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「グリュイエール」は普通名称 地元スイスへの影響は

スイスとフランスで何世紀にもわたり確かな技術で丁寧に作られてきたグリュイエールチーズ。米国では欧州のような保護はもう受けられない
スイスとフランスで何世紀にもわたり確かな技術で丁寧に作られてきたグリュイエールチーズ。米国では欧州のような保護はもう受けられない © Keystone / Gaetan Bally

米国の連邦控訴裁判所が、「グリュイエール」をチーズの一種の普通名称とした一審判決を支持した。スイス西部グリュイエール地方産のチーズでなくてもこの名前で販売できるようになる。スイス、フランスの製造者たちは他国へ影響が広がることを懸念する。

「スイスネス(スイスらしさ)」にとって3月は受難続きだった。スイスを象徴する企業・製品が相次いで深刻な事態に見舞われたからだ。

スイス第2の銀行クレディ・スイスは、最大手のUBSに救済買収されることが決まった。ヴォー州シャンパーニュ村の白ワイン生産者たちは、「シャンパン」の名を冠したラベルを取り戻そうと25年間戦ってきたが、昨年12月の連邦裁判所(最高裁)による上告却下を受け、訴訟の継続を断念した。さらに、スイスの山形チョコレート菓子「トブラローネ」のパッケージからマッターホルンのイラストが廃止。グリュイエール地方名産のグリュイエールチーズは、米国で普通名称に格下げされた。

クレディ・スイスの買収劇は広く報道されており、ここでの説明は省く。シャンパーニュ村のワイン生産者には訴訟を続ける気力も資金も残っていなかった。

トブラローネについては、スイス人は心を痛めるとしても、ブランド自体に大きな影響はなさそうだ。同ブランドを所有する米食品・飲料大手のモンデリーズ・インターナショナルが、製造のスイス・ベルンからスロバキアへの一部移転を決めた。そのため、スイス製の表記基準を厳格に定めた「スイスネス法」に従い、パッケージを変更した。連邦議会の要請で制定された「スイスネス法」の目的は「Made in Switzerland(スイス製)」の価値を守ることだ。トブラローネの場合、スイスを象徴するマッターホルンのイラストは一般的な山のイラストに変更されるが、ベルンのシンボルであるクマは引き続き使用できる。

一方、スイスとフランスのグリュイエールチーズ生産者への影響はより重大だ。米バージニア州の連邦控訴裁判所が、「グリュイエール」という名前は特定の地域で生産されたチーズに限定できないとする一審の判決を支持した。米国では「グリュイエール」は一般的な用語とみなされる。

1年前の一審判決

「グリュイエール」の商標保護をめぐっては、スイスのグリュイエールチーズ生産者組合外部リンクとフランスのグリュイエールチーズ生産者労働組合外部リンクから成るグリュイエール・コンソーシアムと、米国乳製品輸出協会(USDEC)および2企業の間で争われた。米バージニア州東部地区連邦地方裁判所は約1年前、一定の基準に従って作られたチーズは生産地にかかわらず「グリュイエール」と表示できるという判決を出した。

米国で販売されるグリュイエールは、食品の安全性を規制する米食品医薬品局(FDA)のガイドラインに従わなければならない。FDAはグリュイエールについて、最低90日間熟成させた、小さな穴の開いたチーズという独自の定義を定めている。スイスでは、5〜18カ月熟成させる必要があり、チーズの表面に穴はない。

米控訴裁も、FDAは「グリュイエール」と表示されたチーズの生産地についていかなる地理的制限も課していないと指摘した。

米国vs欧州

USDECのクリスタ・ハーデン会長兼最高経営責任者(CEO)はプレスリリースで、米控訴裁判決を「米国の乳業メーカーと酪農家にとって素晴らしい結果だ」と歓迎した。また「米国で一般的な食品名の使用権をめぐる画期的な先例になる。他の国々にも今、正義のために立ち上がり、この使用を強力に擁護してもらいたい」と述べた。

一般的な食品名コンソーシアム外部リンク」のジェイミー・カスタネーダ代表も別のプレスリリースでこう述べた。「私たちにとって、この決定はグリュイエールだけの問題ではない。全ての(一般的な)食品名を独占しようとする欧州とのより大きな戦いの一部だ」

スイス・グリュイエールチーズ生産者組合のフィリップ・バルデ代表
スイス・グリュイエールチーズ生産者組合のフィリップ・バルデ代表 Alain Wicht/La Liberté

一方、グリュイエールチーズ生産者組合のフィリップ・バルデ代表は、米控訴裁の判決に憤る。グリュイエールチーズは12世紀、スイス・フリブール州グリュイエールの丘陵地帯で生まれた。その豊かな風味は、山の新鮮な牧草で育った牛のミルクに由来する。2011年に欧州連合(EU)の原産地呼称保護(AOP/PDO)を取得した。この認証ラベルは、製造の全工程が同じ地域で同じノウハウに基づいて行われていることを示す。スイス産グリュイエールは仕様書に従って作られている。

