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ウクライナの元スイス人入植地

シャボに入植したスイス人
1822年、豊かな生活を約束したロシア皇帝アレクサンドル1世の呼びかけに呼応して黒海を目指した Schweizerisches Sozialarchiv

今からちょうど200年前、約30人のスイス人がウクライナのシャボに移住し、入植地を築いた。一時は900人を超える集落に育ったが、第2次世界大戦でソ連軍にその地を追われた。そして今、ロシアのウクライナ侵攻で戦禍に見舞われている。

先月24日に始まったロシアのウクライナ侵攻の手は止まりそうにない。マリウポリとクリミア半島から経由し東部のドンバス地方や南部沿岸を制圧した。さらに海への通路を断つため、港湾都市オデッサを目指して軍を進めている。オデッサが陥落すればウクライナ経済には大打撃だ。

オデッサから南西に約70キロ離れたシャボ(仏語でシャバ)も、激しい戦闘のさなかにある。この町にスイス人移民が根を下ろしたのは1822年のことだった。

当時貧しかったスイスの人々は、悲惨な経済状況から何とか脱出しようと国外を目指した。黒海での経済的・社会特権を約束したロシア皇帝のアレクサンドル1世の言葉に賭け、同地域にやってきた人々がいた。

まずは農民として旧帝国に移り、ベッサラビア(現モルドバ周辺)で新生活を始めた。歴史上、繰り返し大国間の領土紛争の対象になってきた土地だ。

黒海に輸出されたスイスのブドウ農園

入植者に多かったのはフランス語圏ヴォー州のワイン農家たちだ。ヴヴェイを出発したのは1822年7月19日。馬車でベルン、チューリヒ、ザンクト・ガレン、ミュンヘン、ウィーン、リビウ(ウクライナ)、キシナウ(モルドバ)、アッカーマン(ベルゴロド)を経由して、3カ月かけて2137キロメートルを旅した。

スイスからオデッサへの地図
200年前、スイス人移民は2137キロを旅しシャボに辿り着いた Hugo Schaer

最終的に30人が黒海のドニエスター河口にあるラグーンに入植地を築いた。到着までに、馬車馬7頭が疲れ果てて死んだ。

新生活は容易ではなく、収穫は失敗し、疫病が入植地を襲った。しかしまもなく、シャボは黒海最大のワイン生産地に発展した。

スイス人に与えられた特権は1870年代に廃止され、スイス人男性にはロシア軍への従事が義務付けられた。1940年には約900人が入植地で暮らしていた。うち約400人がヴォー州出身、250人はドイツ語圏出身で、残りはドイツ系ロシア人だった。4つのボーリング場や地域博物館、蔵書の豊富な図書館を備える繁栄ぶりだったとされる。

かろうじて残るスイスの遺産

何十年もかけて、スイス人入植地の方言外部リンクが発展した。スイスドイツ語とシュヴァーベン語の合いの子で、フランス語やロシア語、ルーマニア語、ウクライナ語、イディッシュ語の単語も混ざっている。

ワイン博物館
ワイン博物館ではシャボの歴史を知ることができる Elena Simonato

ローザンヌ大学でロシア帝国でのスイス人入植地を研究したエレナ・シモナート氏は、その暮らしぶりについてこう語る。「正しい生活習慣を守ることが重要な条件で、少しでも違反すると処罰された。狼から牛を守るための溝掘りといった罰が与えられた」

今日、スイス人入植地の痕跡はほとんど残っていない。「デ・ラ・ハルペ・シュトラッセ」や「ヘルベチア・シュトラッセ」などドイツ語の名を冠した道路や、スイス人墓地だったとみられる墓標はある。プロテスタント教会や学校など多くの建物は、1940年の赤軍の侵攻中に転用されたり破壊されたりした。

ウクライナ初のワイン博物館

赤軍の侵攻で、シャボの黄金時代は突如終わりを告げた。大半のスイス人は大慌てで逃げ出し、一部は迂回しながら故郷に戻り、一部はさらに海外を目指した。残ることを選んだ人々は処刑され、一部はシベリアに強制送還された。当時を知る人のほとんどは既に他界した。

ワイン畑
シャボ産ワインは今も有名だ Elena Simonato

スイスから黒海に輸入されたワイン文化は今も根付く。03年、グルジアの実業家が旧ソビエト連邦の農業生産協同組合を引き継ぎ、近代的なワイナリーに投資した。09年、ウクライナ初のワイン博物館がシャボに開設された。2022年に戦争が勃発するまで、シャボ産ワインは世界18カ国以上に輸出されていた。

シャボにスイス人入植地が築かれてから今年で200年。シャボを取材した著作があるスイス人ジャーナリスト、オリヴィエ・グリヴァ氏によると、記念としてソ連が破壊した鐘楼を改修する予定だった。だがウクライナ戦争の勃発により、計画は宙に浮いている。

(独語からの翻訳・ムートゥ朋子)

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