求める日本の「リケジョ」も少なくない。女性研究者にとって最大の「壁」とされる育児との両立にも果敢に挑む。
もっと読む 研究も子育ても バーゼルで両立に挑む日本人女性
おすすめの記事
スイス、一人当たり特許出願件数が国別でトップ
このコンテンツが公開されたのは、
欧州特許庁(EPO)に昨年提出された特許出願で、スイスは一人当たりの出願件数が最多だった。スイス国内の企業別では製薬大手ロシュが4年連続でトップに付けたが、出願件数の増加率では重工業ABBが躍進した。
もっと読む スイス、一人当たり特許出願件数が国別でトップ
おすすめの記事
「大麻の販売は、3年以内にスイスの薬局で復活する」
このコンテンツが公開されたのは、
スイスでは何万人もの患者が、体の不調や痛みの改善に大麻を使用しているが、その大半は違法に行っているのである。治療用大麻の分野ではスイスを代表する専門家の一人、ブレナイゼン氏に話を聞いた。
もっと読む 「大麻の販売は、3年以内にスイスの薬局で復活する」
おすすめの記事
ノバルティス、高額医薬品開発の資金調達に「再保険モデル」を検討
このコンテンツが公開されたのは、
超高額医薬品の開発資金の調達は、製薬業界にとって大きな課題だ。患者に合わせた治療を行う新世代の個別療法は、医療保険制度にさらに大きな負担をかけようとしている。スイスの製薬会社ノバルティスが編み出したのは、世界規模の再保険会社との提携という新しい資金調達モデルだ。
もっと読む ノバルティス、高額医薬品開発の資金調達に「再保険モデル」を検討
おすすめの記事
スイスの病院でモルヒネ使用が増加
このコンテンツが公開されたのは、
スイスの外来治療におけるモルヒネ消費量は、2017年に7割増加した。スイス最大の健康保険会社ヘルサナがバーゼル大学病院と医学薬学研究所と共同で調査を行った。
もっと読む スイスの病院でモルヒネ使用が増加
おすすめの記事
豊か過ぎるスイス 医薬品が高いのは誰のせい?
このコンテンツが公開されたのは、
プレーヤーたちがどんどんコストを吊り上げ、最後に残った者が負ける。スイスの医療制度が「ババ抜き」の様相を呈してきた。たとえば高額なバイオ医薬品の使用。これを割安なバイオシミラー(バイオ後続品)に置き換えれば何百万フランという節約効果があるのに国の対応は生ぬるい。そこには、病んだシステムを象徴するかのような「意欲の妨げ」が存在する。
もっと読む 豊か過ぎるスイス 医薬品が高いのは誰のせい?
おすすめの記事
スイス大企業の役員報酬、6.3億円
このコンテンツが公開されたのは、
スイスの大企業の役員報酬が大きく減少している。2017年の大手20社の中央値は3割近く下がり、金融危機直後の2009年以来の低水準になった。
もっと読む スイス大企業の役員報酬、6.3億円
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。