仏産グリュイエールもその点は同じだが、熟成温度が高いゆえの小さな穴があるため、2013年の欧州連合(EU)の決定によりスイス産グリュイエールとは区別される。仏産グリュイエール(年間生産量3500トン)は同年、EUの地理的表示保護(PGI)を取得した。地域と密接に結びついた農産物や食品であることを示す認証ラベルだ。

最高裁まで行けば訴訟費用は高額に

仏グリュイエールチーズ生産者労働組合のジュリアン・クヴァル委員長は、「(米国の)この決定は受け入れがたい。グリュイエールの評判を守る戦いは、スイスの同業者と共通の優先事項だ」と述べた。だが、今後の対応は明らかにしなかった。

スイスのバルデ氏も今後の進め方を検討している。見積もりは出ていないが、米連邦最高裁まで行けば、訴訟費用は高額になる可能性がある。それだけの価値があるだろうか。同氏は「過去2年間の総生産量3万2千トンのうち4千トンは米国に輸出した。かなりの量だが、米チーズ市場でのシェアは1%に過ぎない」と指摘する。

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バルデ氏は、グリュイエールの品質とトレーサビリティー(生産履歴の追跡)を強調し、米国の消費者に米国産チーズとの違いを知ってもらうことの方が重要だと考えている。「米国人も良い製品はわかる。今問題なのは、連邦控訴裁の判決よりもインフレ(物価上昇)だ。私たちの製品の価値がわかる消費者は購入量を減らすだろう。私たちの製品は高価なので、ほとんどの消費者は『フェイク』のグリュイエールに流れる」と同氏は説明する。米国でのスイス産グリュイエールの販売価格は1キログラムあたり50フラン(約7300円)と、米国産グリュイエールの約2倍だ。

このようなフェイク・グリュイエールの大半は、ドイツ、デンマーク、オーストリアなどの欧州産だ。バルデ氏は「欧州での保護はお粗末だ。欧州を出たら、もはや保護されない」と話す。デンマークのように、名前のないチーズを作って米国に輸出し、それを「グリュイエール」や「アルプス風チーズ」と表示できる国もある。このようなグリュイエールの販売量に関する公式の統計はない。

スイス政府はどうみているのだろうか。連邦農業局のヨナタン・フィッシュ報道官はswissinfo.chの取材に対し、「連邦政府は米国の決定を遺憾に思う」と述べた。その上で、政府はグリュイエールチーズ生産者組合の活動を支援しているが、現状でグリュイエールチーズの保護策を講じるかはコンソーシアム次第だと説明した。

少なくとも欧州では保護

ピエール・アンドレ・パージュ氏
フリブール州出身の国民議会(下院)議員、ピエール・アンドレ・パージュ氏。昨年、米国でのグリュイエールチーズの商標保護をめぐり、連邦政府の介入を求めたが実現しなかった Keystone / Anthony Anex

保守系右派の国民党(SVP/UDC)所属の国民議会(下院)議員で、フリブール州で農家を営むピエール・アンドレ・パージュ氏はこの問題に非常に敏感だ。昨年、連邦政府に対し、訴訟に関する情報の提供と政治的介入を求めたが実現しなかった。

米国の決定を受けて、同氏は再び行動を起こすだろうか。同氏はこう語る。「私はグリュイエールチーズ生産者組合の意向に沿い、政治レベルで全力を尽くす。だが、正直なところ、米控訴裁の判決を見て(商標保護は)絶望的だと思った」

さらに、「スイスは米国と自由貿易協定を結んでいるわけではない。米国との最新鋭戦闘機F35の購入契約に、グリュイエールの商標保護条項を挿入できたはずだ。残念ながら、契約は既に締結されていた」と話す。スイスは同戦闘機36機を60億フラン超で購入する予定だ。

米国の決定が今後どれほどの損失をもたらすか、それを見積もるのは難しい。だが、グリュイエールの生産者にとっては金銭的な問題だけでは済まない。むしろグリュイエールの製造技術や評判が落ちる方が問題だ。

バルデ氏は、USDECのハーデン氏が他国に追随を呼びかけたことを懸念している。グリュイエールはEU域内では「保護されている」。だが、豪州やニュージーランドなどチーズ好きの国が米国の流れに乗る可能性がある。

同氏は、ラテンアメリカでの南米南部共同市場(メルコスール)との交渉でも、スイスはグリュイエールのような製品の保護に努める必要があると考えている。「だが、行き詰まっている」という。「例えばブラジルでは、ルラ大統領の優先事項ではないようだ。さらに、『祖父の原理』という問題もある。ラテンアメリカでは、ある企業が仕様書を守らず5年間グリュイエールチーズを作れば、その後は問題なく生産を続けられる。25年ならまだしも、5年では全く話にならない」と嘆く。

仏語からの翻訳:江藤真理

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