エメンタールチーズ、生産の転換期
スイスチーズの代名詞とも言えるエメンタールチーズだが、業界には存続の危機が訪れている。政府はチーズ製造業者と生乳業者を破綻から救うべく、エメンタールチーズの生産量に制限をかける方向で検討している。
エメンタールチーズの製造関係者らは今夏、生産量割り当て制度の再導入を求める決定をした。過剰生産で価格が下がり、スイスにある伝統的なエメンタールチーズ製造工場が閉鎖を迫られているからだ。
エメンタールチーズ組合(Emmentaler Switzerland)」は、割り当て制度は業界全体で実施され、政府の同意を得た場合のみに機能すると考える。現在、連邦経済省(EVD/DFE)が審議しており、10月には政府が決定を下す見込みだ。
この独特な穴の空いたチーズは中世、牧歌的なベルン州エメンタール地方で生まれた。今もなおドイツ語圏にある家族経営の小さな製造所で作られているが、大型工場で生産されてもいる。だが、チーズ生産者や牛乳製造者らの多くは経営に行き詰っている。
スイスのエメンタールチーズ製造業者は、1990年当時で約800軒あったが、今ではたった149軒。原産地統制呼称(AOC)認定のAOCエメンタールチーズ製造に関わる酪農家の数も減少している。
卸業者はしばしば、自分たちが販売できる量よりも多くAOCエメンタールを仕入れ、価格を低く抑えることが多い。そのため、市場は供給過剰となっている。
「今では、エメンタールチーズは1キログラムあたり5.6フラン(約460円)。これでは小さな製造所はやっていけない」と、エメンタールチーズ組合のフランチスカ・ボーラー会長はこぼす。「チーズ生産者に入ってくるお金はあまりにも少ないため、支出を補えるほどのお金を酪農家に支払うことができない。だが、生産量が制限されたら、チーズと牛乳の実価を反映して価格が上がるだろう」
競争
スイスのチーズ産業は別の問題も抱えている。ヨーロッパ諸国やアメリカの工場で生産された大量かつ安いエメンタールチーズが、スイス国内外の市場に溢れ返っているのだ。
こうしたチーズの原料となるのは低温殺菌牛乳で、乳牛はサイレージと呼ばれる発酵飼料を与えられている。サイレージは牛乳の中でバクテリアを増殖するため、AOC認定のスイスチーズには使用を認められていない。
スイスのAOC認定チーズは人工的に作られた原料を使用していない。また、AOC認定エメンタールチーズに使われる牛乳は、牧草と干草しか与えられていない牛から搾られたものだ。
エメンタールチーズ組合は、製造者からの寄付金の8割を宣伝活動に投入し、消費者に本物とそうでないものの違いを認識してもらおうと奮闘している。
品質ラベル
オリジナルのスイスのエメンタールチーズがAOC認定を受けたのは、2006年12月のこと。90~110キログラムある丸いチーズの上面には、目立つようにAOC認定ラベルがプリントされる。
製造者は個別に製造ナンバーのスタンプを押すこともできる。スタンプは品質を保証するだけでなく、偽造品と区別することにも役立っている。
AOC認定ラベルを獲得するには、酪農家とチーズ製造者が一致団結する必要がある。
そんな中の1人が、アンドレアス・ベルンハルドさん。18人の酪農家をまとめるウルゼンバッハ(Ursenbach)チーズ協会の会長だ。ベルンハルドさんの牧場を訪れると、35頭の牛たちがなだらかな緑の草原で牧草をのんびりと食んでいた。地元のチーズは何がそんなに特別なのだろうか?
