アルツハイマー新薬「レカネマブ」の生産支えるスイスの町
日本のエーザイと米バイオジェンが開発したアルツハイマー病治療薬「レカネマブ」が先週、米国食品医薬品局(FDA)に正式承認された。世界中のアルツハイマー病患者に希望を与える新薬の大量生産を支える工場が、スイス北西部の小さな町、ルターバッハにある。
ソロトゥルン州ルターバッハは、決してバイオ医薬品業の集積地というわけではない。最寄りの主要空港は70キロメートル以上離れたバーゼルにあり、電車で2駅の距離だ。
だが世界中でアルツハイマー病に苦しむ数百万人にとって、ルターバッハは一躍重要な医薬品開発拠点になった。アルツハイマー病の進行を遅らせる効果のある世界初の新薬として、FDAが6日、今年1月に迅速承認していたレカネマブを正式に承認したためだ。
レカネマブはアルツハイマー病を根治させるわけではないが、病気の初期段階にある患者の認知機能の低下を遅らせることが示された。臨床試験では、抑制効果は約27%に達した。効果としてはささやかかもしれないが、単に脳障害の症状ではなく「基礎疾患のプロセス」に対処する唯一の治療法となるレカネマブが承認されたことは画期的出来事とされている。
レカネマブはエーザイが開発し、米バイオテクノロジー企業のバイオジェンと提携して生産・販売する。その有効成分を独占的に生産する工場が、人口3600人あまりのルターバッハにある。
製薬拠点としては見劣りしたルターバッハだったが、充実したインフラ、3万6千平方メートル(サッカー場約4個分)の広大な敷地、アーレ川とエメ川という2本の河川に近く、水源が豊富であることが立地としての魅力を高めた。
バイオジェン・インターナショナル(ツーク州バール)の広報責任者トリスタン・シュミッツ氏はswissinfo.chの取材に、スイスには一流の大学やバイオテクノロジー企業が集まり、政治・経済が安定していることも工場の立地条件として重要な要素だったと語った。
複雑な製造プロセス
レカネマブは2週間おきに静脈への点滴で投与されるモノクローナル抗体薬だ。アルツハイマー病患者の脳内に蓄積した有毒なたんぱく質「アミロイドベータ」を減少させる。
化学的に合成された医薬品とは異なり、生物学的医薬品であるレカネマブの有効成分の製造プロセスは複雑で、最大数週間かかる。
シュミッツ氏によると、ルターバッハ工場では製造工程のうち4つのプロセスを担う。まず新薬製造に十分な量の哺乳類細胞を培養する。次の流加培養プロセスでは、成長と生産プロセスに必要な栄養素を定期的に細胞に与える。
その後、一連の精製プロセスを経て、輸送に向け安定した形態に加工する成型プロセスが続く。シュミッツ氏によると、薬剤を容器に詰める最終プロセスはバイオジェンの米ノースカロライナ工場で行われる。
バイオジェンは2016年にルターバッハ工場の建設許可を申請し、建設費として15億フラン(約2400億円)を投じた。「適正製造基準(GMP)」を満たしているとスイスの医薬品認可機関「スイスメディック(Swissmedic)」が承認したのを受け、2021年に操業を開始した。現在、ルターバッハ工場で働く従業員は約500人で、多くはこの数年で採用された。
同社はルターバッハ工場で、多発性硬化症など神経疾患向けをはじめとする生物学的製剤の生産量を3倍に増やす計画だ。シュミッツ氏は、同工場で他にどんな医薬品を製造しているのか、詳細を明かさなかった。同工場ではバイオジェンとエーザイ初のアルツハイマー病治療薬「アデュカヌマブ」の製造が計画されていた。同薬は2021年にFDAの迅速承認を受けたが、年間5万6千ドルに上る高額な治療費が疑問視され、市場の注目を集めるには至らなかった。
長い歴史
バイオジェンとスイスとのつながりは、ルターバッハ工場よりもはるかに長い歴史を持つ。バイオテクノロジー業界の先駆者の1つであるバイオジェンが設立されたのは1978年、本拠地はジュネーブだった。創業者の1人に、チューリヒ大学で医学学位と博士号を取得したスイス・ハンガリー国籍の分子生物学者、チャールズ・ワイズマンがいた。
1982 年に本社をマサチューセッツ州ケンブリッジに移したが、国際本社をツーク州バールに設置し、約400人を雇用する。
レカネマブは今年5月にスイスメディックにも承認申請され、2024年秋ごろに可否の決定が下る見込みだ。スイスでの販売価格は不明だが、米メディケア(高齢者向け保険)は年間2万6500ドルにのぼる治療費の8割を保険適用することに同意している。日本では1月に承認を申請済みで、早ければ9月末に承認される。
情報提供:ムートゥ朋子、編集:Virginie Mangin、英語からの翻訳:ムートゥ朋子
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