「すべては、牛がどういうふうに飼育され、何を食べ、どんな環境に生きているかということだ」。ベルンハルドさんは続ける。「搾乳にも、とても厳しい衛生基準がある」
レギュラー牛乳は衛生試験所に送られ、バクテリアや抗生物質が含まれているかどうかの検査を受ける。これらが検出された牛乳は販売できず、チーズの原料に使われることもない。
兄弟でウルゼンバッハのチーズ製造所を経営しているフリッツ&ハンス・レーマンさんは、1日に4個のエメンタールチーズを作る。3カ月間熟成させたチーズは、卸業者から厳しい検査を受ける。レーマン兄弟のチーズは昨年、エメンターラー・スイスが主催する国内のコンペティションで第2位に輝いた。そんなレーマン兄弟であっても、将来に一抹の不安がよぎるという。
「宣伝にもっと投資をすれば、AOC認定エメンタールチーズはもっと売れると思う」とフリッツさんは言う。「時間も、人手も、情熱ももっと必要だ。最近の市場は商品で溢れ返っている。だからこそ、存在感を打ち出し、自分の商品が最高だとアピールしなければならないんだ」
供給過剰を止める
チーズ生産者を代表する団体「フロマルテ(Fromarte)」は、生産量割り当て制度が導入された際には、すべての注文を取り扱う会社を1社設立する意向だ。卸業者は販売予定数量を会社に事前に申し込み、生産者は卸業者を通さず販売店に直接納入する。そうすることで供給過剰を抑え、チーズ価格の上昇を図るという狙いだ。
だが、卸業者の中には反対の声もある。ウルゼンバッハからAOC認定エメンタールチーズを卸しているヨゼフ・ハルデッガーさんは次のように話す。「問題は、チーズ産業の基本構造が変わらないこと。新しい会社を作って、割当制度を2年間実施したところで、生産者が今後も長く生き残れる保証はない」
ハルデッガーさんはまた、新しい会社はもっぱら酪農家とチーズ生産者の利益を代表するものになるのではと危惧している。「短期的には、割当制度はチーズ産業の問題を解決し、生産過剰を抑えるだろう。しかし中長期的には、市場の力が需要と供給のバランスを是正するだろう」
一方、割当制度を全面的に実施することに政府が同意しなければ、チーズ産業は打撃を受けると、エメンタールチーズ組合のボーラー会長は懸念する。
エメンタールチーズ産業の見通しは暗い。だが、チーズ産業全体を見てみれば、AOC認定エメンタールチーズはいまだスイスチーズの中で最も多く輸出されているチーズであることに変わりはない。
チーズ1個につき、1200ℓの牛乳が必要。
牛乳を巨大な容器の中で混ぜる。50度強まで温め、凝結させる。
それを丸型に注ぎ、余分な水分を押し出す。
上面にAOC認証ラベルを置く。数日間、塩水の入った桶につけ、その後、保存庫で最低4カ月間保存し、熟成させる。
酸度、温度、発酵期間によって、チーズの穴の大きさが変化する。
AOC(原産地統制呼称・Appellation d’Origine Contrôlée)は、熟練が伝統的な製法で作り上げるエメンタールチーズの品質を保証するスタンプ。
AOC認証エメンタールチーズに使われるのは、牧草や干草だけを与えられた牛から搾られた新鮮な原乳。熱処理をしたり、人工添加物を使うことはない。
チーズ産業に助成金が支払われていた時代、牛乳は過剰生産されていた。そのため、エメンタールチーズの輸出価格が急激に低下した。
農業改革後の1999年、チーズ産業への助成金を廃止する代わりに、農場の規模に応じた助成金が農家に直接支払われることになった。
エメンタールチーズ組合がその後、チーズ産業の舵(かじ)取りを行い、製造・販売に関する厳しい規制を導入した。
エメンタールチーズ組合は2005年、生産量割り当て制度を導入し、余剰生産を削減を図った。だが、それに従わなかったチーズ製造者6軒は独自のラベルで安価なエメンタールチーズを製造した。
2011年には生産量割り当て制度は崩壊し、エメンタールチーズの価格は1kg7フラン(約580円)から5フラン(約410円)へと値下がりした。
(英語からの翻訳、鹿島田芙美)
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